今ちょうど忘年会シーズンで、酔っ払いに囲まれて深夜の満員電車に乗ることにうんざりしている方も多いと思います。
阿部:深夜の満員電車は運用の見直しで解消できるはずです。まずは現状を確認しましょう。
私は12月17日(土)の深夜、品川駅京浜東北線のホームにいました。0:28発の磯子行きの最終列車は16分遅れで動き始めたのですが、積み残された大勢の人たちがホームに残っていました。平日の晩はもっと激しい混雑です。
下はその時間帯の時刻表です。23時台は6本、0時台は5本のみの運行で、忘年会シーズンは大混雑です。16分も遅れたのも混雑が原因です。
下は平日の時刻表で、土曜より多いとはいえ23時台は9本、0時台は7本のみの運行です。
それに対し、平日の朝と夕方のラッシュ時は1時間当たり20本以上、昼でも11本程度の運行なので、23時以降は昼よりも少ないのです。
おそらく、忘年会シーズンの平日23時台、0時台の利用者数は、昼よりははるかに多く、夕方のラッシュ時よりは少ないレベルでしょう。後ほど触れる「見える化」に着手すれば、実際の数値が明らかになるはずです。
それなのに積み残すほどの混雑となるのは、運行本数が少ないからです。夕方のラッシュ時くらいに増発すれば、「満員電車ゼロ」を実現できます。
車両の増備や地上設備の改修のための投資は不要で、運転士・車掌の人件費と電気代がかかるだけです。駅の仕事は、混雑がなくなる分、むしろ減ります。
以上は京浜東北線に限ったことではなく、首都圏の多くの路線に共通です。
運営費の増加を回収できないから増発しない
鉄道会社はどうして需要に合わせて増発しないのですか。
阿部:投資は不要とは言え、運営費が増え、それを上回る増収を期待できないからです。定期券を持っていながら、混雑を嫌ってタクシーで帰宅している人が、鉄道に戻ってきても増収にはなりません。
どうすれば鉄道会社は増発するようになりますか。
阿部:深夜割増運賃を導入することです。自動改札とICカードの普及により、低コストに実行できる環境は整っています。
簡単な試算をします。23時過ぎに、10両編成1400人定員の列車に3000人が乗り、混雑率が200%強だとします。1本増発するための運転士・車掌の人件費と電気代を併せて例えば3~6万円だとすると3000人の割り勘で1人わずか10~20円です。居酒屋の焼き鳥1本分にもなりません。
個別の路線で検討すると、乗務員の宿泊設備の増設を要する、車両の走行キロが延びて検査入場が増えて予備車が不足する、線路と架線の交換周期が短くなる等々、さらにコストが増す要素があっても、1人当たりの負担増はそれほど高額にはならないでしょう。
忘れてならないのは、自動改札のシステム改修と、磁気定期券や普通キップで利用する人への対応です。それらのコストを勘案しても、例えば22時以降の利用に30~50円程度の深夜割増を設定すれば、鉄道会社の収益性を適正に確保しつつ、実行可能ではないでしょうか。
元々高いタクシー料金の深夜2割増しや、深夜バスの2倍運賃と比べ、ずいぶんと安いものです。
鉄道を資本主義社会の仲間に
思いのほか少ない負担増で、鉄道のサービスは改善できるのですね。
阿部:鉄道会社に、「深夜の満員電車を解消して社会的使命を果たすべきだ」と求めても話はなかなか進みませんが、わずか30~50円程度の深夜割増を設定するだけで、早期に実現できる可能性があります。
資本主義社会とはそういうもので、鉄道をその仲間に入れることで、社会への貢献を高められるということです。
大学院生の時に首都圏の各所の満員電車を見て回って最も印象に残っている2つの内のもう1つが、田園都市線の深夜の満員電車でした。
当時、渋谷発の急行の終電は0時ちょうど頃でした。今は0時20分です。その終電が、普通の平日の晩でも、お客を積み残していたのです。
金曜や忘年会シーズンはどうなるのだろう思ったものでした。同時に、田園都市線の沿線には富裕層が多いので、こんな混雑時はタクシーで帰っている人が多いのだろうなと思いました。
以来30数年、急行の終電は遅くなり、各停と併せて深夜帯の運行本数が増え、当時よりは混雑は緩和され、速達性も高まりました。
早期に深夜の「満員電車ゼロ」を達成すれば、夕ラッシュや、本丸である朝ラッシュの「満員電車ゼロ」への期待も高まるでしょう。
懸念はタクシー業界への打撃
良いことずくめですが、心配事はありませんか。
阿部:タクシー業界への打撃が心配です。
タクシーの稼ぎ時は、路線バスがなくなり、鉄道が混雑と待ち時間で不便になる深夜帯です。さらに、道路渋滞がなく効率的で、長距離利用が多い、料金が深夜割増になると、稼ぎが増える好条件が揃います。
22時から1時の3時間は、1日24時間の8分の1ですが、おそらく1日の3分の1か、ひょっとすると2分の1くらいを稼いでいるのではないでしょうか。
情報公開で満員電車の現状を明らかに
阿部さんの提言の中で、すぐにできることは何でしょうか。
阿部:満員電車に関する情報公開、「見える化」だと提案しています。
近年の車両のほとんどは、台車の空気バネを使って上からの荷重を精度高く測定できています。それにより、ほぼ全ての列車の各車両の区間別の混雑率を把握できます。それを公開することにより、満員電車の実情と今後実行する施策の効果を「見える化」できます。
そして、混雑率250%以上の車両がけっこう多い、朝ピークの都心近く以外にも混雑率が高い区間がある、深夜の満員電車が壮絶といったことが明白になるでしょう。
それらを以て鉄道会社を責め立てるばかりでは、問題解決が遠のきます。都も国も、満員電車という共通の敵を退治する、鉄道会社の“同志”として振る舞うべきです。メディアも、現状の問題点をあげつらうばかりでなく、今後の改善に向けた前向きな報道をして欲しいです。
具体的には、どうするのですか。
阿部:「満員電車ゼロ」は、効率を向上して輸送力を増強することと、着席サービスに割増料金を課すことで達成できると、提案を重ねています。
それを鉄道会社だけで推進しようとすると、「安全軽視」「盲目的な利潤追求」といった反対を受けます。都や国が、それに対する防波堤となり、利用者と鉄道会社の間の“通訳”を務めることにより、対策がスムーズに進むのではないでしょうか。
ある鉄道会社の方から、「我々だけでは反対を受ける施策を、都が前面に立ってくれれば実行しやすくなる」と伺いました。
決して悪い意味の“官民癒着”となってはいけませんが、政治家である知事、都をはじめとした行政スタッフ、実際に実行する鉄道会社、それを支える関係メーカーなどが、適正に役割分担しながら、誰もが望む「満員電車ゼロ」を実現したいです。
2016年に国土交通省がまとめた「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」の交通政策審議会答申においても、以下のように明文化されています。
「朝のピーク時のみならず、ピークサイド、帰宅時間帯、夜間等の混雑状況についても鉄道利用者に対する「見える化」の検討を鉄道事業者において進めることが重要である。そのうえで、輸送需要と輸送力の関係について、区間別・時間帯別の詳細な分析を行い、需給バランスを踏まえた運行サービスを設定すべきである」。
国の施策とも合致しており、東京都から国へ強く要請すれば、行政指導権を持つ国が鉄道会社を指導し、早期に「見える化」されるでしょう。さらに国は輸送力増強まで明文化しています。
「満員電車」はビジネスチャンス
鉄道各社では阿部さんの提案が話題になっています。
阿部:直接的、間接的に、「あいつは勝手な提案をしやがって……」という声が聞こえてきますが、私には鉄道会社を責め立てたり、追い詰めたりする考えはありません。
「鉄道会社は満員電車を放置してけしからん。採算性を度外視してそれを解消し、社会的使命を果たすべきだ」などと言うつもりは全くありません。むしろ、満員電車は鉄道業界にとって大きなビジネスチャンスだと捉えています。
どんな商品、サービスであれ、ビジネスチャンスの条件は2つです。
1つ目は、利用者、消費者、市民がすごく困っている、不満を持っている、もっと言えば憤りを感じていることです。そして2つ目は、供給者が莫大なコストをかけずに、そうした不平不満に応える術があることです。
その2つがそろっているものは、まさしくビジネスチャンスです。
満員電車を解消することで顧客満足度を高め、他社との差異化を進める。これは確かにビジネスチャンスと言えます。
阿部:満員電車に対して、多くの利用者が困り、不満を持ち、大きな憤りを感じていることは間違いありません。一方、社会も鉄道会社も、それに応える術はないと諦めてしまっています。
「満員電車ゼロ」に向けた処方箋は、地方分散・サテライトオフィス・在宅勤務・時差出勤といった利用を減らす、分散させる需要側への働きかけばかりです。
安く早く供給を増やす方策があるということですね。
阿部:その通りです。数式の羅列とならないよう計算プロセスは省略しますが、大まかな数値を申し上げます。物理の公式に当てはめれば、誰が計算しても同じ結論になり、次の著作「満員電車ゼロへの挑戦」では、数式も示して解説します。
私の提案をすべて実行することにより、踏切のない区間において、都心折り返しのある路線では80秒おき、それのない都心貫通型の路線では60秒おきまで時隔(列車同士の時間的な間隔)を詰められます。
1時間当たりにすると、45本と60本です。現行の多くの路線の朝ピークは20~30本なので、2~3倍の輸送力にできるということです。それでも「満員電車ゼロ」とできなければ、総2階建て車両として、さらに輸送力を2倍となります。
今の線路のまま輸送力を2~3倍にできるとの実感を持ってもらえるよう、今の列車運行の仕方が、良く言えば「余裕」、悪く言えば「ムダ」をいかに膨大に持つかをお話しましょう。
朝のラッシュ時にダイヤが乱れると、主要駅では、ホームに停まる列車の後続列車が、一定の距離をおいて後ろに停まります。多くの人は、安全のためには100メートルくらいの距離が欠かせないと思っているでしょうが、自動車ではあり得ない長さです。
そして、先行列車が出発しても、後続列車はすぐには動き始めません。これも自動車ではあり得ないことです。その分、時隔(列車同士の時間的な間隔)が広がっているのです。
トヨタ生産方式の「改善」の発想で、既にお話した停車時間とともに、こういった「余裕」「ムダ」を1つ1つつぶしていけば、1時間に45~60本の運行もできるのです。どこまでできるかは、鉄道技術者の腕次第です。
割増料金で着席できるサービスを
それを実行する資金をどうやって確保しますか。
阿部:近著「満員電車がなくなる日」で最も伝えたかったことは、「満員電車の歴史は運賃抑制の歴史」という点です。鉄道は公共性が高いがゆえに、運賃を安くしろとの社会的なプレッシャーを常に受け、それに負け続けてきた結果が満員電車です。
良質な商品に応じた適正な価格付けという、他の分野では当たり前のこと、事業の成功と産業の発展には不可欠のことができない歴史が100年間続いてきました。
運賃抑制の当然の帰結として資金が不足し、設備投資も技術開発も、運営費を投じることも不十分となり、満員電車が100年間続いてきました。
ならば、運賃抑制の呪縛から開放されれば、鉄道への設備投資も技術開発も、運営費を投じることも適正になされるようになり、「満員電車ゼロ」を達成でき、鉄道は社会におおいに貢献できます。
ただし、一律な値上げは社会に受け入れられるはずがありません。ましてや、満員電車の解消より値上げが先行したら、暴動が起きかねません。
では、どうするのですか。
阿部:深夜の満員電車の対策でも触れましたが、良質で高額なサービスと、良質でないけど低額なサービスを選べるようにします。具体的には、着席と立ち席で値段差を付けます。
A駅からB駅へ立ち席で移動する基本運賃と、着席するための割増料金の2段構成とするのです。基本運賃は、現行の普通運賃より値下げします。
鉄道各社で、割増料金で着席できるサービスが少しずつ増え、いずれも大人気ですね。
阿部:着席サービスのマーケットニーズが膨大にあるにも関わらず、今のサービスは、残念ながらその一部にしか応えられていません。言い換えると、ビジネスチャンスを大きく取りこぼしています。
各線の、朝の上りのライナー列車の大半は、都心に7時半より前または9時過ぎに着きます。JRのグリーン車は、最ピーク時間帯は途中駅からは座れません。また、ライナー列車もJRのグリーン車を連結する中距離列車も、停車駅が限られます。
輸送効率の面でも問題ありです。1両当たりの乗車人数は満席または定員超過でも、ライナー列車は50~70人程度、2階建てのグリーン車は100人程度で、満員電車の300人前後の数分の1です。だからこそ、最ピーク時間帯に増やせないのです。
私は、全ての着席と立ち席で値段差を付け、供給できる座席数と着席したいニーズが均衡する水準に着席割増料金を設定することを提案しています。
それにより、利用者は全ての列車で着席サービスを選択でき、鉄道会社は収益を増やせ、輸送効率も低下しません。
安かろう悪かろうに歯止めを
通常のビジネスなら改善に向かうところが、通勤ラッシュの対策については足踏みしている。不思議です。
阿部:鉄道、電力、ガス、水道、通信といった、インフラ設備を必要とし、経済学で言う自然独占となってしまう産業において、公共性と企業性のバランスをどう取るかは、全ての文明社会の共通の悩みです。
自由競争をさせられれば、イノベーションやサービス改善の努力を怠る企業は自然淘汰され、社会全体としては改善に向かいます。しかし、自然独占の生ずる産業で自由競争とすると、生き残った企業が暴利をむさぼることとなります。
そのため、政府が価格統制をせざるを得ず、鉄道の運賃は政府の認可制です。そして、ポピュリズムに陥ると「安かろう悪かろう」のサービスとなります。その典型が100年間続く満員電車です。
私の輸送力増強の提案は「安全軽視」「非現実的」と叩かれます。着席割増料金の提案は「弱者切り捨て」「盲目的な利潤追求」と叩かれます。メディア報道をバックに形成された社会の空気そのものです。
テクノロジーを活用して効率性・利便性・経済性を向上させる取り組みは、鉄道以外の全ての産業が日々努力していることです。良質で高額と、良質でないけど低額な商品ラインナップは、鉄道以外の全ての商品・サービスでは当たり前のことです。
鉄道だけを社会の常識から外すことをやめ、鉄道会社が適正な利潤を追求することを受け入れましょう。それにより、鉄道各社は、意欲的に輸送力の増強に取り組むようになり、「満員電車ゼロ」も達成できるのです。
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