一朴洞日記

多岐祐介の老残妄言

ことば

眼が醒めると

――社員というものは、勤務時間中に仕事に夢中であればいい。部長ともなると、起きている間じゅう、仕事のことを考えている。社長という種族は、眠っていても仕事のことを考えている。―― 会社員時代に、先輩から教わった。なるほどそうだよなあ、という実例と…

ゆやゆよん

中原中也(1907-1937) 幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました 幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました ・・・・・・ サーカス小屋は高い梁 そこに一つのブランコだ 見えるともないブランコだ ・・・・・・・ ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん(「サー…

今年の節分

宇宙はおおむね六十進法とはいえ、太陽と地球の距離や角度なんぞは割切れるはずもなく、うるう年のみできっちり調整がつくはずもない。しわ寄せ解消のため今年は立春が一日早く、したがって今日が節分だという。 一日早く春が来るというのに、東京にも雪が降…

陽だまりにて

陽射しの好い午前中を活用して、用足しに出るつもりだった。が、寝過しちまった。今日でなくてもよろしい用事だと自分を甘やかして、またぞろ日延べを決めこんだ。 玄関周りの陽射しが好いのは午前中だけで、正午を過ぎると建物の陰となり、とたんに寒くなる…

雑貨補充

眠気も吹っとぶ帰り途だった。 「選評」原稿を書いて、夜が明けた。文芸雑誌が主催する新人賞の選考会が催されたのは昨年末だった。今日はその報告文の〆切である。 難行ではない。候補作についての記憶は消えておらず、この間おりに触れて思い返しては自分…

齢の甲羅

昭和三十四年(1959)に建てられたブロック塀である。日本の職人が、腕を振るった仕事だ。寸分の凹凸もなく平らな塀だったにちがいない。六十六年前は。 歳月により、コンクリート構造にも変化があったろう。風雪の影響も受けたろう。避けられぬ地盤沈下によ…

今朝も祭の準備

開け放した窓から射しこむ光に眼醒めると、すでに気温が上っているようだ。鉄パイプが衝突したり擦れたりする音が聞える。電動工具のうなりも。工事音だ。近い。 児童公園では野尻組の若い衆が、葦簀張りの仮屋を建てている。祭礼期間中の、神輿の安置所だ。…

カルチャー

―― あなたのコンピュータはしまいこまれました。あなたの知識のないアクセスがあり、データが失われないために、しまいこまれました。再起動しないでください。電源を切らないでください。すぐサポートセンターに電話してください。そして鍵を開けるようにし…

使いみち

後期高齢者医療被保険者証というものを、持たされている。まだ提示してみたことはない。 つい先だってまでは国民健康保険の被保険者証だった。国民から後期高齢者へと変ったことについては、異存ない。お前なんぞもはや国民の勘定に入らんぞと念を押されてい…

今さらなにを

おいおい、本気で咲き始めちまったぜ。どうしたもんだかなあ。 明日から、新しい健康保険証に切替る。しかたない。時が経ったんだ。 昨年十月一日に交付された、名刺サイズの「国民健康保険被保険者証」は本日が有効期限だ。ところが老人は医療機関において…

継承するやせざるや

次世代の伸長には、眼を瞠るばかりだ。 玄関から門扉までのわずかな距離の左右で先祖還りしている君子蘭が、傷んだ葉ばかりを擁して、あまりに甲斐のない肉体維持に労力を費やしていた。気の毒に思えて、地上部を丸刈りにした。地中に身を没したバルブも、半…

涼を求めて

タカセサロンの置き飾りも、梅雨明けとなった。 涼を求めて、ほっつき歩く。エアコンのない拙宅から出て、涼みに出かけるわけだが、こんなことをしてでも、毎日いくらかづつでも歩かねばとの思いもある。 池袋北口へ出てみる。飲み仲間たちのアジトだったケ…

引く手

今日も「身に危険な暑さ」となることだろう。午前六時に行動開始。 拙宅玄関番たるネズミモチの根元から、東がわ塀までの、四畳半ひと間ほどの場所である。ガスメーター検針員さんらに建屋裏手へ廻っていただくさいの、通路入口にあたる。陽射し風通しともに…

浮世のならい

切株周辺の草むしりは、これで三度目だ。 お通りかかるかたから、時にお声を掛けていただいたりもしてきた老桜樹が、切株状態となった四月五日以降ということだ。例年より多い。敷地内の他の地点よりも多い。 塀が撤去されて、「只今工事中」を示すオレンジ…

週明け暑い

さぁて、夏本番。今日もとんでもなく暑い日になりそうだ。負けちゃあいられない。気を引締めて……というひとつの気分。 クッソ暑いのに、面倒くっせえなあ、もう……というもうひとつの気分。 同時存在する矛盾状態。 まず「負けちゃあいられない」のほうだが、…

左岸右岸

驚くほどヒマな大問題。 玄関から門扉までの数メートル通路の左岸・右岸に、かつて園芸植物だった君子蘭が根分けされて先祖還りしている。草として逞しくはなったが、姿は粗野になったし、花を用意する気など、さらさら起さない。腕を絡ませて表参道を歩いた…

酒の肴

昨日に引続いて、とあるガールフレンドから食品のプレゼントをいただいた噺。 「カズチー」というものを初めて知った。食品の呼称ではなく商標名かもしれない。香ばしい味に調整されたチーズのなかに数の子が混ぜ込まれた、大人の味とプチプチ食感とが愉しめ…

老いの頑張り

とんだもらい事故により、花盛りだった老桜樹の地上部が、アッという間に姿を消して、ふた月になる。あと処理については、なんら進展していない。 つい今しがたまで枝葉と花とに水分・養分をせっせと送っていた根は、長年の習慣を止めようとはしない。節ぶし…

知らぬが仏

NASA/GSFC/SDO 太陽の表面で、観察史上最大の爆発(フレア flare)があったという。太陽エネルギーの活動は十一年周期で消長してきていて、来年が次の頂点だそうだ。 爆発から約八分後には放射線(X線など)が地球に到達し、三十分から二日後には高エネルギ…

ガラスの粉

水上 勉(1919 - 2004) 昭和二十年八月十五日の正午ころ、水上勉青年は晴れわたった若狭湾の眺望が眼下いっぱいに開ける峠のいただきで、石地蔵の脇に腰を降して、弁当の握り飯を頬張っていた。 村内にチブス罹患者が出た。当村への疎開者の妻だった。疎開…

晴れぬ日に

天丼って、どんなんだっけか……。 昨夜半からの雨がやまない。大降りの時間はなかったように思える。厚みのある湿り気が、のべつじんわりと圧迫してくる感じだ。 どことなく気が重い。元気が出ない。むろん日光浴どころか、草むしりもできやしない。こんなと…

大事な関門

今 東光(1898 - 1977) 博多の料亭に女丈夫の仲居がいた。 「東光先生、なにか字を書いてくださいな」 「いいよ、紙に書いても面白くねえや、キミのパンティーになら、書いてやろう」 断ろうと思ってである。 「いいわよ、だれか硯箱をお願い」 仲居は着物…

文字という世界

文字らしい文字、立派な文字というものが、あるのだろうか。あるような気がしている。ただし巧い拙いとは少し違うような気がする。美しい醜いとも違う気がする。丁寧な文字か粗雑な文字かなんぞは、初めから論外だけれども。 明治の元勲と称ばれる政治家・政…

妄想の湧出口

私的な書き癖に過ぎないけれども、「凝視する・視詰める」という語を、「視る・観る・看る」とはかなり異なる行為と捉え、用いている。ましてや「見える」とはかなり異なっている。 わが町のサミットストアの壁面の高い処に掲げられたロゴ看板だ。あちこちか…

植物の体温

雨から雪になったのは、深夜を過ぎてからだった。 銭湯へは、閉じたままのビニール傘を携えて出かけた。日を跨ぐころから、雨または雪と、天気予報から脅かされていたからだ。予報だもの、二時間くらい前倒しになったからとて、文句は云えない。往きは好いよ…

松さげる

門扉左右の松をはずす。玄関玉飾りをおろす。空気や水の入口だの鬼門の窓だのを守護していた裏白の輪飾りをすべて集める。 昨日七草のうちに下げるべきだったろう。そう思わぬではなかったが、立込んでいた。心急いていたのだ。閑用として翌日回しにしてしま…

にわか報告

お大師堂前には、大きな藁囲い。 先を争っての初詣には興味がない。「怠け者の節句働き」という例えもあるが、ふだん寄りつきもしない癖にこんな時ばかり熱心な振りをしてみたところで、どうなるものでもあるまい。弘法さまにも仏たちにも、事態は丸見えにち…

こんなもんです

「子どもは寝る時間ですよ」母さんに云われて、いったんはベッドに入った兄妹だったが、遠くから切れぎれに聞えてくる笑い声や音楽に起され、窓辺に寄る。声や音楽は、かなり離れた隣家から聞えてきていたのだった。 「子どもたちが唄いながら木の周りを回っ…

回してちょうだい

「ご町内」という語があんがい好きである。 今年のさていつごろからだったか、回覧板の材質が変った。カラー印刷された光沢紙をボール紙の芯に巻いた従来のものから、樹脂芯の表面をラミネート加工したものになった。芯も表面も、石油製品となったわけだ。傷…

ごっこごっこ

「もーいいかぁい」 ほかに人影のない児童公園に、黄色い声が響きわたる。五歳くらいの、度の強い眼鏡をかけた男の児だ。 本日のチャント飯。いつもどおり主菜なしのただただ品目重視だ。 ・粥飯(昆布・若布・生姜炊込み、トッピングは擂り胡麻・ちりめん山…