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webart 公共空間という言葉くらい容易く、しかも他者の言論を圧殺出来る物言いは他に存在しないだろう。無料でウエブが閲覧出来るインフラも存在するとはいえ、多くの人が何らかの形でプロバイダなどと契約行為を締結し、パーソナルコンピュータなどを購入しなければ見る事も出来ないウエブという空間が公共空間であるのかどうかは私にはわからないのだけれども-随分高額な公共空間だな、と思うのだが-それでも一定の要件さえ満たす事さえ出来れば「誰でも」閲覧し、あるいは書き込みが出来るのがウエブであるのは事実だ。 ウエブという場所は様々な人間が様々な価値観・行動様態を孕みながら閲覧し書き込みを行う場所だ。本来的に言えばオタの集まるイベントで働いてた人が「きんもー☆」と書こうが、牛丼家で働いてる人がテラ豚丼の製作過程をニコ動にうpしようが未成年が飲酒したとか無免許で運転したと書こうが、特定のカテゴリの人に対して殺意
web 小林祐一郎さんのエントリに沈黙とはまた別に「無視を選択したこと」や「意図的に関わりを避けたこと」(単に無関心だったとか知らなかったのでなく:これらもある意味では「沈黙」だけど、ちょっとニュアンスは違うかなと)の可視化、というのもソーシャルメディアのアーキテクチャの課題かもしれない。newsingで○でも×でもない無評価ボタンもあれば良くね? というのと通じるか。また「沈黙」の可視化だけでなく何を「沈黙」と認識するか、というのも面白い課題かもしれない。「沈黙」や「無視」の可視化 :Heartlogicというのがあるのですけれど「読んだけどスルーだよ」というのと「読んでなかった」がわかりにくい問題はありますよね。例えばはてなブックマークに[華麗にスルー]タグをつければ良いのか、というと何かが違うような気がする。読んだ記事は全てライブドアクリップに蓄積して、コメントやタグをつけたい記事に
WebArt ウエブという空間は、表現者を見る事なく表現そのものしか見る事が出来ないが故、コンフリクトという名の不幸が発生する。個人的にはある個人史の終焉にも「「子供が産まれて感動した」「おめでとう!」…がどんだけの男女を無気力にさせているか少しは考えろ」にも読んだがブックマークをしない、という事で自らの態度を消極的に示していた。そうするべきだ、と思っていたからだ。 けどやっぱ他人攻撃しちゃダメだよ。自分が理不尽な目にあったからって他人まで理不尽な目にあわせるこたーない。程度の釣り合いじゃなくてね。狐の王国 「非モテ」「童貞」がどんだけの男女を無気力にさせてるか少しは考えろエントリを起こした時点で負けというか、負けという意味では私も同じなのだけれども何故スルーしなかったんだろうと思ってしまう。あなたの「正義」が誰かを傷付ける可能性は考えなかったのだろうか、と。今回の一件は、まさに「表現同士
著作権実際に法が整備されて運用されてみないとわからない。後述するが著作権法の非親告罪化には竹熊氏とは別の根拠から反対だ。 ここまでの流れ(今北産業用)竹熊健太郎氏が自身のブログに『【著作権】とんでもない法案が審議されている』というエントリを掲載。それが「非親告罪」ということになると、警察・司法が独自の判断で著作権侵害とみなした行為者を逮捕することができることになり、商業的な出版・放送・上演・演奏のみならず、コミケの二次創作・パロディ同人誌などにも深刻なダメージが加わる可能性があります。なんて書いたものだから多数のウエブログが一斉にエントリを書いた。以下、反応別に分類。読んだ印象で判断しているので「違うよ」という意見があるかもしれない。ちなみに貼ってあるのは何らかの意見が書かれているor2ちゃんねるコピペブログではないと判断したエントリのみ。あと、途中で飽きたので全部じゃないですww 1.「
Yahoo転載機能を使い「善意で、至急の事を、事実であれば」転載機能を使って第三者に伝達する事を呼びかけても良いのではないか、という意見があります。私は善意の有無、至急であるか無いか、そして事実であるか否かの如何を問わず、「これを転載してください」と呼びかけるべきではない。と主張します。 当事者と思わしき人からコメントを頂いたので、それに答える形で書き込みをします。いえいえ、それは事実誤認ですよ。http://www.gks.co.jp/2006/gov/data/06110901.htmlここを見てもらえばご理解出来るかと思います。思いっきり緊急アピールしていますよ。他の各マスコミ報道機関からのニュースでも緊急であったためにという内容のニュースが多くありました。http://d.hatena.ne.jp/ululun/20061206/1165409720#c1165763546緊急アピ
ネットで議論を行う事の困難さ web 『ネット時代の反論術』を読了した。 普段、書きたい事を「書き殴り」している私ではあるのだけれども、今回ばかりは少しだけ考えさせられてしまった。 同書は もっと端的に言えば、「バカに対して反論するなんて、基本的に同じレベルのバカのやることだから、やめといた方がいいですよ」、というメッセージがこもった内容になっている 『ネット時代の反論術』p214より という文章にあるように、議論という事に極めてシニカルな一冊となっている。 恐らく、仲正氏の意見を徹頭徹尾信じてしまったら、ウエブはおろか、どんな場に於いても議論など成立はしないだろう。 私もときどき「わかってくれない人には、どんな事をしてもわかって貰えない」と半ば諦めな文章を書いたりする事はあるのだけれども、"私"という人間を真実理解出来るのは"私"しかいない、という事実を踏まえた上でわかって貰えない人に向
社会ことを荒立てずに、お願いするスキルを磨いてきたつもりが、今度ばかりは通用しなかった。なぜだろう。リヴァイアさん、日々のわざ: 実体験として「切れる」若者をはじめて見た(喫煙がらみです)。あるいは、「携帯は、待て」と知る。私は、川端裕人さんがされた事は立派な事だと思います。ですけれど「余計なお節介」でしかないし、喫煙を注意したのは社会を良くしたいという気持ちより自己満足に過ぎないと思うのです。 駅でタバコを吸わない、というのはマナーです。禁煙を喚起する看板が掲げられ、喫煙所が設置されたり、喫煙をご遠慮くださいというアナウンスが聞こえます。なにか特殊な事情でもない限り、駅を使用していれば「喫煙所以外での喫煙はマナー違反」くらいの事を知っている筈。それでも尚、タバコを吸う人は、吸います。私たちは、良くマナー違反をします。電車の中で携帯で会話をする、点滅する歩行者用信号を無視して渡る、ゴミ収集
昨日の日記で「書くよ」と言っていた題材について。 23mm(僕)という人間が、オタクではなくてミーハーであるということは、昨日の日記を読んだ人には、分かってもらえたと思うのですが、そのミーハーであるところの僕が、なぜ「萌え」をことさら語ろうとするのか。「萌え」と「オタク」が親和性が高いようだということは、僕もなんとなく知ってはいます。しかし、どうも自分が好きなブロガーさんに対する感情を「萌え」という言葉で表すと妙にしっくりくるなぁ、ということに最近気付いて。というか、ちょっと前から、冗談っぽく使ってはいたのですが、少し真面目に考えてみる気になりまして。 そもそも、「萌え」ってなんだ?というところから始まるわけですが、ぼんやりと考えていたその言葉の定義をどう表現しようか、と思っていたら、昨日の日記にid:ululunさんからこんなサイトを教えてもらいました。(ululunさんありがとう!)ま
Weblog, はてブ人を見るときに、安易な決め付けで理解したつもりになっていないか?何かを読んで、見て、聞いて判断する時に、どれだけの熱意と慎重さを持って判断できるか?適当に通り一遍の解釈をして得意になっていないか?実際に体験もせずに生半可な知識をひっさげて先生面してはいないか?枝葉末節に囚われて本質を見失っていないか?人が作ったやり方を自分の血肉とする努力をせずに安易に流用して満足していないか?不備日報: 汝、文字の奴隷となるなかれ。こういう言葉は深く、重く感じられますけれど、そっくりその儘返す事が出来てしまう事に留意されなければなりません。ブーブーうるさい豚共め、おまえらはその一行レスに魂を込めているか?ええ。勿論ですとも。「お気に入り」に121人の方に登録いただき、常に「読まれている」事を感じているからこそのブックマークであり「脊髄反射的」なものではありません。例えそれが瞬間的に言
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