福田尚久さんインタビュー 「スティーブ・ジョブズさんのスピリットは生き続ける」 福田尚久さん,93年アップルコンピュータ入社,97年同社事業推進本部長,99年同社マーケティング本部長,01年米国本社副社長,02年退社 現在は日本通信株式会社専務 10月12日の放送「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズの素顔」では、97年から2002年までジョブズさんとともに仕事をした福田尚久さんにインタビュー取材をさせていただきました。ジョブズさんの人物像に迫るあまりにも貴重なインタビューのため、放送で紹介できなかった部分も含めて、福田さんの許可を得て特別に掲載させていただきます。 理想と現実がちがうことを悔いていたジョブズさん 2人で話しているときに、彼が「自分には1つだけ悔いの残ることがある」と言ったことがありました。それは「85年にアップルを辞めてしまったことだ」と。「もしあのときに自分が辞
guest column Many people have explained what one can learn from Steve Jobs. But few, if any, of these people have been inside the tent and experienced first hand what it was like to work with him. I don’t want any lessons to be lost or forgotten, so here is my list of the top 12 lessons I learned from Steve Jobs. 1. Experts are clueless Experts—journalists, analysts, consultants, bankers, and guru
【ジョブズ半生記 Vol.7】Appleに復帰! iPodにiPad、iPhoneが登場。病気と戦いながらもジョブズ節を発揮!2011.01.21 15:005,802 1997年「ギルはジョブズにめちゃくちゃやられるだろうね。ギルの鼓膜は破れるよ。」とは、元Apple社員(匿名)がジョブズ復帰について米ニューヨーカー誌にコメントしたもの。このコメント通り、ジョブズはさっさとギル・アメリオを追い出し自身が暫定CEOに就任する。 ジョブズのコメント 「Appleを救うために必要なのはコスト削減ではない。必要なのはこの窮地に立たされた現状を革新することだ。」 ジョブズはDellのコンピューターのことを面白みのないただのベージュの箱と揶揄。マイケル・デルはこれに対して、自分がAppleの経営者なら株主にきちんと配当を渡す事ができるのに、と応戦。 ジョナサン・アイブが入社。 Appleのデザイン新
【ジョブズ半生記 Vol.6】楽園追放中に運命の恋、結婚。アップル暗黒時代2011.01.21 15:005,526 satomi 3度目の病養に入ったジョブズの快気を願う7回連続の長編特別企画【ジョブズ半生記】。第6部(1988−1996年)はジョブズのエグザイル期。天皇放逐後のアップルは首をコロコロ挿げ替え、まるで太陽を失った大地のように凋落していきます。 1988年 WindowsがMac OSと不気味なほどソックリに。AppleはWindowsでMacの技術を使う昔の契約が勝手にWindows 1.0に延期されてるわい、と、GUIの無断コピーでMicrosoftを訴えます。 一方ジョブズ。パーティーで、発売もされないうちからNeXTコンピュータをスペイン国王フアン・カルロス1世に売りつけます。相変わらずです。 10月にはシンフォニーホールでNeXTコンピュータ(愛称Cube)を発表
【ジョブズ半生記 Vol.4】ついに!初代Macが発売されました。2011.01.20 14:05 junjun 1981年(其の三) こちら、ジョブズがIBMに「こんにちは」してる写真。 1982年 ジョブズはビル・ゲイツとマイクロソフトに、アップルのため以外には、マウスを使用するソフトウェアに取り組まないと約束しましたが、実際のところは、競合するオペレーティング・システムの開発が全く許されていないわけでは無かったので、ゲイツがWindowsを開発している頃、Macソフトウェアをマイクロソフトは開発中でした。 この時、Macチームが使用していたビルは、午後5時30分にセキュリティーシステムが稼働するようになっていたんですけど、これって夕食後に仕事に戻る傾向があったプログラマー達にとっては早すぎる時間でした。そんな日々が続いた結果、ジョブズは「誰かそのセキュリティーシステムを破壊してくれ!
さて、3回目はMatintosh誕生秘話や忍び寄るIBMの影の時期です。ジョブズ伝説の光と闇が世界規模で拡大する、非常にドラマチックな数年間でございます。 1979年 ジョブズは「Lisa」プロジェクトをスタートさせます。プロジェクト名の由来はまあ彼のまだ認知していない娘からとったものなのでしょうが、社内では「Local Integrated Software Architecture(ローカルで統合されたソフトウェア・アーキテクチャ)」の頭文字とされており、ジョークで「Let's Invent Some Acronym(何の頭文字かを思いつこう)」の略だとかも言われていたとか。 Lisaはゼロックスのパロアルト研究所での研究からインスパイアされた、ウィンドウとマウスからなるグラフィカル・ユーザーインターフェースを持ったコンピューターを指向していました。伝え聞くところによると、同研究所でこ
【ジョブズ半生記 Vol.2】悪ダチとつるみ、インドで荒修行を経て、偉大なるアップル創業までの知られざる至極のエピソード2011.01.19 13:058,476 かなり破天荒な若者だったんですね! 突如として再び病気療養のためにアップルを離れることを明らかにした、われらが愛するアップルのスティーブ・ジョブズCEOですけど、いろいろ心配はあるかもしれませんが、そんなことは大ジョブズ(失礼しやした...)ってことで、まずは偉大なるジョブズの半世紀を振り返ろうじゃないかという米GIZMODO編集チームの特別大長編企画の第2部でございますよ。ジョブズの出生の秘密と幼年時代のエピソードは、こちらの第1部をご覧くださいませ。 いまではすっかり尊敬のまなざしで見つめられるスティーブ・ジョブズも、なかなか凄まじい十代と二十代の青春の日々を駆け抜けてきたのをご存知でしたでしょうか? なんだかちょっぴり勇気
案じているだけよりも...。 アップルのCEO、スティーブ・ジョブズが療養生活に入ることが発表されました。アップルのこともジョブズのこともとても心配ではありますが、この機会に彼がいかに神であるかを振り返りつつ、今後の良いニュースを待ちたいと思います。 これからいくつかの記事で、ジョブズにまつわるストーリーを幼少期から時系列でまとめていきます。 ・はじめに(長いです) 今回この記事を書くにあたり、以下に挙げる書籍やWebサイトを参考にしました。中にはお互いに矛盾する内容のものもあったので、多少の事実誤認や抜け漏れも含まれているものと思われます。このタイムラインはアルファ版のつもりなので、間違いなどがあれば、信頼できる情報ソースとともに教えていただけるとありがたいです。 ビル・ゲイツが引退したとき、ギズモードでは盛大にパーティをして、今後の彼の慈善活動がうまくいくことを祈りました。でもジョブズ
昨年6月12日のスタンフォード大学卒業式でSteve Jobsが行ったスピーチが話題になってからもう1年になる。これについては、市村佐登美氏による名訳がとむさとう氏のメールマガジン経由でかなり広く出回ったと思う(注:この部分は修正した。コメント欄参照)。それに対抗する意図も何もないんだが、最近これを授業でとりあげた際に、山口版の訳を作ったので、いまさらとは思うが、転載しておく。教育機関向けの利用を許諾していただいているから、とむさとうさんの訳をそのまま使ってもよかったわけだが、もとになっているスタンフォードのサイトにある文章がJobsの実際にしゃべったことと微妙にちがっていることと、訳文の文体に関する個人的好みなんかの点から、自分でやってみた。結果として文章が似通っているところも多いが、一応独自の訳のつもり。 I am honored to be with you today at you
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