ロナルド・ヒーバリーさんが撮影したソンミ村虐殺事件のスライド写真。その後、写真に写ったドク少年と再会した=米中西部オハイオ州クリーブランドで2月12日、長野宏美撮影 1968年3月16日午前7時45分。米陸軍カメラマンだったロナルド・ヒーバリーさん(76)は、ヘリコプターで南ベトナムのソンミ村(当時)に降り立った。銃の連射音が響く。「激戦地だ」と身構えた。だが誰も反撃してこない。それが「動くものはすべて殺す」という狂気に駆り立てられた「ソンミ村虐殺事件」の現場だった。 米兵が泣いている子供を撃っていた。「起きてはいけないことが起きている」。当時ベトナムは南北に分断され、共産主義の北ベトナムが支援するベトコン(南ベトナム解放民族戦線)に米国は手を焼いた。だが、ソンミ村では「戦争と無関係な市民なのは明らかだった」。ベトナム人通訳が体を震わせ部隊長のメディナ大尉に叫んでいた。「なぜ殺す? 赤ん坊
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