<渋谷/キャスリン・ビグロー新作> 誰しも、自分の人生が1mmも前進している気がせず、いつになったら俺の人生は動きだすのだろうかと焦燥感にかられながら、いつ終わるとも知らない待機の時間を耐えた経験を持つようにおもう。<待機>には奇妙なリアリティがある。われわれが生きる時間のほとんどは、無為で空虚な待機に費やされるのではないか。ものごとが一気呵成に進展することなどまれで、ほんの少し前進すれば、また長い待機の時間があり、あらたなきっかけを得て前進すれば、次に待っているのはさらなる待機でしかない。そのようにしか、たいていの現実は前に進まない。 『ゼロ・ダーク・サーティ』の157分という長尺は、つまりは主人公のCIA分析官マヤが耐えた待機の時間でもあり、ゆえに物語は長尺であること、観客が物語を通じて待機を追体験することが要請されるのではないだろうか。劇中、彼女はひたすらに待たされる。何の進展も新し
<渋谷/初日/ジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス新作> こっちにだって言い分はあるんだよ。終わってしまった男女関係をふりかえって、男も、女も、お互いにそうおもうのである。だからこそ、何かひとこと言いたくなるのだ。自分が感じた悲しさやみじめさについて。相手といながら、ひとりでいる時よりも孤独を感じた瞬間について。『(500)日のサマー』(’09)が「男の言い分」であるとすれば、本作は「女の言い分」にまつわる映画である。脚本を書いたのは、劇中ヒロインであるルビー・スパークスを演じるゾーイ・カザン(83年生)で、彼女はこの脚本を通じて、おそらくみずからの恋愛経験をベースとしながら物語を組み立てている。 主人公は、十代で成功した小説家である。しかし彼はその後スランプに陥り、処女作の発表いらい何も書けないまま十年が経過している。ところが、彼が夢で見た理想の女性について書き始めたところ、インス
<渋谷/初日/庵野秀明新作> 庵野秀明という人は本当におもしろく、いつになっても目が離せないのであって、『Q』を見終えてやはり、わたしは『エヴァ』が好きという以上に庵野が好きなのだとあらためて気がつく。わたしは庵野秀明が好きだ。ほとんど無条件に信頼しているし、彼が作品を製作する段になってときおり行う、本能的な判断にも惹かれる。作風の変化するタイミングや、クリエイターとしての発想がゴダールに似ているとおもうこともある。アニメを全く知らないわたしだが、庵野が何かをするたびに興奮させられる。 思うに『スター・ウォーズ』の本質を理解し、新たな続編を撮れる作家はジョージ・ルーカス以外にも存在するけれど、『エヴァ』は庵野にしか作れない。むろん設定やキャラクターを借りて、ウェルメイドな『エヴァ』を作ることはできるはずだが、作品のエッセンスだけはコピーすることができないように感じる。なぜなら『エヴァ』はわ
新宿にて。初日。ベン・アフレック新作。緊張感みなぎる快作! 監督としてのベン・アフレックには、今後もかなり期待していいのではないかと感じるクオリティでした。今作は「実在しない映画をでっちあげる」というモチーフへの鋭い着目が抜きん出ているし、スリリングな脱走劇を通じて「そもそも物語とは何か?」という深いテーマへと肉迫していく点にも圧倒されました。七〇年代風のファッションやヘアスタイル、いくぶん粗い映像(画質)など、七〇年代をフェチ的に追求しているのもおもしろかった。 かつて伊集院光さんが、ラジオで「中学時代の美術の授業で『レコードのジャケットをデザインする』という課題が出たとき」の話をしたことがある。彼はまず、レコードのデザインをするために必要な、アルバムタイトルや収録されている曲名、バンド名などの基本設定を考え始めたのだが、するとしだいに、バンドのメンバー構成、結成から現在までのディスコグ
まず最初に症状があったのは10/20(土)の朝で、仕事へ出かけようと電車に乗ったあたりで強めの腹痛がきた。前日夜にカレーを食べてからビールを飲んだので、胃がもたれたのだろうとおもったが、あまり経験したことのないもたれ感で非常にだるく、仕事先でもほとんど机につっぷしながら作業するという状態だった。実はこのときすでに虫垂炎(=盲腸)だったのだが、社畜らしくソルマックなど飲みながら、どうにか終業まで働いたのであった。その後、体調はすぐれないながらも、渋谷の映画館で『エクスペンダブルズ2』を見たりしており、自分の鈍感さにはあきれるばかりだ。最強の傭兵軍団の映画を見つつも、自分は虫垂炎で完全に弱り切っており、子犬とたたかっても負けるであろう最弱のコンディションであった。 10/21(日)、朝から腹痛は続いているにもかかわらず、薬局で胃腸薬を買って飲んでから、近所の大学で行われていた海外文学関連の講演
渋谷にて。クリストファー・ノーラン新作。わたしとバットマンの関係でいうと、ノーランのバットマン三部作はすべて見ていますし、他のバットマン映画も好きですが、コミック等はまだ読んだことがない、という中ぐらいのファンです。深く分析できるほどのバットマン知識があるわけではないのですが、個人的に感じたことをいくつか。デントが死んでから八年、彼の死の責任を背負ってゴッサムから姿を消したバットマンと、まるで老人のように隠居していたブルース・ウェイン、という設定から始まる、トリロジーの完結編。 今回の悪役、ベインがきわめてたくましく強い肉体を誇示していることが、むしろ映画への没入を妨げてしまうのである。『ダークナイト』(’08)を通過した後で、悪役の屈強な肉体を見せられても、どうにも物語に熱狂しがたい。もちろん、ごく一般的な映画の悪役として考えればベインは魅力的であるし(わけても、その声は音響効果含めすば
渋谷にて。トム・ハンクスが主演、脚本、監督をつとめた作品。学歴を理由に勤務先を解雇されてしまった主人公が、大学へ入り直し、そこで出会った人たちと交流する、というあらすじ。 主人公が量販店の仕事を解雇される冒頭のシーンから、その非現実的な描写に戸惑ってしまう。ここまで露悪的かつ無神経に、あえて従業員に不満や遺恨の残るような、いいかげんな解雇のしかたをする会社があるだろうか。物語のリアリティラインをどこに設定すればいいのかよくわからないまま見始めるのだが、主人公が大学へ通い始めてからの描写にも戸惑ってばかりだ。なぜならもっとも重要であるはずの、ヒロインの役割を担うスピーチクラスの教師から何を学んだのかがほとんど描かれていないのだ。スピーチクラスの教師が、生徒たちにどんな有用な授業をしたのかがわからない。特別に印象的なレッスンをしたわけでもなければ、主人公がそこで学んだスピーチの技術をどこかで役
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く