新聞に始まり、ラジオ、テレビといったメディアに積極的にかかわってきた日本の広告代理店は、その論理的帰結として、一業種一社制は採用しづらく、むしろ、特定業種に強いという構造を持ち、媒体コミッションを主たる収入源としてきました。いわゆる手数料ビジネスというビジネスモデルです。 一業種一社制を取らないことで起こる問題は、これまでは、思たる制作の舞台が企業宣伝部、制作会社、そして、フリークリエイターであったことで、あまり顕在化することはありませんでした。またここで重要なのは、それぞれの制作者は、企業と直接やりとりをしていました。つまり、戦略、企画、制作のプロセスが、広告代理店内部で重複しにくかったことを意味します。 これが、おおよそ1980年代までの現状だったのではないかと考えます。また、日本経済の成長がその問題を隠していたのかもしれません。今までの展開については、(1)と(2)をご参照ください。
