個人情報保護法7条の規定に基づき閣議決定されている「個人情報の保護に関する基本方針」の変更案に対するパブリックコメントが、7日締切で募集されていた。
正直、基本方針なんかどうせ誰も見ないしどうでもいいかなあと、軽く見ていたのだが、締切当日になって新旧対照表を見たところ、わりと重大な改変(意見1)がわりと杜撰に(意見2)行われようとしているようだったので、急いで以下の意見を書いて個人で提出しておいた。
個人情報の保護に関する基本方針の一部変更案に対する意見
東京都墨田区在住 高木浩光
2016年10月7日
意見1【一部変更案(新旧対照表)5ページ4行目*1】
「個人情報の利用に関する社会の信頼を高め、ひいては、国民一人一人がその便益を享受できる健全な高度情報通信社会の実現を可能とするもの」との記述は削除すべきでない。
(理由)
今回の基本方針の変更は、全般的に個人データ利活用の意義を強調するものとなっていて、そのこと自体に反対するものではないが、個人情報保護法が「個人情報の利用に関する社会の信頼を高め」るものであって、そのことが「国民一人一人がその便益を享受できる健全な高度情報通信社会の実現を可能とするもの」であることは、昨年の改正法をもってしても変更のない、法の趣旨・目的であるはずである。
今回の基本方針の変更でこの部分を修正しようとする意図は、推察するに、直前の部分にある「個人情報の保護に万全を期すことこそが、」という記述が、硬直的な保護を招き、一切のデータ利活用をしてはならないものと誤解させるところにあるのであろう。その点には大いに共感するが、だからといって、法の趣旨が「個人情報の利用に関する社会の信頼を高め」ることにある点まで否定するのは失当である。この記述は、法の基本的な意義を説明した重要な部分であり、基本方針の他の節に書かれていない記述である(「社会の信頼」の語すら他では一度も登場しない)から、この記述を削除することは、法の本来の趣旨を捻じ曲げるものとなりかねない。
したがって、例えば以下のような文に改めるべきである。
「個人情報の保護と有用性に関するこの法の考え方は、実際の個人情報の取扱いにおいても、十分に踏まえる必要があり、個人情報の保護と適正かつ効果的な活用のバランスを考慮して、個人情報の保護に関する施策を推進することこそが、個人情報の利用に関する社会の信頼を高め、ひいては、国民一人一人がその便益を享受できる健全な高度情報通信社会の実現を可能とするものである。」
意見2【一部変更案(新旧対照表)5ページ9行目*2】
「十分に反映され、」の係り先が不明な文となっている。
(理由)
「1の(2)の①の個人情報の保護と有用性に関する法の考え方が、実際の個人情報の取扱いにおいて十分に反映され、社会的な必要性があるにもかかわらず、法の定め以上に個人情報の提供を控えたり、運用上作成可能な名簿の作成を取りやめたりするようなことを防ぐためには、(中略)法の正しい理解が不可欠である。」とあるが、現行の基本方針から中途半端に語句を差し替えて書かれたために、国語的に不可解な文章となっている。普通に読むと、「……十分に反映され、」が続く文の「社会的な必要性があるにもかかわらず、」と並置になっているように読める。そのように読むと、「十分に反映され、」は、「提供を控えたり」「作成を取りやめたり」に係ることになるから、「十分に反映」の指す内容を確認すれば矛盾していると気づくことになる。ここは、推察すれば、「十分に反映され、」は、「たりするようなことを防ぐ」と並置なのであって、続く「ためには」に係るという趣旨なのであろう。しかし、そのように読解することは容易でない。
したがって、例えば以下のように、読点を削除するなどして、文を改めるべきである。
修正案:
「1の(2)の①の個人情報の保護と有用性に関する法の考え方が実際の個人情報の取扱いにおいて十分に反映され、また、社会的な必要性があるにもかかわらず法の定め以上に個人情報の提供を控えたり運用上作成可能な名簿の作成を取りやめたりするようなことを防ぐためには、(中略)法の正しい理解が不可欠である。」
以上
どうも、「保護に万全を期す」というフレーズや「過剰反応」の語が忌み嫌われたようで(それは私も大いに同調するところだが)、元の文をできるだけ残して機械的に差し替えるかの如き改変をして、おかしくなったようだ。
意見1に書いたように、「個人情報の利用に関する社会の信頼を高め、ひいては、国民一人一人がその便益を享受できる健全な高度情報通信社会の実現を可能とするもの」というのは、昨年の改正法をもってしても変更のない、個人情報保護法の基本的な趣旨・目的であるはずであり、これを削除してしまえというのは、ただでさえ不明になっているこの法律の趣旨をさらに消失させ、迷走を加速させかねないものであり、愚かと言うほかない。