テレビなどマスメディアでセンセーショナルに報道される「ゴミ屋敷」。衛生上の問題が懸念されるほか火事の原因にもなるために近隣住民や地方自治体は対応に苦慮するケースが少なくない。その背景には、高齢者の精神面の問題「セルフネグレクト」があると言われている。高齢者の一人暮らし世帯の増加とともにゴミ屋敷問題も増加中だが、今後、我々はこの社会問題とどのように向き合っていったらいいのか。セルフネグレクト(自己放任、自己放棄)や孤立などの問題に詳しい、東邦大学の岸恵美子教授に話を聞いた。
(聞き手は、柳生譲治)
ゴミ屋敷問題の背景にある「セルフネグレクト」問題
岸先生はもともと東京の板橋区、北区で16年にわたり保健師として勤務されて、高齢者の世帯をつぶさに見てこられたわけですけれども、中にはいわゆる「ゴミ屋敷」といわれる劣悪な居住環境で生活している独居老人も少なからずいたことと思います。人はなぜそのような状況に陥ってしまうのでしょうか。

東邦大学看護学部/看護学研究科 教授
1960年東京都生まれ。看護師、保健師。日本赤十字看護大学大学院博士後期課程修了。看護学博士。東京都板橋区、北区で16年間保健師として勤務した後、自治医科大学講師、日本赤十字看護大学准教授を経て、2009年、帝京大学大学院医療技術学研究科看護学専攻教授(地域看護学・公衆衛生看護学)。2015年から現職。高齢者虐待、セルフネグレクト、孤立死を主に研究している。著書や編著に『ルポ ゴミ屋敷に棲む人々』『セルフ・ネグレクトの人への支援』など。
岸:もっとも多い原因は、配偶者の死などといったライフイベント(人生における重要な出来事)をきっかけとする生活意欲の低下や、認知症などの病気の影響によって、住民が「セルフネグレクト」という状況に陥っていることにあります。
ネグレクト(放任、放棄、無視)という言葉は聞いたことがあっても、セルフネグレクトという言葉は初めて聞く方もいるかもしれませんね。セルフネグレクトとは文字通り自分に対するネグレクトですから「自己放任」、「自分による自分自身の世話の放棄」といった意味になります。
いったんセルフネグレクトの状態に陥った人は、健康な心理状態の人間にはとても住めないような「ゴミ屋敷」に暮らしていたり、身体が極端に不衛生だったり、清潔ではない多くの動物とともに家の中で暮らしていたり、地域の中で孤立していたり──といった状況になりがちです。そして生活環境が著しく悪化してしまっても、他者や行政に支援を自ら求めないことが多く、また行政側が支援を申し出てもそれを断って一層孤立する傾向を帯びています。
とりわけ、医療を拒否するケースは深刻な問題となります。健康に致命的な悪影響を与え、死に至ることも少なくないからです。セルフネグレクトが「緩慢な自殺」と言われるゆえんです。
ちなみに、内閣府が2011年にまとめた調査では、セルフネグレクトの状態にある高齢者は全国で推計約1万人程度いるとされています(内閣府経済社会総合研究所「セルフネグレクト状態にある高齢者に関する調査」)。しかし、「高齢者の9%がセルフネグレクトに該当している」という米国での大規模調査の結果もあります。その結果を日本にも当てはめれば、実際には300万人をも超える人々がセルフネグレクトの状態にある可能性があります。

「セルフネグレクト」の延長線上には「孤立死」が
そもそも「セルフネグレクト」になる要因にはどのようなものがあるのでしょう。

岸:配偶者や子供など近親者を亡くしたことにより生きる意欲を喪失してしまったケースや、精神的な病や糖尿病のような慢性疾患により自分自身の世話ができなくなったケース、人間関係のトラブルにより孤立して生活の意欲を失ってしまったケースなどが多いです。
最近では東日本大震災により深刻な被害を受けた方で、どうしようもない喪失感によって生きる意欲を失ってしまったようなケースもあります。
もともと日本人は、人に迷惑をかけることを嫌う傾向が強いため、「少々のことは我慢すべきだから~」「お金がないから~」「もう高齢だから~」といった理由で行政の支援を拒否する傾向が強いのです。また、経済的貧困やプライドの高さゆえに、生活保護などの行政サービスを受けたり病院に行ったりするのを頑なに拒むケースもあります。
ちなみにセルフネグレクトには、生活の中で当然行うべき行為を「行わない」というケースと、当然行うべき行為を病気などにより「行えない」ケースの2つがあります。いずれにせよ、心身の健康がおびやかされることとなり、その延長線上には「孤立死」があります。
孤立死をされた高齢者の方の8割の方がセルフネグレクトだったという調査もあります。だからこそ周囲の人が早期にその兆候を見つけて支援する必要があるのです。
医療を「拒否」するケースは、喫緊の課題
岸先生はもともと保健師として、孤立した高齢者のケアにあたって来られたわけですが、「セルフネグレクト」の状態に陥ってしまった人について、直接、見聞きしたケースでは、どのような人がいましたか?
岸:ケースは様々ですが、保健師の立場としては、一刻も早い治療が必要な病気なのに医療を拒否する人の対応に最も悩みました。生死がかかっていますから。
守秘義務もありますので、詳細はぼかしてお話しいたしますが、かつて直接担当したある60代の男性の場合は、糖尿病を患っているのに病院を受診していませんでした。区の生活保護担当のワーカーから受診を勧めてほしいと依頼されて、初めて私がその男性に会った時にはすでに壊疽(えそ)によって片足を切断していました。きちんと通院して薬を飲んでさえいれば、そんなにひどい状況にはなるはずがなかったのに。
何度言ってもなかなか病院に行ってくれません。こればかりは本人が承諾してくれないとどうにもならないのですが、粘り強く何度も足を運ぶうちに本音も話してくれるようになりました。その人は家族とは別居してしまっていたのですが、心の奥では「家族に会いたいと願っている」と打ち明けてくれました。家族に会うことを再び考え始めてから、ようやくヘルパーと一緒に買い物に行く意欲も出て、少しずつ心を開いてくれるようになりました。信頼関係を築くことの重要さと難しさを同時に教えてくれたケースでした。
若くても「セルフネグレクト」になる
高齢者だけでなく、比較的若い方のケースもあります。ある40代の男性の場合は、ゴミ屋敷化した住居に対しての近隣住民からの苦情がきっかけで自宅を訪問しました。確かに家の周りはゴミでいっぱいでネズミや害虫が住みついていました。

その男性は、奥さんと幼児、赤ん坊もいる4人暮らし。確かに家の外も中もゴミがいっぱいで、トイレへの通路の前だけ辛うじてゴミが置かれていないという状況。にもかかわらず、その男性はその辺りにある沢山の物をゴミとは認めておらず、いずれも「自分が営む商売に関連する財産であるから捨てられない」という説明でした。
「毎日どこで寝ているのですか?」と聞くと、奥さんと子供たちはそのトイレの前の通路で寝て、その男性はほかに場所がないのでトイレのドアの前で立ったまま寝ている、と。子供もいるのでこのままでは大変なことになると思い説得を試みた結果、トラック1台分のゴミを撤去することに同意してくれました。それから時間をかけて家の中も少しずつ片づけていき、お風呂にも入れるようになり、生活は徐々に改善していきました。ところが、まさにその矢先、その男性が突然亡くなったという連絡が入ったのです。
その方は高血圧の持病があったのですが、死の原因は不明のままです。ほかにも持病があったのかもしれません。でも、もしかしたら、ゴミの中で暮らすという生活スタイルを自分たちが変えてしまったからではないか…という考えもよぎりました。落ち込んでいると、奥さんが区の窓口にやってこられました。どのように声をおかけしていいか分からないまま、お悔やみの言葉をお伝えすると、「ゴミが片づいて、子供と川の字になって寝られるようになりました」とお礼を言ってくださいました。すこし安堵するとともに戸惑いも残り、色々なことを深く考えさせられた忘れられないケースになりました。
認知症によって生活が成り立たなくなるケース
今お話しいただいた2つのケースは、先ほど岸先生がお話しになった表現で言えば、「当然行うべき行為を『行わない』」というケースですね。もう一方の「行うべき行為を『行えない』」というケースにはどのような方がいらっしゃいましたか。
岸:「行わない」のではなく「行えない」というのは、やはり精神を病んでいたり、認知症だったりというケースですね。例えば、娘さんからの依頼で訪問したある60代の女性の場合、その方の家にうかがうと挨拶や所作はとても丁寧なものでした。娘さんのお話では「最近、身の回りのことが少し疎かになっているようだ」とのことでしたが、その女性は鮮やかな手つきでお茶を入れてくださいました。ただし、そのお茶の鮮やかな色に私は驚きました。お茶ではなく、入浴剤だったのです。
もしかしたら認知症が始まっているのかもしれないと思い、私はトイレをお借りすることにしました。認知症が始まっていると、尿失禁などがみられるケースが多いからです。トイレに行くと便器の中の水の溜まるところに下着が浸かっていました。下着を汚してしまい、そのままにしたのでしょう。食べ物の管理も十分でなかったために、部屋にはネズミが開けたと思われる穴があちこちにありました。
電話でのやりとりの声はしっかりしていても、実際の生活や精神状態は訪れてみないと分からないというケースがあります。娘さんに連絡をして、それからはその方が定期的に訪れて家事を手伝うようになりました。それまで人との交流が少なく孤立気味だったのですが、デイサービスに通うとそれが楽しみになっていき、その方の生活は改善していきました。

セルフネグレクトの人にも「自由」に生きる権利がある
そうしたセルフネグレクトの人に対して、国や自治体はどのように対応していったらよいのでしょう。
岸:行政がもっと介入していくしかないと思います。しかし留意しなければならないのは、セルフネグレクトの人やゴミ屋敷の住人にも「自由」があるということ。タバコを吸っている人に「健康に悪いから」という理由で禁煙を強制できないのと同じように、セルフネグレクトの人たちも、明らかに他者に迷惑をかけているわけでなければ、行政が介入することが難しい側面があります。とくに、人生の終末期にある方については、他者がむやみに介入してはならない領域もあります。
人は誰でも「愚行権」と呼ばれる自由権を有しており、たとえ他者から「愚か」であると判断されても、迷惑がかからない限り邪魔されないという自由を持つのです。
判断力の低下がある場合は行政はすぐに介入すべし
だとすれば、自由意思で支援を「拒否」する場合は、そもそも行政は介入できない?
岸:でも放置してよいということにはなりませんよね。 たとえ「愚行権」はあったとしても、老人福祉法では「老人は(中略)生きがいを持てる健全で安らかな生活を保障されるものとする」と定められています。WHO(世界保健機関)も「健康の向上は国の責務」であるとしており、これらを踏まえると、自由意思で「拒否」している人も、行政は辛抱強く見守り、生活が成り立っているかを定期的に確認していくべきであると私は思います。 一度拒否されたり、敵対視されたりしたらそれで終わりにするのではなく、繰り返しアプローチしていくことが大切です。
先ほどもお話ししましたが、日本の高齢者は気兼ねをしたり、世間体を気にしたりして積極的に自己主張することが少ないのです。実際、私が保健師をしていた頃も「自分でなんとかできるから」「大丈夫だから来なくていいよ」「まったく困っていないよ」などと言われることが多くて戸惑いました。
でも、それは「拒否」とは言い切れないのではないでしょうか? そうした人の中には、本当は背中を押してほしいのに、遠慮して本心を言えないという人が少なくありません。実際、そうした方々の寂しさに寄り添うことを心がけて繰り返し訪問していると、拒否していた人も徐々に打ち解けて、心を開いてくれるようになるものです。
そのような「自ら支援を求める力が低下している人」を見逃さないようにすることです。そして、「このままの状態で病院を受診しないと、命に関わります」といったリスクを、相手に分かるように伝えることは、行政の最低限の責務だと思います。
もちろん、本人の意思でセルフネグレクトに陥っているのではなく、認知症や精神疾患を患って判断力が低下していたり、自ら動けなくなって健康状態が悪化していたりするような場合は、明らかな支援の対象です。自ら支援を求めない、求められないからといって放置するのは、逆に行政による「ネグレクト」です。実際、生活にかかわる判断力や意欲が低下している場合や、本人の健康状態に深刻な悪影響が出ているような場合、行政は積極的に介入しています。

拒否されても粘り強く接触し、信頼関係を築く
テレビのワイドショーで報道されるゴミ屋敷の住人の方々は、とても気難しかったり、頑固だったりする人が多いように思います。あの方々の中にセルフネグレクトの人がかなりの割合で含まれているのでしょうが、地方自治体の担当者も、粘り強く関わっていくのは骨が折れるでしょうね。
岸:でも私の経験則から言えば、いったん信頼関係さえできればその後は「あなたに任せる」となって一気に様々な問題が片づくことが多いものです。保健師をしていた頃は、こちらの助言を受け入れてくれるようになるその瞬間こそが、私にとっての最大の喜びでありモチベーションの源でした。ゴミ屋敷に住んでいるような人は、本当は心根のやさしい人が多かったと思います。
もちろん何度も通って嫌がられることはあります。言い方も難しい。例えばゴミの中で暮らしている方に、「こんなところで暮らしていると死んでしまうよ!」と上から目線で強く言えば、その人の価値観や生活を否定することになりかねず、へそを曲げられてしまうかもしれません。そうではなく、例えば「冬の寒い間、どこか温かいところに泊まりませんか」といった、相手のプライドを傷つけない言い方の工夫が成功につながることがあります。
そして、単にゴミ撤去を目的にするのではなく、あくまでもその人が、その人らしい生活を送れるようにするための「本人支援」に力点を置くことが大切です。短期間で有無を言わせずゴミを撤去するようなやり方は、人権侵害につながります。
「おせっかい行政」を掲げてきた東京都足立区では、何よりも本人支援を第一に考え、ゴミの片付けや撤去は二の次としています。ゴミの山だけを見るのでなく、その向こう側にあるものに目を凝らすのです。そもそも本人が抱えている本質的問題を解決できなければ、場当たり的にゴミを撤去しても問題は繰り返されるだけ。行政の対応にはまだばらつきがあるのが現実ですが、足立区のような自治体が増えることを望みます。
生活を立て直すのは難しい、他者を頼ることが必要
ゴミ屋敷というと高齢者のものというイメージがありますが、セルフネグレクトは若い人にも起こり得るのでしょうか。最近では、元女優の川越美和さんが35歳で孤独死していたという報道があったとき、「セルフネグレクトだったのでは?」という声もありました。
岸:セルフネグレクトには、きっかけがあれば誰でもなり得るものです。近親者が亡くなるなどのつらい経験があったり、仕事のストレスで疲弊したりして、生きる気力がなくなり人に助けも求められなくなってしまったら、年齢は関係ありません。
高齢者のセルフネグレクトとは異なり、若い方の場合は比較的きちんとした身なりで普通に会社にも通っているケースがあります。こうした人は毎日通勤しているので、孤立した高齢者とは状況がまったく異なるように見えるかもしれませんが、実際には仕事のストレスを一人で抱え込んで疲弊し、精神的に孤立していることもあるのです。私の経験では若い方の場合、人のケアをする仕事や感情労働をされている方、人間関係のトラブルを抱えた方が比較的多いように感じています。おそらく、過酷な仕事で身も心もくたびれてしまうためでしょう。
また、糖尿病を患っている方がセルフネグレクトになることも、相対的に多いようです。数年前に行った私どもの調査では、セルフネグレクトの人の約1割が糖尿病の方でした。おそらく、常に「だるい」「疲れやすい」という症状があるほか、食事療法が厳しいといったことも関係しているのではないかと思われます。
いったんセルフネグレクトの状態に陥って生活が破綻してしまうと、独力で生活を立て直すのはなかなか難しいもの。人を頼ることが重要です。繋がりを持っている人たちに相談してほしいと思います。まずは家族に。それが無理ならばSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だって利用してほしいと思います。親しい人に相談してみれば、何とか生活を立て直す糸口が得られるかもしれません。

セルフネグレクト増加の背景にある、社会構造の変化
セルフネグレクトやゴミ屋敷の増加の背景には、一人暮らし世帯の増加、家族との結びつきの希薄化、といった社会環境の変化もあるのでしょうね。
岸:確かに、かつては三世代同居といった住まい方が一般的でしたし地縁による協力関係もありましたので、孤立して精神的な危機に陥ったり、ゴミ屋敷化したりする前に何らかの手を打てていたのでしょう。特に同居した家族からサポートが得られやすい環境にありました。でも、もはやその時代に時間が巻き戻ることはありません。
一人暮らし世帯の増加のほか、日本人の平均寿命の伸長、貧困者の増加、介護保険などの制度の複雑化、ゴミの分別の難しさなども背景にあるでしょう。結局、セルフネグレクトやゴミ屋敷問題は、現代社会の映し鏡と言えるのではないでしょうか。
「人権」の問題だという意識を社会で共有してほしい
今後われわれや行政、政治は、この問題とどのように向き合っていけばよいのでしょうか?
とてもつらい環境に置かれたら、誰だって生きる気力を失ってしまう可能性はありますよね。だからこそ、まず、日経ビジネスオンラインの読者の方には、身近にそうした状況に陥った人がいるのに気づいたら「他人事」だと思わないでほしいのです。そして手を差し伸べてあげていただきたいし、それができなければ行政に連絡してあげてほしいと思います。
一方、行政側には、地域の民生委員や住民ボランティアなどが、孤立している人を発見し支援する「見守り活動」を強化していただきたいと願っています。そして、さきほど申し上げた足立区の「おせっかい行政」の例のように、あらゆる地方自治体の方々に「本人支援」に力点を置いた援助をお願いしたいです。
政治家の方々にはセルフネグレクトを法的に定義していただきたいと期待しています。具体的には、セルフネグレクトを「高齢者虐待防止法」の一類系に加えていただきたい。自分への虐待(セルフネグレクト)も虐待の一つとして法的に定義されれば、行政による支援の手がおよぶ範囲も広くなりますから。
そして、セルフネグレクトやゴミ屋敷問題は「人権」や「生きる権利」の問題であって、他者への虐待と同様に誰もが積極的に対応すべき問題なのだという認識を、もっと多くの人に共有していただきたいと願っています。

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