(白水社・4200円) ◇裏返る時間と後退にしかならない前進 クロード・シモンがまだノーベル賞作家となる前、一九八一年に発表された長篇『農耕詩』最大の特徴は、異国の文法で言うところの現在分詞で切れ目なく構築された文章にある。途切れることなくつながっていく濃密な描写に魅了されて言葉の流れを追えば追うほど、総体がぼやけて見えなくなってくるのは当然だが、奇妙なことに、見えなくなるのを愚としない特異な世界がここでは堂々と提示されている。 茫漠(ぼうばく)とした印象をもたらす原因は、「彼」と呼ばれる人物が登場する第1部にあると言っていいだろう。全体は五部構成で、「彼」の影は最後まで消えずに残されるのだが、じつは、このおなじ人称代名詞で示される人物が三人いるのである。ナポレオン軍の将として欧州を転戦し、退役した「彼」。第二次世界大戦時、ムーズ川での戦いで潰走(かいそう)する「彼」。そしてスペイン内戦に