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小惑星探査機「はやぶさ」の成功を目の当たりにして、日本の宇宙技術の水準の高さを改めて思い知った人は多いはずだ。実は、有人宇宙飛行システム開発についても技術的基盤が確立しつつあり、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、2020年代に運用を開始すべく検討を進めているという。日本の宇宙技術が、今後進むべき道はどこなのか。ノンフィクションライターの松浦晋也氏がレポートする。 * * * 日本の本格的有人宇宙船構想は、1982年に筑波宇宙センターで検討された有人ミニシャトルにまで遡る。これは、その前年のスペースシャトル初飛行後のシャトル型宇宙船への熱狂の中で、日本でも有人の小型シャトルを持つ可能性を検討したものだった。 ミニシャトル構想は、その後無人ミニシャトル「HOPE」に発展し、1990 年代には試験機「HOPE-X」の開発にまで進むが、技術的困難と予算逼迫のため2002年にすべての研究開発は中止
マウス、宇宙3分の旅 北大と三菱重工、新薬開発に生かす (05/03 06:25) 北大と三菱重工業などは本年度、実験用のマウスを航空機に乗せて地上100キロの宇宙空間まで飛ばし、無重力状態下で心拍数や血圧、免疫力の変化などのデータを収集するプロジェクトを始める。宇宙でのマウスの生体反応を詳しく解析し、将来の新薬開発につなげるのが狙いだ。 プロジェクトは北大と三菱重工のほか、第一三共など製薬会社7社が参加する宇宙創薬協議会が行う。代表は、宇宙空間での創薬研究に力を入れている北大大学院医学研究科の吉岡充弘教授(53)=薬理学=が務める。 打ち上げるマウスは、空気の循環や排せつ物の処理ができる三菱重工が開発した生命維持装置を使用。一つの装置にマウスを5匹ほど入れ、計2個を航空機に乗せる計画だ。装置内で血圧などを測定するほか、飛行前後の血液を採取し遺伝子レベルの変化を調べる。<北海道新聞5月3日
[ケープカナベラル(米フロリダ州) 7日 ロイター] 米航空宇宙局(NASA)は7日、国際宇宙ステーション(ISS)に飛行士を輸送する「宇宙タクシー」計画について、開発を手掛ける民間企業を追加募集していると発表した。 NASAは2010年以降、ボーイング、シエラ・ネバダ・コーポレーション、スペースXなどの企業に対し、計3億6550万ドル(約281億円)を投資しており、各社がそれぞれの宇宙船を開発している。 追加で募集する企業は2社以上を予定しており、NASAはそれぞれに300万─500万ドルの投資を計画しているという。選ばれた企業は2014年5月までに、総合的な設計図を完成させ、予算が許せば打ち上げのテストも行う予定。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月16日、都内で「古川宇宙飛行士 国際宇宙ステーション(ISS) 長期滞在ミッション報告会 及び よくわかる「きぼう」での実験成果シンポジウム ~健康・医療に向けて~」を開催、宇宙開発担当大臣の古川元久氏が挨拶を行い、日本の国家としての宇宙分野の重要性を語った。 日本の宇宙技術は、ISSの日本実験棟「きぼう」や宇宙ステーション補給機「こうのとり(HTV)」などが高い評価を得ているほか、小惑星探査機「はやぶさ」や陸域観測衛星「だいち」などが世界的な活躍をしてきたが、その一方で、宇宙空間に大量のデブリが発生しており、そのごみ問題の解決が国際的な課題となってきているのは既報の通り。この問題を議論する国際的な機関として、国際連合(国連)に宇宙空間平和利用委員会(コーパス)があり、2012年にその議長としてJAXA出身の堀川康氏が着任することが決定しており、政府と
宇宙開発を担当する古川国家戦略相は16日、中長期的な宇宙開発の目標として、「日本人による有人火星探査」を挙げるべきだと述べた。 実現に向け、国際宇宙ステーションへの補給機やロケットの技術開発などを確実に進めていくという。都内で開かれた古川聡宇宙飛行士らの講演会で話した。 古川大臣は、日本の再生に向け、次世代に夢を与える宇宙政策を実行していくことの重要性を強調。「世界と一緒に作ったロケットで、日本人宇宙飛行士が惑星探査に飛び立つ日が来れば、日本人にとって大きな誇りとなる」と述べた。 政府は4月以降、内閣府に宇宙政策の司令塔となる「宇宙戦略室(仮称)」を新設する方針。米オバマ大統領は、2030年代半ばまでに火星周回軌道に人を送り込む計画を明らかにしている。
古川元久宇宙開発担当相は16日、東京都内での講演で「日本人による有人火星探査という大きな目標を立ててはと思っている」と述べ、国産ロケットによる火星有人飛行の構想を明らかにした。ただ、日本にとって技術的なハードルは極めて高く、開発コストも膨大で実現は未知数だ。 国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在から帰還し、一時帰国した古川聡宇宙飛行士の一般向け報告会で明らかにした。ロケットの打ち上げ時期には触れなかった。 古川担当相は「私も同じ古川でして、(古川飛行士の活躍を)誇りに思っています」などとあいさつした後、有人火星探査は日本全体の元気につながると主張。実現に向けISS無人補給機「HTV」やH2Aロケットの改良などによる基盤技術の整備が必要だとし、内閣府に設置予定の宇宙政策委員会(仮称)で議論する方針を示した。 ただ、平成21年9月に担当相だった前原誠司氏も、日本独自の有人船開発を提言した
日本人による有人火星探査を--。古川元久・宇宙開発担当相は、惑星有人探査の推進や宇宙産業の強化などを盛り込んだ新しい宇宙開発のビジョンをまとめた。古川担当相は東京都渋谷区で16日に開かれる、古川聡宇宙飛行士(47)の帰国報告会に出席して公表を予定。今後は、内閣府に設置を検討している宇宙政策の司令塔組織で、実現に向けた検討を開始する考えだ。 ビジョンは「フロンティア(未開地)への挑戦」として、有人火星探査といった大きな目標の必要性を指摘。実現のために、国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運んでいる無人補給機「こうのとり」の改良や、ロケットエンジンの高度化を進めてより遠くの軌道へ達する能力を持たせるなど、技術開発の面で「確実に歩みを進めていく」とした。日本の宇宙産業を強化し人工衛星などの輸出を増やす一方、民間事業者の新規参入を支援するなど、日本のものづくり力を活用して発展を目指すとしている。
自分で撮って紙面に掲載された写真の中で、「貴重な記録」だとひそかに自負する一枚がある。 2000年2月11日午後0時43分(米東部時間)、米フロリダ州ケネディ宇宙センターでの1ショット。宇宙飛行士、若田光一さんの笑顔の向こうの大空で、先輩の毛利衛さん(現日本科学未来館館長)を乗せて打ち上げられたばかりのスペースシャトル「エンデバー」が上昇を続ける…。 スペースシャトルの現場取材を担当していた1996年から00年ごろにかけて、日本人宇宙飛行士は年に1~2度もシャトルに乗り込み、存在感を発揮していた。自慢の写真はその証しでもある。 ◆「火星にも行きたい」 担当を離れてからも関心を持っていた米航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル計画が今年7月、約30年の歴史の幕を閉じた。当分の間、国際宇宙ステーション(ISS)に人を運べるのはロシアのソユーズ宇宙船だけだ。 だが、日本人宇宙飛行士は健在である
【モスクワ=佐藤貴生】火星への有人宇宙飛行に向け、モスクワ郊外に作られた摸擬の宇宙船内で男性6人が520日間にわたり生活し、精神や肉体の変化を調査するプロジェクトが4日、終了した。インタファクス通信によると、ロシア宇宙庁のダブイドフ副長官は同日、ロシアの宇宙飛行士による火星への有人飛行は、「2030年代の中盤」には実現する可能性があると述べた。 ロシアの医学生物学問題研究所が欧州宇宙機関(ESA)と共同で行ったプロジェクトには、ロシア人3人とイタリア人、フランス人、中国人各1人が参加。医師や宇宙開発に携わってきた人々で、それぞれ約300万ルーブル(約770万円)が支給される。 実験は昨年6月、550平方メートルの隔離された空間でスタート。個人スペースは3平方メートルでシャワーを浴びる回数も制限され、保存食で過ごすなど、宇宙船内と同様の条件で生活した。 今年2月には火星に着陸したとの想定で、
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