10月1日、オスプレイの沖縄配備がいよいよスタートした。地元では反対運動が激化しているが、米軍は粛々と計画通りの運用を10月中旬より開始する予定で、日本政府もそれを認めている。今後も反対運動は続くだろうが、彼らの要求は無視されるだろう。 ということで、反対派と賛成派の遺恨試合は、これからも続く。反対派は「沖縄を踏みにじる日米両政府」を非難するだろうし、オスプレイ容認派は「反対派は日本の安全保障を分かっていない」と批判する。どうも議論がかみ合わない印象だ。 オスプレイ配備の是非をめぐる言説は、今年7月の大騒動の頃に出尽くした感があるが、あれから3カ月が経過し、改めて振り返ってみると、議論が進まない理由がいくつか見えてきた。要するに、下記の3つの論点がごちゃ混ぜになっているのだ。これらは本来、まったく質の異なる問題である。 (1)オスプレイは欠陥機か否か? (2)在沖縄米軍基地をどうすべきか?
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