丸谷才一(一九二五‐ )が「徴兵忌避」にこだわる人であることは知られている。既に四十一歳になった時に書き下ろされた長編『笹まくら』(一九六六、河出文化賞)は、某大学の職員である浜田庄吉という男が、かつての戦争のさなか、五年間にわたり、名を変えて各地を放浪し、徴兵を忌避していたという事歴と、それが現在の彼に及ぼす影を描いている。これはグレアム・グリーンの手法に倣ったことが明らかだが、『たった一人の反乱』(一九七二)以後、十年に一冊書かれる丸谷の風俗小説を認めない人でも、この『笹まくら』だけは認めることが多い(ただ私は『横しぐれ』が一番面白い)。 その後短編「年の残り」で芥川賞を受賞した後、一九六九年に書かれた評論が「徴兵忌避者としての夏目漱石」である。漱石は、大日本帝国憲法発布によって次第に全男子が徴兵されねばならなくなる前の、戸主・長男などが兵役を逃れた時代、北海道在住者は兵役を逃れたこと