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「いま考えるべき科学、文化、宗教の役割」 島薗 進さん(上智大学教授、原子力市民委員会座長代理・福島原発事故部会長) 今回のインタビューは、高木基金のニュースレター「高木基金だよりNo.37」の巻頭コラムのためにお願いしたものですが、いまの政府や経済界の科学や学問に対する姿勢に関わる問題から、日本における宗教団体の社会的な活動について、そして、NPOなどの市民活動や高木基金の役割などについて、話題は多岐に及びました。 - 今回はお忙しい中、インタビューをお引き受けいただきありがとうございます。早速ですが、このところ、政府や経済界から、国立大学の人文社会学系を縮小して、工学部などの「実学」に予算を重点配分するように求める動きが強まっていますが、島薗さんはどのように受け止めておられますか。 島薗 日本でもかつての経営者は、組織を運営していくにしろ新しい創造をするにしろ、経営において、教養的なも
物理専攻から文転して -平川さんは、科学技術と社会の関わりを研究テーマにしておられるわけですが、まず平川さんが、これまでどの様に研究してこられたのか、そのあたりからお話を聞かせて下さい。 平川 もともと大学では物理を専攻していました。その後、文転をしまして、最初は科学思想史という、哲学系のことをやっていたのですが、95年くらいから、「科学技術論(STS:"Science and Technology Studies")」に自分の関心を広げて、それ以来、この分野に関わっています。 -物理専攻の時代は、どの様な分野を専攻しておられたのですか? 平川 理論系の統計物理学、非平衡統計物理学ということで、ちょうどあの頃はやり出した、カオスとか、複雑系のさわりのあたりをやりました。日本でもいろいろな研究が増え始めたころだったので、ちょうどおもしろい時期でした。その後、東工大で修士まで物理を専攻して、そ
物理専攻から文転して -平川さんは、科学技術と社会の関わりを研究テーマにしておられるわけですが、まず平川さんが、これまでどの様に研究してこられたのか、そのあたりからお話を聞かせて下さい。 平川 もともと大学では物理を専攻していました。その後、文転をしまして、最初は科学思想史という、哲学系のことをやっていたのですが、95年くらいから、「科学技術論(STS:"Science and Technology Studies")」に自分の関心を広げて、それ以来、この分野に関わっています。 -物理専攻の時代は、どの様な分野を専攻しておられたのですか? 平川 理論系の統計物理学、非平衡統計物理学ということで、ちょうどあの頃はやり出した、カオスとか、複雑系のさわりのあたりをやりました。日本でもいろいろな研究が増え始めたころだったので、ちょうどおもしろい時期でした。その後、東工大で修士まで物理を専攻して
-まず、高木仁三郎さんとの出会い、関わりからお話を聞かせてください。 吉岡 1979年くらいだったと思いますが、高木さんが書かれた「科学は変わる」という本が東洋経済から出まして、それに感銘を受けました。高木さんは、今の科学が虚構の科学になっているということを、原子力という具体的な専門領域に即しつつ、科学論的な普遍性をもたせる形でに論じておられて、非常に印象的でした。 「科学は変わる」に感銘を受けて 当時、私は、東大の大学院におりました。学部は物理だったのですが、科学批判をきちんとやろうという問題意識から、大学院は、科学史に移りました。そこで、いろいろと学んでいく中で、高木さん流の考え方に出会いました。 また、在野で活動をしておられるということにも、強い印象を受けました。全共闘の頃に、自己否定といった議論があり、職業科学者であること自体を問い直す動きがあったわけですが、高木さんは、実際に、
2006年11月11日追記: 本日早朝、宇井純さんが逝去されました。 下記の記念講演のあと、午後の成果報告をすべて聞いていただき、また、その後の懇親会でも楽しくお話をさせていただいたことを昨日のことのように思い出します。 高木基金の活動についてもあたたかい言葉をかけていただき、あらためて感謝しております。 宇井さんが切り開かれた道を、新しい世代が引き継いでいかなければと思いますし、それを応援するのが高木基金の役割だと思っております。 心からご冥福をお祈りいたしますとともに、市民科学をめざす私たちの活動を、少し遠くに行かれてしまいましたが、これからも見守っていただきたいと思います。 2004年6月20日、東京新宿のカタログハウスセミナーホールで開催された第二回成果報告会の記念講演として、宇井純さんにお話をして頂いたものです。 (写真提供:ひろせ事務所) 宇井 ご紹介を頂きました宇井です。ち
-まず、高木仁三郎さんとの出会い、関わりからお話を聞かせてください。 吉岡 1979年くらいだったと思いますが、高木さんが書かれた「科学は変わる」という本が東洋経済から出まして、それに感銘を受けました。高木さんは、今の科学が虚構の科学になっているということを、原子力という具体的な専門領域に即しつつ、科学論的な普遍性をもたせる形でに論じておられて、非常に印象的でした。 「科学は変わる」に感銘を受けて 当時、私は、東大の大学院におりました。学部は物理だったのですが、科学批判をきちんとやろうという問題意識から、大学院は、科学史に移りました。そこで、いろいろと学んでいく中で、高木さん流の考え方に出会いました。 また、在野で活動をしておられるということにも、強い印象を受けました。全共闘の頃に、自己否定といった議論があり、職業科学者であること自体を問い直す動きがあったわけですが、高木さんは、実際に、そ
2023.10.14 2023年度助成のクラウドファンディングにご協力ください。 2023.10.03 「市民科学」公開フォーラム「いま、水の安全をどう守るか」を開催します。 2023.09.08 2022年度国内枠助成の成果発表会を9月17日に開催します 2023.07.10 第22期国内枠助成の公開プレゼンテーションを開催いたします 2023.04.10 第22期国内枠助成募集を開始しました。 2023.01.26 オウエンキキン様 ご支援ありがとうございました 2023.10.8 池内 了さんインタビュー 「新潟県における福島原発事故「3つの検証」の経過とこれから」を掲載しました 2023.3.10 木村 亜衣さんインタビュー 「放射能を測り続けることは、健康に不安を抱える人を支え続けることだと思います」を掲載しました 2022.12.15 今中 哲二さんインタビュー 「原発事故の後
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