我々が美術館(≒博物館)に求めるものは何なのか? 2023年にフランスで出版され、話題となったこの小説に目を通して、根本的なこの疑問がムクムクと頭をもたげてきた。私も数十年にわたって造形芸術を扱う仕事に関わっているので、この命題から真実解き放たれることは未だなく、むしろ益々切実になっている。現在私は七十一歳だが、少年期よりずっとこのことが頭の隅にあると言っても過言ではない。 私事で恐縮だが、ここで一言説明しておきたい。というのは、最近は公の場でこの話もしているので知る人は知っているが、私と美術館の関係はかなり長い。1965年、十二歳の時に父の仕事の関係で渡仏し、パリに一年滞在して帰国したが、往復の八十日あまりはフランス郵船の定期航路だった。その往路、紅海を抜けてスエズ運河を渡る間にカイロの「エジプト博物館」を訪れ、いわゆる「ツタンカーメンの秘宝」の数々に接し、最初の本格的「ミュージアム体験