テレビ局で評論家の宮崎哲弥さんとご一緒する機会があった。実は、私は中学生のころから宮崎さんの評論を読んでいる。たしか宮崎さんが「評論家見習い」としてデビューし、『宝島30』に「バカヤローは愛の言葉」を連載なさっていた。しかも宮崎さんは、他の文化人に先駆けて、<雁屋哲『美味しんぼ』のユーウツ>という同マンガの批評をなさっていた。

 緊張というのは様々な形があると思う。ただ、私の場合、緊張というのは芸能人に接するときにはほとんどない。私が緊張するのは、宮崎さんのように若いころから活字を通じて拝見していた人たちに出会うときが大半だ。彼らはきっと、多くの人からお世辞で「いつも読んでいますよ」と言われているだろうけれど、私は本当に読んでいたのだ。宮崎さんの文面を模写したこともある。

 緊張していて、本番前に楽屋で何を話したかは、もう覚えていない。ただ、その時に、本屋の話をしたのは覚えている。

 宮崎さんは福岡県出身で、私は佐賀県出身。そして私は、福岡まで『宝島30』などのカルチャー誌をわざわざ買いに出かけていたのだ。しかも飽きもせずに、毎月のように。

 その『宝島30』を大型書店で急いで探したあとに、博多のレコードショップで山塚アイさんのデモテープを見つけ、買おうか悩んでいるうちに1時間が過ぎた。それらの音源も今では、映像付きでYouTubeですぐに見ることができる。あのころ悩んでいた私の時間は何だったんだ、とも思うし、昔の途方も無い努力を笑ってしまうこともある。

 ワンクリックで書籍や雑誌が届き、なんなら電子書籍でその場で読める世代からすると、このような話は不便時代の思い出でしかない。ただ、往復2時間以上、おそらくそのときの私は“熱”を持っていたに違いない。

アマゾンが中国と米国をダイレクトにつなぐ日

 業界の中に激震が走った。2016年の年明けすぐに、米アマゾン・ドット・コムがついにNVOCC事業を自前化することが明らかになったからだ。しかも、そのルートは中国・米国間だ。アマゾンが単なるEC企業だけではなく、本格的に世界の物流事業も支配しようとする姿勢が見て取れる。

 ところで、このNVOCCについては説明が必要だろう。NVOCCとは「Non Vessel Operating Common Carrier」の略だ。船舶を有しない、しかし、貨物運送事業者のことだ。違う訳では、非船舶運航業者とするケースがある。ただ、有しないゆえに、顧客が貨物を運ぶ際に、単複最適ルートを提案できる。さらに、コンサルティングなどのサービスも提供できる。

 物流の世界には、3PL(third party logistics)という言葉がある。これも、顧客に代わって、物流ルートや物流システムの最適化を担う企業だ。物流全体を俯瞰し、そして短納期・コスト安・安全輸送を約束する。この3PLとNVOCCの意味はイコールではないが、どちらも物流業者として、顧客の物流を担う。

物流業者までアマゾンが飲み込むのか

 アマゾンがそのNVOCC事業を自前化するニュースが流れてきた。米国の連邦海事委員会によると、アマゾンはNVOCCの中国-米国間の承認を受けた。正確には、北京に拠点をもつアマゾンの子会社(Beijing Century Joyo Courier Service)が取得したものだ。この子会社を活用すれば、自身の配送のみならず、第三者にも物流サービスを提供できる(現時点では、アマゾンは第三者へサービス提供するかどうかまでは明言していない)。アマゾンがどのようなシステムを使うのかは不明だが、航空便も海上便もトラック便も、アマゾン独自のロジックで最適化してくれたら面白い。

 これまでは買う方も売る方も煩雑なやりとりが必須だった。しかしこれからは、まず売り手にとっては、利便性が拡充していくかもしれない。目の前に売りたいものの貨物があって、それをスマートフォンで撮影し、重さを入力するとする。その情報を元に、アマゾンが瞬時にトラック業者を手配してくれて、さらには海上、そして輸出先国内の物流も手配してくれる。かつGPSを連動させて、現状の貨物の場所を教え、さらにインボイスは自動発行、コストも瞬時に分かる。

 買い手にとっては、海外の特定場所から自国に輸入する際、どれくらいのリードタイム・コストが掛かるかは最重要な関心事になっている。それらも、瞬時に分かるかもしれない。

 もちろん、アマゾンがすべてを激変させてくれるかどうかは分からない。ただ、これまでアマゾンが小売や流通を変えた歴史からすると、その期待も完全に間違いではないように感じるのだ。

アマゾンがNVOCCに参入するメリット

 なお、今回のライセンスを取得したのは、繰り返すと中国・米国間のものだ。報道後の関係者のリアクションを見ていると、中国側にメリットが大きいと予想するものが多い。つまり、米国にいる買い手(バイヤー)よりも、中国側にいる売り手(サプライヤー)が、まずは恩恵を受けるという。例えば、当局への提出書類の代行、取引コストの最小化、そして使いやすいツールの提供などのメリットがあると予測できる。

 さらに、アマゾンはNVOCCとはいうものの、その枠をすでにはみ出しつつある。2015年12月にcargofactsが報じたところによると、アマゾンはなんと20もの自社貨物機を使うよう水面下で交渉している(おそらく米ボーイングと交渉しているのではないか、と記事は伝えている)。またアマゾンは、既存業者の物流ルートには飽きたらず、欧州や米国では、これら自社貨物機を活用した物流網を構築するため、試行を繰り返している。

 米UPS、米フェデックス等は、現在ではアマゾンの貨物などを請け負っているはずで、あまり快いニュースとは思っていないかもしれない。先の記事によると、UPSは「アマゾンについてコメントはありません。私たちの大切なお客様ですよ(“We don't comment on speculation about Amazon, who continues to be a valued customer.”)」と答えている。

アマゾンNVOCCにおける優位性

 この領域にアマゾンが入ることの優位性はあるのだろうか。私は最適な搬送方法が提示されるというマッチングシステムに、これまでにない利便性を期待した。その他、たとえ激的なイノベーションではなくても、伝統企業ができなかった物流プロセスにおける機械化や効率化が達成できれば、十分に競争力があるだろうとする向きもある

 たしかにアマゾンはドローンをはじめとして最先端の技術取得に貪欲だ。その他、倉庫内でのピッキング技術を、たとえば他の荷卸業務等に応用できればインパクトがあるかもしれない。

 一方で、このような指摘もある。アマゾンが物流もECも手掛けているとなると、米国にいるEC業者は自分たちが抱えている中国内サプライヤーについてはアマゾンに明かしたくない。よって、アマゾンのNVOCCは活用しないというものだ。ただ、アマゾンの名前はもはや巨大ゆえに、既存業者からすると脅威であるのは間違いないだろう。

アマゾンNVOCC参入の本気度

 ところで、アマゾンは昨年「Flex」なるサービスを開始した。これは米国内で、一般人を貨物配送の担い手として活用するものだ。ギグエコノミーとも呼ばれ、当連載でも紹介した

 ただ、この「Flex」については、一般人を活用して配送コストを下げるのではなく、それ自体を既存の物流業者への交渉ネタとして活用することが、本来の目的だと見る論者もいる。すなわち、アマゾンが多数のオルタナティブな配送手段を開発することで、高止まりしている各社の物流サービスを、コスト削減するためではないか、という指摘だ。実際にそのような可能性もあるだろう。

 今回のNVOCC参入も、既存業者へ交渉力を高めたいという狙いもあるだろう(し、結果的にそうなるだろう)。ただ、実際に中国と米国間で実現すれば、自社の莫大な貨物をまず運ぶことができる。かなりのボリュームがあるため、進め方によっては相当なコスト競争力を発揮し、それを他国へ展開することもありうる。

 それにしても――と思う。

 たった20年前までは日本国内ですら、地方同士が遠く、物流も充実していなかった。それが密林によって世界がこんなに狭くなるとは――と。

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