Location via proxy:   [ UP ]  
[Report a bug]   [Manage cookies]                
chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
甲子大黒天本山のブログ https://onogawa-daikokuten.jp/

ブログで仏教的な生き方を模索しています。日々、大切にしていきたいことを書いています。

副山主
フォロー
住所
米沢市
出身
米沢市
ブログ村参加

2008/09/28

arrow_drop_down
  • 令和7年(2025年)乙巳の解説

    【乙】は昨年に続きまだ思うようには進めない時期です。自らの想いを実現するための環境や条件を整えることに専念し、無理に進むよりも、結果につながる道を整備していくことで吉となります。 【巳】は冬眠していた蛇が春になって地表に出でくる形を表しています。休眠が終わりを告げ、本格的に始動するための準備をすべき年となります。今後に向けた目標を持ちましょう。 誰しも「いつかそのうち」と思っていることがあります。自身の課題、人間関係、仕事や健康など、今まで滞っていたことに挑戦し、不安や懸念を払拭することです。人生は外に求めること、内に求めることのバランスが大切だと思うのです。今年は自身の内面に目を向けた変革の…

  • 恥ずかしいのは

    この時期になると童話「一杯のかけそば」を思い出します。早くに父親を亡くし苦労も多い家族が、大晦日に家族三人で来店し一杯のかけそばを注文します。店主は多めに蕎麦をもって提供します。毎年やって来る家族と店主夫妻との心の交流が描かれています。やがて二人の息子は立派に成長し、三杯のかけそばを注文するのです。 今の時代であれば家族で何かひとつを注文するのは、恥ずかしいからと嫌がられることでしょう。ですが、恥ずかしいのは「自分がどう思うのか」ではなく「周囲にどのように思われるか」を基準に物事を判断するからです。まして確証があるわけではなく、自分の思い込みの場合がほとんどです。自分が思うほど、周囲は考えてい…

  • 隠せない本音

    最近、不本意なことが続きました。我慢できず行動に出てしまい、かえって事態を悪化させてしまいました。いつも思うことなのですが、こんなことならじっと我慢しておけばよかったと後悔するのです。自分の憤りや正義感が問題を解決することはありません。どちらも個人的なものです。たとえ自分の正義であったとしても、その正義が誰にでも理解共感されるものでなければ、自分勝手なものということになります。 ネットで「何を言うかよりも、何を言わないかのほうが大事である」という言葉に出会いました。今の私にぴったりの言葉のようです。もう少し様子を見て我慢すればよいのに、余計な一言をいっては波紋を広げてしまいます。その直前には誰…

  • リアルの世界での経験

    やってみなければ分からないと言います。良いことも悪いことも経験してみるからこそ本当のところが分かるものです。挑戦することなく、知識や理屈で分かろうとしても、経験がなければ分からないものです。いかにネットやAIが進歩しても、リアルの世界の経験に勝るものはありません。リアル世界でたとえ失敗しても恥をかいても、その経験が今後の人生を豊かにしてくれると思うのです。 蓮の花は泥の中で成長しますが、その花は美しいものです。泥を嫌うのではなく、勇気をもって泥の中に入ることで、経験できることがあり成長できるのだと思うのです。新しい世界は怖いものですが、新しい自分に出会える可能性があります。自分には無理だと思う…

  • お礼にほっこり

    学生さんの卒論のために取材を受けました。終わって見送ってから1時間ほどして、ひょっこり戻ってきました。何かと思えばありがとうございましたとお菓子をふたついただきました。私ともう1人のスタッフ用でした。今回のお礼にはほっこりしました。この素朴な感謝の思いを受けとり感動しました。 見栄でも打算でも社交辞令でもない素直な気持ちを伝えることは尊いことです。ありがたいと心から思えること、そしてその感謝の気持ちを伝えることは難しいからこそ大切だと思うのです。現在は「あたりまえ」が蔓延しています。それだけ不自由のない社会なのかもしれませんが、どれだけ豊かな社会であっても、感謝の心がなければ心が満たされること…

  • 捨ててこそ

    高度成長期は持つことが推奨された時代でした。まず白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が。次はカラーテレビ、クーラー、車が三種の神器とされました。他にもブランドや旅行や外食など日本中が好景気に踊った時代ともいえます。消費が大きくなれば経済は成長し好循環が生まれます。政府も経済も国民もすべて順調だった時代です。その後のバブル崩壊による失われた30年と揶揄される時代を経てもいまだに物欲が社会の大きな原動力となっています。 仏教では持つことよりも捨てることを重視します。持てば持つほど欲しくなるのが欲というものであり、小欲知足の程々の生活を説いています。経済理論には逆行しますが、精神的には捨てることで豊かになれる…

  • お金では買えない日々

    もし1億円をもらう代わりに明日死んでしまうという条件を出されたら、1億円をもらう人はまずいないと思うのです。大金があっても使うことができなければ意味がありません。お金以上に命が大切なのです。表現を変えるならば私の明日には1億円以上の価値があるということです。それだけの価値を持つ命を持ちながら、その本来の価値を認識できないための苦悩があります。 今日という1日を過ごすだけでも素晴らしいはずなのに、楽しむことができずイライラして1日が終わってしまう。自己嫌悪で終わってしまう、険悪な関係のままで終わってしまう、後悔したまま終わってしまう。望まない形でせっかくの1日が終わってしまうのは残念なことなので…

  • 望まれる人

    人望は人に望まれると書き、徳望は人に望まれる徳と書きますが、自分本位ではなく、相手にとって、私という人間はどうなのかという視点が大切だと思うのです。そのように考えることで自らの欠点を補い、人としての深みを養うことができるのではないでしょうか。人の目を気にしすぎると、自分の思いを抑圧し迎合することでストレスになります。ですが、まったく気にしないと周囲の想いに気づくことができなくなります。 第三者の目線で自分を見つめることも必要だと思うのです。これは相手の立場に立って考えるということでもあります。自分のことばかりを考えていると周囲とのギャップが大きくなってしまいます。自分は正しいと思っていても、良…

  • 幸福の収穫

    実りの秋となりました。様々な食材が収穫を迎えるまさに食欲の秋です。一般消費者はあたりまえのように購入して食べる訳ですが、それを出荷する農家さんはじめ生産者の苦労は大変なものだと思います。近年の異常気象は世界中の一次産業に深刻な影響を与えています。お金があっても、食べたいものを食べられない時代は近いのかもしれません。今後ますます食に対する感謝と環境や生産者への配慮が求められる時代になります。 何事も種をまかなければ収穫はできません。人生も種まきと収穫の連続です。種をまかずして果実を求める人も多いものですが、それは道理に反しています。数学の方程式が絶対なのと同じように、人生における道理も絶対なので…

  • 嘘の結末

    袴田事件が58年を経て無罪判決となりました。この年月を賠償することも責任を取ることもできないできないように思います。どうしてこのようなことが起こってしまったのか。おそらく自分達の都合で無実の人間を死刑囚にしてしまった当時の関係者も後悔に苦しんでいたのだと思います。もちろん、それで許されることではありませんが、国家権力ゆえに過ちを認めることができなかった恐ろしさがあります。 嘘を嘘で塗り固めるという表現がありますが、嘘は時間が経つほど、関わった人間が多いほど、許されない嘘であるほど、なんとかして嘘を真実にしようとするものです。そのため相手も自分も苦しむことになります。3年5年と嘘をつき続けること…

  • おみくじに思う

    たとえばおみくじを引いて中吉だったとします。大吉と比べれば運気は良くありませんが、小吉と比べれば良くなります。良いものと比べては落胆し、悪いものと比べては安堵するものであり、比べるものによって結果が変わるのではあれば、比べることに意味はありません。それなのに人間は「私はどうなのか」という大事な視点を忘れては、周囲と比べては一喜一憂してしまうものです。 おみくじであれば運勢よりも、書かれている神仏の教えのほうが大切なのです。その教えを謙虚に受けとめ活かすことが本来のおみくじの意義なのです。社会においても成果や苦労を周囲と比べるのではなく、謙虚に受けとめ次に活かすことが求められます。周囲と比べて安…

  • 苦難にあって

    奥歯が痛くなり歯医者に行ったら親知らず周辺が炎症しており、紹介状を書くから口腔外科で抜歯するよう勧められました。とりあえず洗浄してもらったら痛みはなくなりました。落ち着いたので、このまま様子を見ようかとも思ったのですが、診察だけ受けることにしました。レントゲンを撮ると親知らずに関連した別の病気も見つかり、手術することになりました。 痛みのおかけで病気が見つかったわけです。何事か問題が起こると、見ないふりをしたくなります。棚上げにしてしまうのが楽なのです。会議などでは「では、今後の検討課題として・・・」で棚上げにされることが多々あります。ですが、眼前の問題は必要だから起こっているのです。いわば天…

  • 独自ルールと配慮

    新しくオープンした施設に行ったのですが、フラットな入口で靴を脱ぐべきか迷いました。近くに「靴のままお入りください」とあったため安心して靴を履いたまま入場したのですが、そこから段差のある休憩スペースに入ろうとしたときに、また靴を脱ぐべきか迷いました。案内も靴箱もなかったので靴のまま進んだら今度は土足厳禁だと店員さんに言われてしまいました。私の次に来た人も同じように靴のままあがってきてしまいました。それを見ての安心感と中途半端な案内への不信感が生まれました。 日常の会話においても省略して話すことが多くあります。親しい関係ほど相手も分かっていると思うため「あのこと」とか「そこの」と主語も述語もない言…

  • 重すぎる想いは

    人の心には様々な感情や思惑が渦巻いており、自らの心に翻弄されてしまえば、大切な人生を害することもあります。仏教で説くところの無心を心がけなければならないと思うのです。 たとえば欲のままに、怒りのままに、不安のなかで物事に挑戦しても、思うようにはいかないものです。心が安定していなければ、努力してみても相応の成果を得ることはできません。ですから、正しい心の状態での努力が求められます。 何をするにも「なんのために」という動機から考えなければなりません。世間では方法論などが重視されますが、努力と忍耐を続けていくためには、確たる意思がなければ長くは続きません。すべては人の想いから始まります。その想いをい…

  • 敵を作らず

    人間関係においては両方向において敵を作らないことを心がけています。まずは相手から敵視されないよう態度や言動などに気をつけています。また、本人のいないところであっても陰口にも気をつけます。気をつけるといっても無理をするとか我慢するということではなく、習慣化してしまえばストレスなく実行できるものです。仲間を作ることも大切なのですが、敵を作らないことも重要なのです。自分を敵視する人間がいれば、大事なところでその影響を受けてしまうものです。 また、自分が人を敵視しないよう気をつけています。相手から敵視されるよりも、自分が誰かを敵視するほうがストレスとなります。憎悪したり失望したりすると、相手への見方が…

  • 地獄に落ちるのは・・・

    テレビ番組で地獄を特集していました。開祖のお釈迦様は死後のことについては考えるな、今に集中して生きなさいと教えていました。ところが人間というものは死んだらどうなるのかということが気になって仕方なかったようです。そのため仏教においても、いつの間にか死後の世界が説かれるようになりました。それが浄土と地獄です。人間は生前の行いによって死後の世界が異なると説かれます。善き行いによって功徳を積んだものは極楽に生まれ、悪しき行いによって悪行を積んだものは地獄に落ちるとされ、地獄の世界も様々な説かれ、その苦しみもリアルに描写されるようになりました。 今回の番組では死後の裁判官である十王のひとり閻魔大王が祀ら…

  • 日々、確認すべきこと

    山奥にある人気温泉地に行ってきました。東北とは思えないほど海外からの旅行者であふれ活気がありました。ただ物価が高いのには驚きました。お客様が多くなるほど経費が抑えられ、安くなるということはないようです。巡礼の世界においても有名な霊場が朱印料を値上げしました。以前は多くの巡礼者で賑わっていたのですが、コロナ禍以前から低迷するようになっていました。聞こえてくるのは霊場の不愛想な対応です。人やお金が集まってくると人間はダメになってしまうのかもしれません。せっかくの魅力を失い、人が遠ざかってしまいます。 近年は「儲かれば、何でもいい」とか「楽しければ、それでいい」という風潮があります。ですが、食事では…

  • 適度な緊張感

    オリンピックが始まりました。各国の代表が厳しい予選を戦い抜き出場する訳ですから、確実に勝てるということはありません。報道を見ていると「金メダル確実」とか「まさかの敗退」とありますが、過剰なのではないかと思うのです。プロ選手でありプレッシャーも必然なのでしょうが、それにしても大変だと思います。勝っても負けても流れる涙は重圧からの解放の喜びなのかもしれません。 一般の世界にもプレッシャーはあります。私は自分で抱えるプレッシャーは必要なものだと思っています。緊張感は必要ですし、それを乗り越えることで精神的な成長を遂げることができます。最初からプレッシャーを拒否して責任ある立場や挑戦から逃れようとする…

  • 命の共感

    この世の真理や道理というものは、誰かを特別扱いすることはありません。厳然としており等しく平等であり、理不尽に思えることもあります。人間は自分優先で生活をしています。自らの生命を維持し、家族を支えることを優先しなければならないからです。 ある国王がお釈迦様に「自分のことを最も愛おしいと思うことは間違いでしょうか」と尋ねました。これに対して「それは間違いではない。ただ、あなたの国民も同じように自分のことを愛おしく思っていることを、忘れず統治するように」と伝えたのです。 誰もが自分のことを優先してしまえば、この社会は機能しなくなります。誰もが同じように大切な命をもって生きているのですから、お互いに配…

  • 天から愛される

    長く良い仕事を継続していくためには、自らの限界を超えていく自助努力はもちろん必要なのですが、それだけでは十分ではありません。必ず同業者があり同じように頑張っているライバルがいるものですし、予期せぬ環境や経済の影響を受けることもあります。誰もが自分の思うような仕事をしたいと思うのですが、そうはいかないのが世の中というものです。 そういった世の中にあっても順調に仕事をこなしていく人もいます。その特徴は仕事を嫌々しておらずプライドを持って頑張っています。また、誰に対しても謙虚で誠実であり周囲から好かれ協力してもらえる人です。こういう人には自然とチャンスが巡ってくるものですし、必要なものはいつの間にか…

  • ハラスメントの終着駅

    ハラスメントも様々に派生しているようで、次々に新しいハラスメントが登場しています。相手を不愉快な気持ちにさせれば、それはすべてハラスメントとされるようになってきました。もちろん誰もがストレスを感じることなく仕事や私生活を送るのは理想なのですが、現実世界において避けて通ることのできない人間関係では、お互いに不愉快にならない関係を堅持することはできません。 幼稚園の子供同士でも、長年連れ添った夫婦でも、理解のある上司とでも、100点の人間関係を維持することはできないのです。お互いに体調の悪い時もあれば、機嫌の悪い時もあります。また第三者が介在することで関係が変化することもあります。少しでもストレス…

  • 仏教の三学

    仏教を志す者は三学を修めなければならないとされます。三学とは戒・定・慧です。戒とは戒律のことで十善戒が一般的です。命を粗末にしない、盗みをしない、人の道に外れない、?をつかない、おかしなことを言わない、悪口を言わない、人を惑わせない、欲に翻弄されない、怒りに翻弄されない、偏見を持たない、この十の戒めを守ることで、安らかに暮らすことができます。 定とは座禅や瞑想のことです。これによって心をおだやかに保つことができるようになります。ストレス社会にあっては、自分の心をストレスから守るためにも、心を調整できる時間を持つことが求められます。座禅や写経でなくても、ストレス解消ということではなく、心が落ち着…

  • 心の状態が

    メンタルヘルスといえば、心の病というイメージがあるかもしれません。ですが、私は心を安定させることだと思っています。心が不安定になると仕事や人間関係でイライラし、また疲れやすくなってしまいます。それによって意欲の低下や失敗などがあり、人間関係のトラブルも起こりやすくなります。しかも人間は弱いもので、正直に失敗を認めたり、素直に相手に謝ったりすることが難しいものです。かえって意地を張っては事態を悪化させることもあれば、長期化させてしまうこともあります。 心が安定してこそ前向きに日々を過ごすことができるのです。マイナスの感情は雑草のように、いつの間にか勝手に芽生えてきては心を占領してしまいます。放置…

  • 本物のSDGs

    朱印対応で席を離れて戻ってみるとクーラーがついていました。「すみません。暑かったので」ということでした。ただ、その日は推奨されるクーラーの設定温度よりも低い気温の日でした。クーラーに慣れてしまうと、そんなに暑くなくてもつけてしまうようです。旅館などでは、自分の家であればこまめに切るクーラーもつけっぱなしが多いと聞きます。自分の出費にならない場合、人間には多くの無駄が生まれてしまうのかもしれません。 行政は税金を使うわけですが、効果の乏しい無駄な事業が多いものです。もし自分の財布から出すとすれば、もっと慎重に考えるはずなのですが、自分のお金ではないからこその無駄が横行してしまいます。予算を消化す…

  • 人生まだまたこれから

    私はまだまだこれからだという自分の可能性を信じたり、まだ変わることができると思えることが必要だと思うのです。年齢共に思考や価値観は固定されるようになってきます。ですが、それは年齢や外的な要因ではなく、自身が新しいことを求めようとせず、今の自分に安住しているからなのです。それが最も楽だと思えるのですが、変化のない生活とは停滞しているともいえます。 思考や価値観が膠着してくると、いつもと同じようなことを考え、同じような言動を繰り返し、同じような感情と結果に陥り、それによって後悔することも多くなるのかもしれません。他人が見れば、いつも同じパターンで苦しんでいるように見えるのに、新しい視点を持たなけれ…

  • 二つの視点

    私は「自分がどのように考えるか」と「相手からどのように思われるか」という二つの視点が大切だと考えています。「自分がどのように考えるか」という視点によって自分の目標や方向性を考えます。ですが、それだけだと自分中心の言動に陥りやすく、人間関係においては円滑に進まないことがあったり、孤立することがあるかもしれません。 「相手からどのように思われるか」という視点を持つことで、人間関係における共感や協力関係を築いていくことができます。何事においても一方に負担や無理を強いる関係は相手が破綻するものです。自分中心の考えでは相手に負担や不愉快な思いを与えることが多いのです。ですが、相手のことばかりを考えてしま…

  • 100年の人生

    レベル3の人がレベル10の人と話をしても、自分よりはすごいとは思っても、何がどのようにすごいのか、その本質的なところは分からないものです。現時点での理解というものは、けして正解ではないのです。ですから、すべてを分かったような気になることなく、つねに謙虚でいることが大事なのです。そうすることで次のレベルに進んでいけるのです。 10年かけて試行錯誤して創意工夫して努力と忍耐を重ね失敗しても前向きに頑張ったからこそのレベル10に到達したのです。それを簡単にショートカットで理解できるものではありません。先輩には年齢的なアドバンテージがあり、頑張っている人には頑張っただけのアドバンテージがあるものです。…

  • 3、4、5

    心理学などでも様々な発達段階が提唱されていますが、私は30代は自分の得意なことや個性を伸ばす年代だと思っています。得意なことや好きなことに出会い没頭することで力をつけていく時期です。鉛筆の芯を削っていくようなものです。自分をとんがらせて強い線で人生を描いていきます。熱中することで自分を磨いていけるよう、そういったものに出会いたいものです。 40代はとんがった自分が折れないよう、円く太い力をつける時期になります。得意なことばかりではなく、苦手なことを克服する年代といえます。適性や不得手があり誰にでも長短がありますが、人間にはバランスが求められます。得意なことを伸ばすほうが楽しいのですが、40代を…

  • 自分をぶっ壊したい

    悪質ホストやギャンブル依存症など様々な社会問題がありますが、その根底には今の生活や自分自身をぶっ壊したいという衝動があるのかもしれません。今の社会や自分に対する不満や失望が自分をダメにしようとする衝動につながるのかもしれません。「もっと自分を大切にしなさい」といわれますが、現在の自分という存在に価値を見出すことが困難な時代でもあります。 自分を大切にするためには自尊心が求められます。自尊心は子供の頃から少しずつ育まれるものですが、家族や周囲から大切にされたという経験が必要なのです。家族との時間や学校での人間関係が希薄になっているため、自尊心が育ちずらい環境にあるのかもしれません。また、競争が敬…

  • 寓話の時代

    私はどちらかといえば精神論で育った世代といえます。根性とか気合という言葉を多用されました。金銭、物量、能力、才能など人間は不平等なのですが、そこを埋めるのが精神であるという理屈なのでしょうか。今では精神論は旧来の誤った考え方であるとみなされることが多いようですが、いつの時代であれ人間活動の原点は心であり、強い想いを持っている者には敵わないと思うのです。いかに能力や才能があっても、その開花には努力や忍耐を厭わない精神が求められます。いかにお金や物を持っていても、心が伴わなければ有効に使うことはできません。 現代は精神よりも効率が求められます。無駄なサービスをやめる。無駄な会話を慎む。無駄な感情を…

  • 温暖化は止められない

    今年は桜が早く咲いたかと思えば散るのも早く、あっという間に新緑の季節を迎えました。例年だと5月中旬頃に最初の草刈りをおこなうのですが、今年はすでに草刈り機の音が響いています。今までは慌ただしい人間社会に追い立てられても、いつも変わらない自然界に癒されていました。花々や木々にそんなに急がなくてもいいんだよ、ありのままにのんびりいこうと教えられていたのが、今年は逆に追い立てられているかのような印象を受けることがあります。 昨年は地球沸騰という言葉が登場しまたが、今年はさらに暑くなるのかもしれません。病気や問題でも最初のうちは症状も自覚もほとんどない状態なのですが、進行するほど雪だるま式に大きくなっ…

  • 昭和からの脱却

    ある会議で若手からの意見が理解できないことがありました。本人は意地を張っているわけでも、嫌がらせをしているわけでもなく、真面目に素直に発言しているだけなのです。ですが、その意見は私とは正反対なのです。私が長年にわたり考え実践してきたこととは真逆なのです。時代が変わったといわれても、本当にそうなのか。いかに時代が変わっても物事の本質は変わらないと考えています。ですが、そのように考えることが時代遅れの価値観に執着しているとしたら、様々な意味で恐ろしいことです。 協調とはお互いに1歩譲ることだと思うのですが、1歩2歩譲ったとしても到底近づけないとしたら、協調することは困難になります。こんなことなら会…

  • 心に刻まれた

    様々な相談を受けることがありますが、一瞬で気が楽になったり、考え方を変えることはできないものです。目から鱗が落ちるという表現がありますが、現実的にはなかなかそうはいかないものです。私なども20年も前の失敗や店員の態度まで憶えているものです。どのようなものであれ心に刻まれたものは残るのです。ですが、体の古傷はたまに疼くことがあっても、いつも痛いわけではなく、完治しているのに思い出したかのように疼くものです。心もそのようなものだと思うのです。 すぐに楽になりたい忘れたいと思うものですが簡単ではありません。長く付き合っていかなければなりません。それはシワのようなものかもしれません。深いシワは苦労や苦…

  • 苦しい時の頑張り

    大谷選手は様々なことがありながらも順調に活躍されているようです。海外での生活であり頼みの綱でもあった通訳がいなくなり、それでも結果を求められるプロの世界で期待に応えるのは大変なことだと思います。メディアには出ない苦悩や努力があるのでしょうが、言い訳をせず今やるべきことに向き合う姿勢は素晴らしいと思います。 誰しも万全の状態で日々の生活を送れるわけではありません。体の不調や家族の心配をはじめ長い人生においては何事もなく専念できる期間のほうが短いのかもしれません。ですが、様々な不安材料があるなかでも最善を尽くしていかなければなりません。今日は調子が悪いので明日から頑張るというのでは、いつまでも頑張…

  • 枯渇の時代に

    住職になれば御堂や境内地を所有することになりますが、それだけではなくそれまでの借金や評判や人間関係も継承することになります。先代の評判が悪かったりすると、そのしわ寄せが新住職にくることがあります。今までの不満が若い新住職に向けられるのも、人の世というものです。これに対して先代を責めたくなりますし、文句を言う人間への怒りもわきますが、じっと堪えて自らの覚悟を磨くしかありません。 ゼロからはじめる苦労もありますが、負債や不評を引き継ぐマイナスからの苦労もあります。自分の責任ではない苦労や苦悩は大変ですが、それを投げ出すことなく、逆に自らの信用や信頼に変えていかなければならないのです。そうして初めて…

  • 腐敗政治の原因

    政治の世界では様々な問題や不祥事が起こっています。この原因は二大政党になっていないことにあると思うのです。もし与党が国民の信頼を失った時、それに代わる野党がなければ与党がそののまま国政を運営し、同じような不祥事が続くのです。野党に転落するかもしれないという危機感や緊張感がないため、自らを律するとか正すといった自浄作用が失われているのが現状なのです。 物事が拮抗した状態はストレスともなりますが必要なことだと思っています。何事においてもライバルがいるから頑張れるということがあります。お互いに高め合うという関係が政治の世界にもあれば、日本はもっと発展していくことでしょう。人間は安定してしまうと停滞や…

  • 胸に刻む生活

    【刻石流水】かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻めという言葉があります。相手に対してはいつまでも恩着せがましくならないように忘れてしまえということ。逆に相手から受けた恩はけして忘れることなく恩返しに励めということでしょうか。人の世にあっては逆になることが多いための格言です。人間の徳とは報恩感謝の気持ちから生まれるものであり、大切な言葉ではないかと思うのです。 昔は大切なことは石に刻めといわれました。燃えることなく、腐ることもない石は後世に伝える格好の素材だっのでしょう。当山の境内地にも3基の碑文があり、歴史や当時の願いを今に伝えています。私は日々の生活を胸に刻んでいくことも大切だと思うのです…

  • 内面の充実とは

    些細なことにこそ、その人の個性や品格そして人間性が表れると思うのです。言葉ひとつでも配慮や無関心を感じますし、センスや教養を感じることもあれば、その逆の場合もあります。また、些細な行動にも、その人の信念や情熱を見出すこともあれば、偽善的態度に落胆することもあります。言葉や行動は人間の内面を表す鏡のようなものなのです。 些細なことであるほど誤魔化すことができないものです。一日中すべての言動に注意を払うことはできません。そのため疲れている時や忙しい時ほど本心が様々な形で外に出てしまうのです。気づいていないのは本人ばかりで、周囲が引いてしまうこともあります。やはり偽ろうとするのではなく、内面を磨き充…

  • 時は命なり

    時間だけは誰にでも平等に与えられているといいます。たしかに今日一日という短期的に見れば同じ時間を持っています。その時間の使い方によって大きな差が生まれるわけです。ですが、人生という長期的な視点で考えれば不平等なものであり、誰がどれだけの時間を与えられているのかも分かりません。 私達は生まれた時、それぞれに人生の時間を与えられました。その時間をどんどん使っていくわけです。増えることはなく、減っていくばかりです。しかもお金とは違って時間は見えないため、どれだけ使ったのか、どのように使ったのかも分かりません。日々、自分が持つ時間を切り売りして生きているのですが、その実感がありません。 時は金なりとい…

  • 中国の若者へ

    中国では漂流族と呼ばれる若者が増加しているそうです。経済の停滞と高い失業率にあえぐ若者達のなかで定職に就かず、好きな時に日雇いなどの仕事をしながら暮らす若者のことを指すそうです。将来のことを考えようとはせず、今が楽しければそれで良いと考え、親の世代の価値観には興味を示しません。そのため定職や結婚にも無関心であり、享楽と無気力が混雑しているようです。 高い経済成長を示した中国も他国と変わらず、成長があれば停滞があり衰退があるものです。中国の場合には一部の富裕層は経済的な豊かさを満喫したのでしょうが、国内すべてを潤す前に景気は悪化してしまいました。豊かさにあこがれ、しかし豊かになる前に今まで以上に…

  • 自分をアップデート

    漠然とした不満や不安では、何を変えればよいのか、何をすればよいのか、なかなか見えてこないものです。具体的な道が見えてこなければ、心にある不満や不安はくすぶり続けるとになります。それは自分のなかにある不満や不安を棚上げにしている状態でもあります。本気になればすぐに解決できることであっても、面倒なためそのまま放置していることがあります。ですが、急激に増殖して大きな問題になることもあります。 定期的に自分と向き合って、変えるべきところは変える、直すべきところは直すという習慣が大事になります。つねに自分をアップデートしていくことです。不満や不安の原因が自分以外にあると思ってはいけません。問題を放棄する…

  • 敵をつくらず

    ケーブルテレビで大河ドラマ「西郷どん」の再放送を見ています。明治維新後の舞台になったのですが、西郷隆盛は情を大切にするあまり反乱の首謀者へと担がれてしまいます。対する大久保利通は情が分からないため暗殺されてしまいます。どちらも新しい国づくりに命をかけたのですが、その想いが正しく理解されなかったのかもしれません。この二人がいなければ明治維新はなかっただけに惜しいと思うのです。 夏目漱石の草枕の冒頭に「智に働けば角が立つ情に棹させば流される」とあります。理智で割り切っていると周囲と衝突しますし、他人の情に囚われると自分の足元をすくわれるといった意味でしょうか。さらに漱石はだから人の世は住みにくいと…

  • 短文の価値

    テレビでラインの返信について若者と中高年を比較していました。もちろん私はオヤジの部類に属しているようです。今まで考えもしなかった句読点に若者独自の意味がありました。また最も違うのは文字数でした。私はどうしても長文になってしまいます。スマホよりもパソコンのメールが先だった私は相手への説明を意識し不足や不明がないようどうしても長文になってしまいます。若者は短文です。要点を一言で伝えるというよりも、単純な返答や自分の気持ちの表現に見えてしまいます。そのため無限のやり取りが続いてしまうように思うのですが、世代間のギャップを感じてしまいます。 ですが、この短文から学ぶこともあります。すべてを言葉にするの…

  • この世は鏡なり

    この世界とは自分の心を映しているものです。明るい心で暮らしている人にとって、この世界は光り輝いています。暗い心で暮らしている人にとっては、この世界は暗くつまらないものになります。たとえ同じような状況や環境であっても、心の状態によって見え方が大きく違ってくるのです。 すべては心からはじまります。想ったことが言葉や行動となり発信され、それがこの世界をめぐり自分のところに返ってきます。相手の善意や社会の可能性は、自分の心にある善意や可能性を信じることから生まれます。マイナスの感情に翻弄されることなく、自らの心を整え安定させることで、この世界も同じように素晴らしいものになるのです。

  • 新NISAの恐怖

    株価の高騰がニュースになっているようです。また、それを追い風に新NISAも話題になっています。政府は国民の資産形成のための制度といっていますが、年金をあてにしないでも老後を過ごせるように、また国民の資産を景気回復に充当しようする意図もあるように思えます。私も保険屋さんや銀行から投資を勧められましたが断ってきました。投資のリスクが隅に追いやられ、税制優遇や政府が保証しているかのようなみんな儲かるといったイメージ先行の恐ろしい制度だからです。 どうやらバブル崩壊の教訓は忘却の彼方のようです。そもそも楽して儲けようとすることに問題があります。今の時代にはそぐわないのかもしれませんが、儲けるために生き…

  • 捨ててこそ気づくもの

    日々の何気ない生活こそ大切なのではないかと考えています。何か特別なものを求めるのではなく、日々の「あたりまえ」をいかに充実させていくかが幸福への正道なのではないでしょうか。いつもより「ありがとう」や「いただきます」にもっと心を込めてみる。いつも以上に仕事を丁寧にやってみる、いつもよりも家族に優しくしてみるなど、あたりまえをあたりまえではなくやってみることです。 同じことを繰り返していると、どうしても飽きたり、雑になったり、面倒になったり、惰性になってしまうものです。しかも毎日であればあるほど質の低下に気づけないものです。そのため損していることもあります。惰性によった生活の質を低下させないことで…

  • 本気な人

    この世界において人が苦しむ原因のひとつに本音と建前があります。私達は自分の思いを抑えることで、時には偽ることで社会生活を営んでいます。けして全員の思いが一致することもなければ、すべての人と分かり合えるわけでもありません。そのため思ってもいない発言も行動もありますが、それは処世術ともいえるのかもしれません。ですが、本音を抑えるほどストレスが溜まり、苦悩が深まるものです。 たとえば社交辞令で「すごいね」と言っている人と、本気で思って言っている人では大きく違います。本気で思っている人には発見と感動があり、素晴らしい一日となることでしょう。講演などを聞いていても、職業的な話し手は心地よく分かりやすく楽…

  • 人生の期待値

    新聞の大学生調査で将来を考えた時に子供が欲しくないという回答が19%にのぼったそうです。うまく育てられる自信がない、自分の時間がなくなる、経済的に不安、子育てに伴う責任を負う自信がない、精神的に不安、子供を持つ必要性を感じないという順に理由があげられていました。男女比では女性が23.5%、男性が12.1%と女子学生にその傾向が大きいようです。コロナ禍や現在の物価高を経験している学生は将来の不安も強いようです。 学生の頃は将来への期待と不安が入り交じるものですが、願わくば不安よりも期待を強く持っていただきたいものです。社会は人の心を反映するものです。不安が強ければ、その不安が現実となりやすいもの…

  • こだわらない心

    隣町への主要道路が狭く大変でした。道路拡張の要望看板も立っていますが、両側は住宅街となっており、移転させての拡張は難しいだろうと思っていました。先日、久しぶりに通ってみると、住宅街を迂回するように山側に新しい道路がありました。狭い旧道はそのままありますが、ほとんどの車は新し広くてアクセスの良い道路を走りますから、多額の予算で既存の道路を拡張するよりも効率的に見えました。 何事も発想の転換が大切なのだと思います。こだわっているうちは新しい発想は生まれません。そのこだわりを捨ててこそ、代わりに得られるものがあるのです。同じ時間とお金をかけるにしても、徒労に終わることではなく、意義のあること効果のあ…

  • 相手から学ぶべき事

    信頼関係の維持には不断の配慮と忍耐が求められるものです。親しき中にも礼儀ありといいますが、気を使う関係は疲れますし、古くからの同級生のように好きなことを自由に言い合える関係こそ本物なのだと思うこともあります。ですが、人間関係を選り好みして、楽な関係ばかりを求めてしまう、また表面的な付き合いに終始してしまうと、人として成長する機会を失うことにもなります。 私は本やネットよりも対人関係で学ぶことこそ智慧につながるものだと考えています。知識は人を成長させることも幸福に導くこともあります。対人関係から何を学ぶかが大切なのです。私は相手の言葉ではなく価値観・習慣・行動・信念などに目を向けるようにしていま…

  • 陰徳あれば

    陰徳あれば陽報ありといいますが、人知れず善行を積んでいる者は必ず報われるということです。人はまず自分の生活を整えていかなければなりません。ですが、自分のことばかりではなく、周囲や社会のための善き役割を持たなければなりません。善行は目立つためや見返りのためではなく、「させていただく」という謙虚な姿勢でおこなうのが尊いのです。そういう人には天も人も信頼し味方をしてくれるものです。自分の為だけに生きているのは虚しいことです。善意で人とつながり、自分なりの役割をもって貢献できるよう一日一善を心がけ陰徳を積み、善き世界の住人となることで幸福に暮らしたいものです。

  • 不動のこころ

    ストレスとなるイライラやバタバタのスイッチをすぐに入れないようにしなければなりません。心が不安定になると自分の弱いところが表に出るようになり、それがまたストレスとなり習慣となり泥沼にはまります。どんとかまえて動じない「不動のこころ」が大切です。イライラするのは距離が近いから、無関心なのは距離が遠いから、程々の距離感で負の感情に巻き込まれないこと、挑発に応じないことです。波が大きくなれば船も転覆しますが、人の心もおだやかでありたいものです。何事もなるようにしかなりません。これはあきらめではなく、達観しなければなりません。ストレスは自分の心が作るものであり、その心を守るのも自分なのです。

  • 猿が教えてくれたこと

    野生の猿がよく遊びに来ます。餌場を見つけるとまずボス猿がお腹一杯に食べます。その間は他の猿はじっと見ています。ボス猿はますます体が大きく強くなり、満足に食べられない他の猿はなかなか強くなれません。野生の厳しさを見たように思いますが、人間の世界も生まれながらに格差があり不平等なものです。ですが、猿の世界に比べれば、人間の世界は自分の気持ちひとつでいくらでも力をつけることができます。 力にも様々ありますが、自分の適性に応じた力を養うことが大切です。苦手なことよりも得意なことに努力したほうが楽しく成果もあがるものです。陰ながらの努力というものは、誰かに邪魔されることがありませんから、いかようにも力を…

  • 信頼あってこそ

    地方にあっては一見さんだけで商売が成り立つことはありません。地域や常連さんの信頼があってこそ良い仕事を継続していくことができます。ですが、信頼ほど脆いものはありません。たとえば10回のうち1回でも欲を出してしまった、イライラしてしまったというだけで信頼は失われてしまいます。いつも変わらず誠意と感謝があってこそ信頼関係が育まれていくものです。ですが、人間の精神状態には波があり、経営も順風満帆とはいかないものです。様々なマイナス要素があっても、そのうえでいかに誠意と感謝を保つかが問われるのです。 よく付加価値ということを耳にしますが、お客様が価値と感じるだけのメリットがなければ意味がありません。利…

  • 大切なものは

    新年を迎え今年大切にするべきものは何かと考えました。慌ただしい現代社会においては「あらためて考えてみる」という機会がなかなか持てないものです。そのため惰性の生活を強いられているのかもしれません。ですが、目的や意思がなければ充足した生活はありません。人間の最終的な目的が幸福だとしても、漠然とした幸福というものを、いかに具体的なものにするのか、いかに獲得していくのか、あらためて考えてみる必要があるのです。 大切だと思うことと大切にしていることは違います。家族が大切だとして、時には面倒だと思っても負担に感じることがあっても、家族の幸せを願って関わることができているでしょうか。仕事が大切だと思っても、…

  • 新たなる誓い

    新年あけましておめでとうございます。新しい年を迎えると清々しい気持ちとなり、今年こそはという想いが生まれます。この想いを忘れることなく、一年間精進したいものです。今年は人生の大きな転機が訪れるかもしれません。人生を大きく変えてくれる出会いがあるかもしれません。今までの価値観を大きく変えてくれるような気づきがあるかもしれません。もちろん待っているだけではなく、自分から求めて生きたいものです。 年々、一年の大切さや儚さを実感するようになりました。無限に訪れるわけではない新たなる一年を大切にしたいという願いは強くなるばかりです。この一年が私の人生において忘れられない素晴らしい一年となるよう誓いを新た…

  • 簡単ではないこと

    少し前のことですが、当地はいきなりのドカ雪となりました。冬将軍の気配なくあたたかな12月だっただけに、いきなり1日で30㎝を超える雪はこたえました。しばらくは降らないとしても、今回の雪を片付けるのに1週間近くかかりそうです。屋根の雪下ろしもしなければなりません。冷静に考えれば雪が降らかなった今までがありがたいのであり、雪国に住んでいるのであれば雪が降ってあたりまえなのです。ですが、理屈はそうであっても簡単に納得できないのが人情というものです。 冷静に考えること、道理に照らして考えることが普通にできれば誰も苦労しないものです。悩んでいる時に正論を言われると「そんなことは分かっている。そのうえで悩…

  • 歩むべき道

    国会議員の裏金問題が社会に衝撃を与えています。擁護するわけではありませんが、新人議員として派閥に参加してみると、先輩達はみんなあたりまえのようにキックバックを受けており、不安はあっても同じようにするしかありません。集団とは個人の判断や価値観より、みんなと同じことを求められます。あまり聞かなくなりましたがビックモーターの不正問題も集団のなかで正しい判断ができなくなった結末のように思われます。 お釈迦様は「犀の角のようにただ独り歩め」とおっしゃっています。正しいことをしようと思えば、自分の想いを突き詰めようとすれば、周囲に邪魔されない環境も大切になります。集団は大きな力を発揮することもありますが、…

  • 幸福の木とお釈迦様

    お釈迦様の逸話は様々ありますが、そのひとつに農夫から「私は田畑を耕して食を得ているが、働かないものに食を与えることはできない」と言われます。これに対して「私は心を耕している」と答えたと伝わります。普通の者が言えば屁理屈なのでしょうが、お釈迦様の言葉には威厳や真実が含まれているからなのでしょうが、その農夫はすぐさま弟子になったそうです。 田植えの前には土を耕しますが、それによって土が柔らかくなり様々な効果があるそうです。人の心もまず柔軟性がなくてはなりません。硬い心は新しいことを吸収する謙虚さがなく、人間関係においては相手を想う優しさに欠けトラブルの原因となり、希望に満ちた前向きな発想を阻害しま…

  • 想いの強さ

    「正月前ですが参拝しても良いでしょうか」とか「こんな時期ですが参拝を」と言われるとこがある師走です。せっかくお参りするなら新年を迎えてからと思う人も多いと思いますが、可能であれば師走のこの時期に今年の一年の厄を払い、また今年の感謝を申し上げる参拝をお勧めいたします。大掃除と参拝によって身も心も浄めて新たなる年を迎えたいものです。 何事も節目は大切であり、そこに向けて想いを高めるとこも必要です。想いを高めてこそより意義ある節目を迎えることができます。正月ばかりではなく、卒業や入学もそうですし、日々の生活において目標を決めるときにも大切なことになります。また、旅行などでも準備ばかりではなく、楽しも…

  • 継続は力なり

    漫才番組を見る機会がありました。ひとつは登竜門的な若手の漫才、もうひとつはテレビでもお馴染みのベテランの漫才です。いつもテレビで見ているベテランですが、その漫才を見るのは初めてでした。若手と比べるとやはり面白かったです。毎日のようにテレビで目にする面々ですから、多忙であり漫才のネタを作ったり練習する時間も少ないように思うのですが、そこをしっかりやっていることが見て取れました。お笑い芸人にとっては漫才が原点であり基本であり、そこで手を抜かないところがプロ意識なのでしょう。 この多忙でも売れていても原点を忘れない、基本を大切にするという意識があってはじめて人気を継続できるのでしょう。すぐに慢心して…

  • 令和6年甲辰年について

    令和6年は【甲辰 きのえ たつ】の年です。 【甲】は春になって新芽を出す時期ではあるが、余寒が厳しくまだ思うように進めない状態を表しており、来年は慎重さが求められます。また、甲には「はじまり」という意味があり、新しいことへの挑戦や、今までの習慣や価値観を改めるのに適した年です。新たなる行動には抵抗や妨害もありますが、内なる力が満ちてくる年ですから、希望をもって自らの願いを形にしていきたいものです。 【辰】は「ふるう、ととのう」という意味があります。陽気が活発となり万物が振動しよく整うとされます。今までの努力や忍耐が形となって報われる年ですが、良いことも悪いことも勢いがつく年のため、善悪の判断は…

  • 底なし沼に注意

    たとえば友人を食事に誘った時に「明日は忙しいのでゴメンなさい。」と言われたとします。普通であれば「急な誘いだったので、落ち着いた頃に今度はもっと早めに誘おう」とか「日程は合わせるので、いつなら大丈夫。」と考えたり聞いたりするかと思います。でも、そうではなく「断られてしまった。きっと私のことが嫌いなんだ。」と考えてしまう人がいるかもしれません。ですが、これは事実ではなく勝手な思い込みであり、不信の種をまくことになります。 相手のリアクションに対する受け止めかたもそれぞれです。ですが、正しい判断を心がけなければなりません。被害妄想的な受け止めをしてしまうとお互いが不幸になってしまいます。不信の種を…

  • 廃部が正しい選択なのか

    某大学のアメフト部は廃部が議論されているようです。たまたま現役部員のインタビューを聞いたのですが、ほとんどの部員は一生懸命に頑張っていたのに、たった数名の部員のために連帯責任の名のもと廃部にされるのは納得できないとコメントしていました。実業団であれば廃部も分かりますが、成人も在学しているとはいえ大学は教育機関です。教育機関が更生という道を閉ざし廃部にしてしまうことには疑問があります。 学生の薬物所持も問題ですが、それよりも大学側の対応が問題視された事件だったように思います。大学側の騒動はいまだに続いており、廃部にすることですべてを終わらせようとしているようにも思えます。大人の都合のために学生が…

  • 日本人の祈り

    日本人は古来より朝起きればお天道様に手を合わせ、神仏やご先祖様に手を合わせ、「いただきます」と食べ物に手を合わせ、「ありがとうございます」と人に手を合わせてきました。この合掌によって感謝の心を育み深めてきました。ところが、現代は「ありがたい」が「あたりまえ」に変化してきています。この似て非なる言葉は私達をそれぞれ幸・不幸へと誘います。 「あたりまえ」は不満となり、人間関係においてはイライラとなり争いを生みます。日常生活においてはストレスとなり無関心や無気力を生みます。「ありがたい」と思えれば人間関係は円満となり、日常生活は無条件に満たされるようになります。同じような環境や状況でも、それをありが…

  • 気づきということ

    リモート会議も少なくなり、リアルの会議が戻っきました。先日もある会議に参加しました。たくさんの意見が出たのですが、個人的には意欲が低下してしまいました。ひとつひとつの意見に自分がやるという責任や意欲が感じられないのです。自分ではない誰かがやるべきという前提にたった会議では、会議だけで終わってしまい具体的なものにつながることはありません。有意義な会議とは形あるものに成果につながっていくものだと思うのです。 日々の自覚と責任が大切だと自戒しています。自分の人生は自分で何とかしていかなければなりません。誰かが私の代わりに、私の人生を生きてくれることはありません。お互いの助け合いは必要ですが、期待する…

  • 大いなる働きに

    新米住職としての日々を過ごしていますが、高校の頃までは家業が嫌でしかたありませんでした。絶対に継がないから出て行ってやると宣言していましたが、いつの間にか修行に入り副住職となり今に到ります。修行時代も帰山の頃も志や熱き思いがあったわけではなく、なんとなくでした。しかし日々の法務のなかで、このままではどうにもならないという想いが生まれ、それから様々な企画や改革に取り組むようになりました。 自分の人生ですが、自分の意思よりも、私的な表現であれば「神仏のお導き」にお任せしたほうが、後から振り返ってみれば上手くいくように思います。運命・天命・御縁など様々な表現ができるかと思いますが、大いなるものの働き…

  • 悶々とする話

    先日お話をした方がレストランで子供が走っていて危ないなと思っていたら、自分のテーブルにぶつかってきたそうです。とっさに手を伸ばして子供の頭を守ったそうですが、その衝撃で自分の手がテーブルにぶつかって痛い思いをされたそうです。すぐに子供の母親がやってきたそうなのですが、何も言わず子供を連れて行ったそうです。ご本人いわくお礼を言ってほしくてやったことではありませんが、悶々としたとおっしゃっていました。 親切をすればお礼の言葉があり、被害を受ければ謝罪の言葉があるものです。お礼も謝罪も義務ではありませんが、社会的なマナーとして認識されていました。子供が危なければ損得や称賛など関係なく自然と体が動くも…

  • 幸福度と時間の総数

    ある日の新聞お悔やみ欄に101歳と21歳がおられました。その差は80年です。ですが、人の生き死には自分で決めることができないものです。そして単純な年数で人生が決まるものでもありません。私は長さよりも、どれだけ懸命に生きたのか、自分の役割を果たせたのか、どれだけの人と関わり幸せな時間を過ごせたのか、やはり内容が大切なのだと思います。 命の年数は分からないため若いうちは死を意識することはありません。時間は永遠にあると思い浪費してしまうものです。ミドル世代になれば忙しく日々の生活に追われているうちに年数が削られていきます。さらにシニア世代になっても働く時代となり人生を味わうという時間はなかなかありま…

  • 失われた個性

    個性の時代といわれながら、個性が失われつつある矛盾を感じることがあります。無関心や無感動から個性が芽生えることはないように思います。「どっちでもいい」とか「なんでもいい」という言葉を聞くと、相手の意思を感じることができません。個性とは表面的な趣味や服装ではなく、自分の意思や価値観から生まれてくるものなのですが、そういったものがなければ個性も存在しないと思うのです。 自分の想いを封印して相手に合わせるのは楽なのかもしれませんが、相手が何を考えているのか分からないと、理解することも信用することもできません。苦手なタイプの人間よりも、理解できない人間のほうが恐ろしいものです。相手の意思や価値観が分か…

  • 苦労の先にこそ

    苦労の先にこそ本当の幸せがあると話をさせていただいています。大切なことは、その手前にある苦労とどのように向き合うかなのです。嫌々やっているうちは何も変わらず、永遠の不平不満から抜け出すことができません。たとえ望まない苦労だったとしても、その苦労に責任を持ち最善を尽くすことが大切です。そうしてこそ苦労が報われ、幸せに変わっていくのです。 自分に与えられた苦労に対してワクワク感をもって臨むことができれば素晴らしいと思います。この困難を乗り越えられればどれだけ成長できるだろうか。この困難にどんな出会いがあり、どんな学びがあるだろうか。この困難で今までにない経験ができるかもしれない。自分のモチベーショ…

  • 悪習の打破

    忙しかったり、疲れていたりすると、仕事が雑になり相手に対して誠意を持てなくなったりするものです。そうなればパフォーマンスも信頼も失われてしまいます。ところが、本人は自分の能力や人間力が低下していることに気づいていないこともあります。いつも忙しく疲れている人は、いつも雑で誠意のない仕事をしているかもしれませんから、日頃の自分について反省してみることが大切です。 精神面も含め体調の管理は重要なことです。気力体力が充実してこそ良い仕事ができるものです。疲労困憊する時代ですから、休憩や睡眠そしてリフレッシュに留意しモチベーションを維持したいものです。意欲的に楽しく活動している時は疲れにくく人間関係も円…

  • 大転換の時代

    今年の長く続いた残暑には疲れました。もはや気候が変わったのではないかと思います。今後は年中行事が見直され、夏場の生活には様々な規制が必要になるのかもしれません。温暖化は加速していくばかりです。 ダーウィンは「強いものが生き残るのではない。環境の変化に適応できたものが生き残る」と言っています。過酷な環境の変化にどこまでついていけるのか。人間の自業自得なのですが、そのツケを支払うのは未来の子供達です。そう思うと心苦しくなり、少しでも環境保護に貢献できればと思います。 仏教でも諸行は無常なり、万物が変化のなかにあると説きます。それは変化しなさいということではなく、変化を受け入れなさいということです。…

  • 見えないものを見る

    今回のご開帳では入口がふたつあり、ひとつは拝観入口、もうひとつは朱印受付です。拝観入口には看板を設置し、「ご朱印ご希望の方は先に朱印受付にお越しください。」と案内しています。ところが、たまに目の前の看板を読むことなく入堂される方もいらっしゃいます。そのため脱いだ靴を履きなおして朱印所にお越しいただくことになります。手間をおかけして申し訳なく思いながら、どうすれば看板を読んでいただけるのか考えさせられます。 今は確認作業が大事な世の中になっています。詐欺にあわないための確認、損をしないための確認、不安にならないための確認など様々な確認作業があります。説明書、看板、注意書きなど、私も面倒なことは省…

  • 幸福へのアクション

    久しぶりに一日一善という言葉を思い出しました。子供の頃にはよく聞いていたのですが、最近はまったく聞かなくなってしまいました。意味はそのまま1日1回は善いことをしましょう。小さなことでいいから、感謝されなくてもいいから、コツコツと継続していくことが大切です。自分のことばかりを考えるのではなく、相手のことや社会のことを考え行動することが一日一善なのです。お互いに実践することができれば、この社会はもっと素晴らしいものになります。 クラスの静かな子に声をかけてみる。バス停に落ちているゴミを拾ってみる。みんなが嫌がることを率先してやってみる。どんなことでもいいので習慣にできれば、きっとその人は幸せになれ…

  • 未来は考えない

    温暖化により地球環境はどのように変わっていくのか。少子高齢化により日本社会はどのように変わっていくのか。AIにより人間の仕事はどのように変わっていくのか。これからの時代はまったく先が読めなくなっています。増え続ける国の借金で日本はいつ破綻するのか。いつ南海トラフ巨大地震が起こるのか。侵略戦争に日本は巻き込まれないのか。これほど悲観的な時代はないのかもしれません。考えれば考えるほどお先真っ暗になります。 これからの時代は考えないことも大切だと思うのです。考えれば考えるほど苦しむならば、考えることを放棄することです。もちろん、それはあきらめるということではありません。考えてもどうにもならないことは…

  • 日々の心がけ

    窓ガラスはきれいに掃除しても、いつの間にか汚れているものです。これは人の心も同じようなものです。手術によって仏教が説く人間の根源的な煩悩である三毒(貪り、怒り、愚かさ)を切除することはできません。日々、窓ガラスを掃除するように、自分の心から生まれてくる煩悩を浄めなければなりません。これを仏教では自浄其意(じじょうごい)といって、修行の根幹としています。 人は反省しても同じことを繰り返してしまいます。ケンカをして後悔しても、同じような原因でまたケンカします。自分の愚かさに自己嫌悪しても、また同じようなことをしてしまうものです。それが人間というものであり、そんな自分に絶望することなく、あきらめずに…

  • 中道を目指す時代

    個の暴走について考えさせられます。個人の権利や自由が尊重されますが、日本にはもともと個人という意識はありませんでした。最小の単位は家であり、戦争や飢饉や疫病といった大変な時代を生き抜き、家を守ってきたご先祖様があってこそ、今の生活があります。今より不便で貧しい時代でも家族の絆は強く、今よりも幸せだったのかもしれません。 社会は義務と忍耐で成り立っています。たとえ不満があったとしても、各人が義務を果たし、仕事や人間関係に忍耐をもって臨むことで円滑に進みます。徳川家康は遺訓で「不自由を常と思えば不足なし」と教えています。今の時代でも変わることなく、生きるということは思うようにならないものです。 我…

  • 祖先からのメッセージ

    お盆になるとご先祖様とのつながりを考えさせられます。父と母は一人ずつですが、祖父母は二人ずつとなり、そこから無限に広がっていきます。この脈々と受け継がれてきた命のバトンは誰か一人でも欠けていれば存在しないものです。人類の歴史においてはつねに戦争があり飢饉や疫病があったなかで、よくつながれてきたものだと思います。近年は個人の意識が強くなっていますが、この命ははたして自分のためだけに使っていいものなのか考えさせられます。 祖先に恥じないような生き方が求められますし、祖先が守ってきた家を大切にしなければなりませんし、感謝や報恩という徳も身につけなければなりません。自分さえよければということではなく、…

  • 失墜すれば

    「覆水盆に返らず」(ふくすいぼんにかえらず)という言葉を考えさせられることが続きました。一度してしまったことは取り返しがつかないという意味ですが、私は特に信用という意味で捉えています。目には見えなくても信用ほど大事なものはありません。築くには長い時間が必要なのに、それが失われるのは一瞬のことです。この社会は信用で成り立っています。たとえばコンビニで販売されている弁当も、本当に表示通りのものなのか、調べようがありません。それを購入してあたりまえのように食べているのは信用しているからなのです。今回の車会社の驚くような不祥事が起これば信用は失墜し、回復するには長い時間がかかることでしょう。 信用を失…

  • めぐってきたチャンス

    誰にでも人生において大きなチャンスが3回は訪れると聞いたことがあります。ですが、私はそれ以上にたくさんのチャンスにあふれていると考えています。このチャンスは我々に対する試験のようなものであり、与えられた課題に対して、誠実に向き合っているのか、意欲的に取り組んでいるのか、周囲と協調しているか、様々な視点から自分に与えられたチャンスとどのように関わっているのかが審査され、合格点に達することができれば新たなる道が開かれます。 人生とはより良い道の模索でもあります。さらなる道に進むためには天や周囲に認められ応援されるようでなければなりません。チャンスをつかみ新たなる道に進むことは一人ではできないことな…

  • 偏見は個性なのか

    全国的に猛暑のニュースが連日続いています。東北の山奥にいると体温を超える気温を経験することがありません。そのため猛暑による命の危険には鈍感であるように思います。これも固定観念のひとつなのかと考えさせられます。私が育った時代はクーラーなどなくても平気でした。暑いといっても1ケ月程度であり、夜になれば涼しくもなりました。熱帯夜や残暑などありませんでしたし、35度を超えることなどもありませんでした。 差別や偏見は慎むべきだといわれますが、誰しも生まれ育った環境や経験をもとに見方や価値観が育まれていきます。千差万別であり、統一することは難しいように思います。見方や価値観も個性といえるのかもしれません。…

  • 苦労の先にこそ

    私は愚かで弱い人間ですが、そんな自分が嫌いではありません。今までも色々ありましたが、ここまで来ることがてきました。これからも多事多難あると思いますが、なるようになっていくことでしょう。辛い時には、この嵐がいつまでも続くことはないと楽観的に考え、幸せな時には感謝の一念で過ごしたいと思います。幸福と不幸は紙一重であり、「辛」に一画足せば「幸」になります。この一画を自分で付け加えることができれば、たとえどのような状況にあろうとも、希望を見失うことはありません。 人類の進歩は苦難や不便を克服してきた歴史でもあります。人生も苦労を苦労のままにすることなく、克服することで報われるようになります。与えられた…

  • 分かりますか、その立場

    その立場になってみて初めて知る苦しみということがあります。同じ内容の相談を受けて共感すると、自分がその立場になるのとでは大きく違うことを痛感しました。ところが、相手と同じ立場や状況に立てることのほうが少ないわけですから、どのようにしたら良いのか悩ましいところです。「あなたの気持ちはよくわかる」とか「本当に苦労されているんですね」と言ってみたところで、どこまで分かっているのか、あやしいものです。 想像しかできないとすれば、想像力を磨くことよりも、謙虚に話を聞くこと、相手の気持ちに寄り添おうとすることが大切ではないかと思うのです。ポーズではなく、心からということがポイントなのですが、たとえ親しい仲…

  • 天道を歩む

    経営者には3つの要素が必要だと考えています。ひとつには自分の武器です。名物、技術、特許、知名度、信用など何でもかまいませんが、簡単には真似されないものを持たなければなりません。これを手にするだけでも長い道のりが必要であり、努力と忍耐によってこそ得られるものだと考えています。簡単に得たものは簡単に失うものです。着実に育てあげたものこそ、これからの道を切り開いていく大きな武器になります。 ですが、いかに素晴らしい刀を持ったとしても、それだけでは人切りになってしまいます。次にその刀を使う者の人間性が問われます。人は誰しも天より徳性を与えられています。自分の持つ徳に気づき磨かなければなりません。ところ…

  • 幸せへの言葉

    王様の耳はロバの耳という童話がありました。王様の秘密を知ってしまった床屋が言うに言えず苦しむ物語ですが、私達は誰しもこの床屋と同じように苦しんでいるのかもしれません。思ったことを思ったまま口に出せるのは小学校低学年くらいまでかもしれません。思春期にもなればお互いに遠慮して、いわゆる空気を読むようになります。本音と建前を使い分け生活するわけですが、本音と建前のギャップが大きくなるほど苦しくなるものです。 自分の本音を伝えたい、自分の思い通りにしたいという欲求は誰にでもあります。ですが、時と場合により柔軟な言動が求められるものであり、日本社会では大人のたしなみともいえます。自分の感情を無理に抑えよ…

  • 感動の連続

    今の自分がすべて崩れてしまうような衝撃を受けることがあります。これに2パターンあり、ひとつは絶望であり、もうひとつは感動です。今回のテーマは感動です。私は日々新しい自分になることが大切だと思うのですが、年齢と共に難しくなっていくテーマでもあります。まず朝起きたならば、今日も1日頑張ろうという新鮮な気持ちになることが必要です。昨日の疲れやストレスを持ち越すことなく、リセットして新しい1日をはじめたいものです。 新しい自分になるためには感動が必要だと考えています。相手の素晴らしいところに気づいて、私もこうなりたいと思うこと。本を読んでいて、こういう考え方や視点があるのかと思うこと。ドラマを見ていて…

  • 気を満たすことで

    気合とか気概といいますし、気を張るともいいますが、目には見えませんが気というものが大切だと考えています。何も超人的なものを求めるということではなく、日々の生活においてエネルギーを満たしておくことが必要であり、その表現としての気なのです。現代社会においては気の抜けた人が増加しているように感じられます。第一印象として疲れているような、無気力そうな、意思が感じられないような、そんな人を気の抜けた人と勝手に定義しています。 目には見えませんが、その人が持っているエネルギーのようなものを感じられると思うのです。意欲的な人ほどそのエネルギーを強く感じます。精神的なエネルギーであり、何事にも前向きだとエネル…

  • 宝さがし

    人間関係は宝探しのような感覚で挑むと楽しいのかもしれません。相手の素晴らしいところをいかに見つけるのか。どのような人にも長所と短所があります。どちらかが目につきやすいということがあるかもしれませんが、両方が備わっているものです。大事なことは相手のどこを見るかということです。 表面的なところに惑わされていると、相手を理解することはできません。自虐的な人、不器用な人、悪気はなくても困った人など様々な人がいますが、その人なりの宝を持っているものです。相手の持つ宝に気づいてあげることができれば、見方も関係も変わってくるものです。 人間関係は相手よりも、自らの人間性が問われるものだと自戒しています。相手…

  • つもり積もって

    私達は周囲に様々な影響を与えていますが、日頃から自分がどのようなものを与えているのか考えてみなければなりません。もちろん、ほとんどの人が周囲に迷惑をかけているとは考えないものです。ところが、自分は指導しているつもりなのに、相手は嫌味を言われていると思っているかもしれません。自分は相手が気づくように遠回しに言っているつもりが、相手は理解不能な人だと思っているかもしれません。自分は親切のつもりなのに、相手にとっては迷惑ということもあります。 自分が思っていることと、相手が思っていることにはギャップがあり、このギャップを埋めるための確認作業が求められます。相手の本音を聞く機会を作らなければなりません…

  • 責任の正体

    責任は重いものであり、面倒なものですが、ウェイトトレーニングのようなものです。責任をもって鍛錬すれば、その重さが苦にならなくなります。そして、さらに重い責任を背負い鍛錬していくことで、より大きな人間になっていくことができます。最初は誰しもその重さに耐えられるだろうかと不安になり、どのようにしていけばよいのかと迷いますが、放棄することなく歩んでいけば自分なりの答えに出会えるようになっているものです。 責任から逃げようとする人もいますが、本当はその責任が自分を支えてくれているのです。責任感があればこそ、親として言うことを聞かない子供でも、その幸せを願い責任を果たそうと考えます。仕事でも任されたとい…

  • 適応の条件

    地元の小学校は今年から統合されスクールバスで通うようになりました。新しい環境に適応していく過程において様々な問題も起こるようです。小さな子供達にとってもストレスだとは思うのですが、これからのことを考えれば上手に馴染んでいってもらいたいものです。これから何度もシャッフルされ新しい環境に投げ込まれるのですから、自分から適応していくしかありません。 新しい環境に適応していくにあたり、まずは与えられた環境を否定したり嫌ったりしないことです。嫌々その環境に身を置いても楽しめるわけがありません。まずは自分が新しい環境に親しんでいかなければなりません。そして自分で居場所や役割を作ってかなければなりません。会…

  • 蛍の光と私の光

    昨日、蛍が飛んでいました。今年は何でも例年よりも早いようで、予定されている地元のほたるまつりの頃には、どうなっているか心配でもあります。蛍は光らなかったらただの黒い虫でしかありません。きっと誰も興味を示すことはなかったでしょう。ところが、光ることによって保護され、各地で清流の象徴である蛍の保護活動がおこなわれています。他の昆虫からすれば不平等だと憤慨しているのかもしれません。 私達もキラリと光るものを持ちたいものです。学校でも会社でも特技を持っている人は強いものです。他の人ができないことであればあるほど頼りにもされます。天性のものでなくてかまいません。ニュースになるような特技でなくてかまいませ…

  • 正しい判断の基準

    地元では木独楽の生産量が日本一を誇っておりました。独楽は軸のバランスが大事です。軸が安定しているほど回ります。人間のシュートやジャンプでも軸が安定しているほど威力も精度も高まります。同じように迷うことなく決断するためには、ブレないよう自分なりの軸を持たなければなりません。ブレていると時間と労力を無駄にしますし、また周囲の信頼を失うことにもなります。何事においても安定するよう軸を定めなければなりません。 自分なりの判断基準を持っている人は迷うことが少ないようです。いつもそれに照らして行動すればブレることはなく、一貫した言動を体現することができます。さらに、その判断基準を正確で信頼されるものに高め…

  • 適切な未来予想

    宝くじを買うと発表日まで誰もが億万長者です。何事においても私達は期待と不安が大きく一喜一憂してしまうものです。ほとんどの場合には可もなく不可もない現実がやってくるのですが、その到来までの過大な期待や不安は日々の生活に支障をきたすほどのものです。若者などは特にその傾向が大きいものです。年と共に経験から、その振り幅は落ち着いてくるのですが、それでも期待と不安からの一喜一憂から逃れられるものではありません。 人間には欲があり不安があります。そういったものが適切な未来予想を阻害し、とんでもない妄想へとつながってしまうのです。また、そういった負の感情が日々の生活を台風のように荒らしてしまうのです。平常心…

  • 一人では

    いよいよご開帳が始まったのですが、今回は受付のお手伝いをお願いしてシフトを組んで態勢を整えました。なんでも自分でしたいタイプなのですが、それではかえって参拝者に迷惑がかかってしまいます。できること、できないことを見極めて無理なく法務を遂行できるよう心がけています。世の中には自分でできることまで人に押し付けたり、逆にすべて自分で抱え込んでしまう人もいますが、何事もバランスが大切です。 次のステップとしてはお互いに気持ちよく働きつつ、1+1=2以上にしたいということです。自分と同じタイプよりも、違うタイプと組んだほうが力を発揮することがあります。自分にはない視点であったり気づきであったり、自分には…

  • 秘仏ご開帳への願い

    6月1日より当山の秘仏薬師三尊のご開帳が始まります。廃仏毀釈の時代、難を逃れ当山に伝えられてより長年秘仏とされてきました。私が住職となり、護り伝えられてきた秘仏の素晴らしさを多くの皆様に知っていただきたい、そしてご参拝いただきたいという願いから、今回のご開帳を執行させていただきます。 ご開帳は仏像の見学ではなく、仏様とお会いするものであり、祈りの場でもあります。祈りがあってこそ秘仏の威光や利益を授けていただけます。世が乱れると信心が高まるといわれます。自然災害の頻発、コロナ禍による様々な不安やストレス、横行する凄惨な事件など、まさに地球規模で調和が崩れつつあります。 本来の祈りとは自分のための…

  • 予兆を無視しない

    大河も源流の一滴からはじまりますが、何事も小さなところからはじまり、必ずその予兆があるものです。その予兆に気づかなければなりません。そのため健康であれば定期的な健康診断を受けなければなりませんし、人間関係ではあれば日頃からの会話が大切ですし、仕事であれば細かい数字や口コミなども大切です。気をつけていれば様々な予兆に気づくことができます。 予兆に気づいたならば放置することなく対処しなければなりません。大多数の人は何かおかしいと気づくことはできるのですが、面倒であったり不安であったりするため、その先の行動が伴いません。気づいているのに、気づかないふりをしているうちに、亀裂や問題は大きくなっていき対…

  • 負の呪文

    最近「忙しい」が口癖になっています。ですが、いくら繰り返そうとも、それで解消されるわけではなく、何か良いことが起こるわけでもありません。それどころか、イライラしたりストレスが溜まったりといわば負の呪文といえます。自分で自分を苦しめている、もしくは追い込んでいるわけです。この社会ではこういった負の呪文が横行しているのではないでしょうか。ストレス社会といわれますが、そのストレスの多くは自分で作り出しているのかもしれません。 日頃の口癖についても考えてみなければなりません。日々繰り返している言葉が自分を育てているのか、それとも苦しめているのか。何事も心からはじまり言葉となり行動となり結果となり返って…

  • 必然につながるもの

    NHK大河ドラマ「どうする家康」で武田信玄に大敗してしまいました。ドラマのなかで信玄が戦を仕掛けるときは勝つことが決まっている時だといわれていました。信玄の長年にわたる経験と戦略は若き家康の敵うものではなかったのでしょう。しかし、皮肉なことにその後すぐに信玄は病死し、その数年後には武田家は滅亡しています。信玄に負けた家康が、信玄が夢見た天下統一を果たしたのですから、世の中は最後までどうなるか分からないものです。 何事も戦う前から勝敗は決まっているのかもしれません。勝つべき人が勝ち、負けるべき人が負けるのであり、勝つも負けるのも必然なのかもしれません。勝つ人は勝つだけの準備や努力をしています。そ…

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、副山主さんをフォローしませんか?

ハンドル名
副山主さん
ブログタイトル
甲子大黒天本山のブログ
フォロー
甲子大黒天本山のブログ

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用