たいへんな目にあったのは同情するけど、この人、〇〇〇人差別的な発言しょっちゅうやってるんだよなあ。 とか、 表現の自由を守る活動はいいけど、精神病とか障害について思い込みでいい加減なこと言うのはなあ…… とか。 そういうことがけっこうあるので困る。
飲食店で食事をした後、会計を済ませて帰る際に「ありがとうございました」に対して「ごちそうさま」と声をかけて去るのだが、 テイクアウトの時には「ありがとうございました」にどう返したものだろうと小さく悩んでいる。 「ごちそうさま」は食事を最後まで頂いた後に、それを出してくれた相手に対する感謝としての言葉だと認識しているため、 これから食事を持ち帰ろうという、まだ口をつけていないテイクアウトの状態では「ごちそうさま」は有効ではないな、という気持ちがどこかにある。 かと言って、「ありがとうございました」に何も返さずに去るのも個人的にはどこか落ち着かないものがある。 結果として、「どうもー」みたいな芸人の登場の挨拶みたいな、微妙な言葉で返しているのが現状である。 何かこう、しっくりくる受け答えの言葉はないものだろうか。 (追記) 確かにこれから頂くわけだから「いただきます」で良いのか。目からウロコの
むかしの失態とか後悔とかを何かの拍子に思い出して「アーッ!」とか「ンーンッ!」とか変な声が出ちゃうやつあるだろ? あの現象について、50年生きてきた俺から言わせてもらう。 絶望のズンドコに叩き落としてしまうかもしれないので覚悟して読んでほしい。 恥ずかしい思い出は時とともに記憶が薄れていき、歳をとればあの変な声が出ちゃう現象に悩まされない平穏な暮らしが待っている──。 若者の多くはそう信じているかもしれない。少なくとも、それを期待しているだろう。 だが、現実は違う。 思い出して変な声が出るほど強烈な恥体験や後悔体験は、何年たっても忘れるもんじゃない。 現に俺は50歳になった今でも小6の時のクソみたいな思い出をいまだに思い出しては悶絶している。 つまりきのうの晩お前にふとんの中で変な声を出させたその思い出は、おそらくこの後も数十年間お前をさいなみ続ける。 それだけではない。 俺たちはその間も
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