★★★★☆
あらすじ
映画のエキストラとして働く記憶喪失の男は、かつての同僚に発見され、実家に一時帰宅する。
香川照之主演、「ピタゴラスイッチ」などを手掛けた佐藤雅彦らによる監督集団「五月」の初長編映画。85分。
感想
映画のエキストラをしている男が主人公だ。冒頭の、実は劇中劇でした、というのはよく見るシーンだったが、その切り替わりで一気に緊張感が解けるような落差を設けず、そのまま淡々とした雰囲気だったのは新鮮で面白かった。その後の、これも劇中劇でした、と何度も続くのも意外性があり、不思議な感覚になる。
記憶喪失で過去を思い出せないまま、主人公はエキストラとして働いている。彼の出演した映画を偶然見た、かつての同僚に発見された主人公は、その手引きで一度実家に戻ってみることになる。そこから、まったく何も思い出せない主人公の過去に何があったのか、その真相が明らかになっていく。
顔も思い出せず、他人行儀で接している妹の口から出るヒントに、主人公が怪訝な顔をしながら反応し、それを頼りに記憶を取り戻すきっかけを手繰り寄せていく過程は好奇心をかきたてる。セリフも少なく、大きな動きもない静かな映画だが、演じる香川照之が微妙な表情の変化でうまく内面を表現している。
終盤についに主人公の記憶は戻る。そしてその原因が精神的なものであった理由も判明する。彼は叶わぬ望みを持つ自分でいることが辛かった。だから自分ではない誰かを演じるエキストラをやろうとしたのだし、だから演じている時といない時の落差もなかった。エキストラとして死に役を続けることで、自分でもなく誰でもない存在になろうとしていた。
宙ぶらりんに浮いて同じ場所を回り続けるロープウェイの仕事をしているのもそれを暗示している。また彼自身が語っているように、かつてやっていたタクシー運転手の仕事も、どこに行くかを自分で決めなくていいからと、無意識で選んでいたのかもしれない。主体性が無ければ、自分を意識しなくて済む。
ミステリアスで魅力的な映画だったが、主人公の抱えていた問題がベタで分かりやすかったのは残念だ。もうちょっと漠然とした不安であって欲しかった。言いがかりみたいだが、もっと後味の悪い余韻を味わいたかった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本/製作/編集 佐藤雅彦
監督/脚本/編集 関友太郎/平瀬謙太朗
出演
津田寛治/尾美としのり/中越典子/野波麻帆/大鶴義丹/諏訪太郎/黒田大輔
撮影 國井重人