韓国企業はなぜ強いのか?
最近、サムスンや現代などの韓国企業が好調なため、日本でも「韓国企業に学べ」という声が広がっているようです。
例えばかんべえさんは3/5の「かんべえの不規則発言」で、こんな記事を紹介しています。
<3月5日>(金)
○今宵は某所で経済政策を論じておりましたが、時節柄、話題が集中したのは「なぜ韓国企業は元気で、日本企業はサッパリなのか」でした。いろんな仮説がありますね。
●韓国企業は、基礎研究にカネをかけていないから利益率が高い。その点、日本企業は無駄な投資が多い。(思えば昔の日本企業も、応用研究だけで楽して儲けていると批難されたものであった)。
●韓国企業は、新興国市場でやりたい放題をやっている。その点、日本企業はコンプライアンス過多になっている。(お行儀が良くなり過ぎてしまったのでしょうか。商社業界も「不毛地帯」の頃とは様変わりしておりまして・・・)
●韓国企業は、実効税率が1割程度である。だから内部留保が多く、投資額も増やせる。その点、日本の法人税は高過ぎる。(でも、それなら日本企業もシンガポールあたりに本社を移せば良いのである。それができないドメスチック体質が哀しい。もっとも某有名企業は、海外移転のシミュレーションをやったそうですが)
●韓国企業は、寡占体質への絞込みが出来ている。その点、日本企業は国内の競合相手が多過ぎる。(アジア通貨危機の際に、韓国は「ビッグディール」で企業を絞り込んだ。だからサムソンとLGが世界ブランドになった。日本は総合電機が今も9社もある。これでは海外に出たときに勝負にならない)
●韓国企業は、大胆に若手社員を海外に出している。その点、最近の日本では商社や外務省でも若手が海外に行きたがらない。(日本は国内の居心地が良すぎるのかもしれません。こればっかりは手の打ちようがないですな)
●韓国企業は、国内市場が狭いために危機感が強い。官民連携も進んでいる。その点、日本は中途半端に国内市場があるので本気になれない。(その国内市場も、少子高齢化で先細っているわけです。その点、韓国には北朝鮮というワイルドカードがありますからなあ・・・・)
→追記:これに次の項目を加えると、「日本が韓国企業に負ける7つの理由」が完成します。皆さん、流行らせましょう!●韓国企業はオーナー社長が多いので即断即決で物事が進むが、日本企業はボトムアップ式だから意思決定が遅い。
(オーナー経営者は時代遅れの存在だ、などと思っている人が多いようですが、国際的に見てもけっしてそんなことはないと思いますぞ)
かんべえの不規則発言
○ということで経済界でも、キムヨナ一人に真央、美姫、明子が挑んで返り討ちに遭っているという図式です。やっぱりパシュートで勝負するしかないのでしょうかねえ。
確かに、企業経営というミクロの部分で原因を探すと、ここにあるような理由になると思います。
しかし、マクロ経済の考え方で理由を考えると、やはりリーマンショック以降の急激なウォン安が最大の理由ではないかと思います。
このリンク先のグラフを見ると、2007年末には1ドル=900ウォン程度だったのが、2008年末には1300〜1400ウォンとなり、現在でも1100ウォン台になっているのが分かります。かつて危惧されたような通貨の暴落が止まらないという事態もなく、ウォンは割安な水準で安定して来ました。
http://finance.yahoo.com/q/bc?s=USDKRW=X&t=5y&l=on&z=m&q=l&c=
一方、円は2007年末には1ドル=110円程度だったのが、2008年末には90円程度となり、今でも90円程度です。
http://finance.yahoo.com/q/bc?s=USDJPY=X&t=5y&l=on&z=m&q=l&c=
僕は以前に、こんな記事を書いたことがあります。
そのまま第二次アジア通貨危機か何かになってジャペーンに波及するかは乞うご期待。
韓国マジ死んだww: やまもといちろうBLOG(ブログ)
切込隊長さんが「韓国マジ死んだww」という挑発的なタイトルのエントリを載せています。
また、朝鮮日報がこんな記事を載せています。米国と中国発の金融不安が世界経済を揺るがせている。米国のサブプライム(低所得者向け住宅ローン)問題が長期化し、世界的な信用不安が再び高まっているからだ。その上中国も緊縮財政の動きを示していることから、世界的な株安にも拍車を掛けている。
http://www.chosunonline.com/article/20071122000020
とりわけ最近の韓国の金融市場では、株・債権・ウォンというウォン建て資産の価値が同時に下落するトリプル安が連日続いており、投資家の不安はさらに高まっている。外国人が韓国の資産を売却して市場を去る「韓国売り」の徴候を示している可能性が高いからだ。
韓国終了? - Baatarismの溜息通信
この記事では、トリプル安の原因を円キャリー取引の解消に求めているのですが、僕はむしろサブプライム問題によって大打撃を受けた外資が韓国から資金を引き揚げているためじゃないかと思います。8/10のエントリーで、韓国の急激な経常黒字減少や短期外債増加について書きましたが、この短期外債が引き上げられているのでしょう。日本のバブル崩壊時になぞらえれば、国際的「貸しはがし」というところでしょうか?
まだ韓国は膨大な外貨準備高を持っているのですぐに金融危機ということはないでしょうが、このまま外資の流出が続けば、いずれは外貨準備も底を突く可能性はあるでしょう。
アジア通貨危機の教訓からアジア諸国は膨大な外貨準備を積み上げてきましたが、それが本当に有効な方法なのかが、今回の「韓国危機」では問われるのでしょうね。
この頃の僕はこのウォン安を韓国危機の始まりかと考えていたのですが、今から考えるとこれは完全に間違いで、むしろウォン安は韓国の輸出企業を躍進させるきっかけになったのでしょう。
日本と韓国の通貨の強さの違いを見るために、両国の一人当たりGDPを為替レートでドル換算した値と、購買力平価でドル換算した値で比較してみます。*1
為替レートベース | 購買力平価ベース | (為替レート)/(購買力平価) | |
---|---|---|---|
日本 | 38,559.11 | 34,100.07 | 1.13 |
韓国 | 19,504.55 | 27,646.70 | 0.71 |
つまり、日本は為替レートが購買力平価に比べて1.13倍割高なのに対して、韓国は0.71倍割安になっていることになります。さらにこの2つの比を取ると、日本は韓国に比べて1.59倍割高な為替レートになっていることが分かります。これだけの差があれば、韓国企業が日本企業に比べて、競争上優位なのは明らかでしょう。
また、これだけウォンが安ければ、韓国企業にとっては国内市場よりも海外市場に力を入れた方が、遙かに効率的に利益を得られることになります。だから、韓国企業には輸出に力を入れるインセンティブがあることになり、その結果、かんべえさんが指摘したような行動を取ることになったのでしょう。一方、日本は円高ですから輸出に力を入れるインセンティブが小さく、その結果、国内市場重視の体質になるわけですが、国内はずっとデフレですから、海外でも国内でも稼げなくてさっぱりダメということになってしまうのでしょう。
だから、「日本企業は韓国企業に学べ」と言うのであれば、まず「円安にして、日本企業が海外市場に力を入れるインセンティブを与えよ」と主張すべきだと思います。
さて、なぜ韓国は円安になり、日本は円高になっているのでしょうか?
もちろん為替市場の変化についてはいろんな要因があって一概には言えないのですが、インフレが続く国ではデフレが続く国に比べて通貨が割安になっていくのは間違いないでしょう。
そこで、日韓のインフレ率(消費者物価ベース)を比べてみます。*2
このように、日本よりも韓国の方が一貫してインフレ率が高いことが分かります。
さらに、日韓のマネーストック(M3)のデータをOECDのサイトから引用すると、このようになっっています。(2005年を100とした指数)*3
2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | |
---|---|---|---|---|---|
日本 | 100 | 102.9953 | 106.3324 | 107.2436 | 107.4666 |
韓国 | 100 | 108.0289 | 119.1868 | 132.9998 | 143.8808 |
韓国はリーマンショックにも関わらずマネーストックをほぼ一定の割合で増やし続けているのに対して、日本は2007年以降、ほとんどマネーストックが変化していません。
これでは、外国為替レートに大きな差が出るのは当たり前だと思います。
ちなみに、韓国はインフレターゲット採用国で、ターゲットはコアCPI(日本で言うコアコアCPI)3%±0.5%です。そしてインフレターゲットを採用してからは、インフレ率は安定しています。*4
このような金融政策が、マネーストックの安定した増加に寄与しているのでしょう。その結果、安定したウォン安にも繋がっていると思います。
ここまでの議論をまとめると、韓国はインフレターゲットを軸とした金融政策により、マネーストックを安定して増大させることでインフレ率をマイルドインフレで安定させ、通貨は割安な水準で落ち着き、韓国企業はウォン安の恩恵で国際競争力を伸ばしました。
一方、日本は裁量的な金融政策の結果、マネーストックは増大せず、デフレも長期化して、通貨は割高な水準で固定してしまい、日本企業は円高で国際競争力を落としていると言えるでしょう。
日韓の企業を比較するときは、個別の企業の経営方針や行動だけを見るのではなく、その背後にある通貨レート、さらには通貨レートに大きな影響を与える金融政策も考えないといけないでしょう。でないと、日本企業を不当に批判しすぎることになりかねません。
*1:データはIMFの2008年の数値を使いました。このデータは「wikipedia:国の国内総生産順リスト_(一人当り為替レート)」と「wikipedia:国の国内総生産順リスト_(一人当り購買力平価)」にあります。
*2:このグラフは「世界経済のネタ帳」の「http://ecodb.net/tool/imf_weo_image_generator.html」を使って作成しました。データはIMFのもので、2009年の数字は推測値です。
*3:データは"OECD Statistics"からのものです。