
これまでのマンションは近所づきあいを最低限に抑えられる点が、自由気ままに暮らしたい人に評価されてきた面がある。しかし今後はそうも言っていられなくなるかもしれない。

まず、マンションが抱える問題をおさらいしておく。マンション管理組合に特化したコンサルティングを約20年手がけてきた「シーアイピー」の須藤桂一社長が警告するのは、共有部分の老朽化した壁や床、水道管の補修などに必要な費用が足りなくなり、生活に大きな支障が出てくるという緊急事態だ。
全国には9万~10万程度の管理組合が存在すると見られているが、マンション政策を担う国土交通省が2014年に発表した調査結果では、回答した約2300のうち37%が管理費や修繕積立金を3カ月以上滞納する住戸を抱えていた。この調査は5年置きに実施され、直近は2019年春に最新のデータが公表される予定だが、37%という数字が悪化していてもおかしくはない。戸建ても含む空き家率は今後、急激に高まると予測されているからだ。2013年時点で13%台だったが、野村総合研究所は今年17%に迫り、10年後の2028年には25%台になると見込んでいる。
管理費や修繕積立金の滞納で今後増えると想定されているのは、亡くなった親が住んでいたマンションの一室を子どもが相続したものの、「毎月の管理費、修繕積立金を負担するのは難しい」と放置するケースだ。売ろうにも「最寄り駅至近」という現代ニーズを満たさない物件は、販売価格を下げてもそう簡単には買い手はつかない。
「滞納する人はそのまま払わないことが多い」と須藤社長は指摘する。管理費・修繕積立金には弁済を優先的に受ける「先取特権」という権利があり、そうした場合、管理組合はその部屋を最終的には競売にかけることが法的に可能だ。しかしそこまで至ることは少なく、結果的に泣き寝入りになる場合が多い。コストや手間、精神的負担を嫌がる管理組合がなかなか動かないからだ。
こうした状況に、「情報の非対称性」(売り手と買い手との間の情報格差)によりマンション住民が負わされる不利益が追い打ちをかける。例えば15年程度で実施される大規模修繕工事の費用は、須藤社長によると100戸規模のマンションで1億円程度が大まかな目安。ところがそうと知らない管理組合が、工事会社の2億円の見積もりに易々と応じるケースが後を絶たないという。
確かにそれも当然だ。1億円の建築工事を発注した経験がある人は、なかなかいない。「理事が10人いる管理組合が50あったとして、自分の仕事で1億円規模の工事を発注した経験がある人は500人中1人か2人いる程度」(須藤社長)。
相見積もりに突然の大幅値引きも
情報の非対称性が生む住民への不利益は、管理会社に支払う管理委託費にも降りかかる。管理委託には事務管理や総合設備点検などの「総合管理業務」と、日常清掃やエレベーター保守点検、植栽管理などの「専門業務」がある。そうした管理は、新築分譲時、デベロッパーの関連会社が請け負う設定になっているのが一般的で、そこに疑問を抱く人はいないだろう。
実際はその後、管理組合で適正な手続きを踏めば管理会社を変えられるのだが、現状は管理会社自らが管理委託費を半ば自由に決められる余地が生まれている。須藤社長によれば、管理組合が動いて管理会社を変えたことがあるケースはせいぜい2~3割程度。「管理会社は経営が安定する業態で、倒産しない」とまで言われるゆえんだ。
あるマンションでは総合管理業務の委託費を年間730万円支払っていたが、シーアイピーが競合他社も含めて相見積もりを取ったところ、事態は一変。これまで年間730万円を請求してきた総合管理会社は390万円という驚異の値下げを提示してきたという。
しれっと大幅に値引く会社の姿勢にはあきれ返るが、少し冷静になれば同じ商品やサービスの価格を相手によって変えることは、決して珍しい話ではないことに気づく。
例えばコンビニで150円で売られているペットボトルの飲料は、スーパーで100円を下回ったり、観光地の自動販売機で200円に跳ね上がったりする。販売サイドが「消費者はいくらなら買うか」を見定めてプライシングした結果であり、「観光地で90円で売ったら、ビジネス失格であることは誰でも知っている」(須藤社長)。
マンションが抱える問題についての説明が長くなった。管理費・修繕積立金の滞納による「損」も、管理会社や工事会社の言い値に応じて発生する「損」も、マンションに対する住民の積極的な参加意識の欠如が原因の一端と断じたら厳しいだろうか。マンション住民の打つ手はゼロではないのだ。後者であれば相見積もりで競争原理を働かせれば、不要な支出は抑えやすい。
先述のケースでは、管理組合サイドからの条件として管理会社に頼む作業量を以前よりも1~2割増やしたにも関わらず、総合管理業務・専門業務のトータルコストを約1700万円から約1000万円に圧縮できたという。滞納に対しては、ハードルは高いが法律による回収手段の仕組みが用意されていることは、先ほど書いた通りだ。
管理に関する都条例、2020年にも施行
結局、問題の解決の鍵を握るのは管理組合であり、住民一人ひとりだ。しかし業界関係者は一様にマンション住民の参加意識の低さを問題視する。マンションやそのマンションを含む街づくりについて話し合ったり、悩みを相談し合ったりする団体「江東・マンションふぉーらむ21」の小林正博会長は「自分たちの住まいにきちんと関心を持つ管理組合が機能しているマンションがある一方で、そうした意識が低いマンションも相当数ある」と話す。須藤社長も「管理組合の理事になっても、任期中はじっとおとなしくしている人が多い」と指摘。この状況が、管理会社や工事会社にとっては好都合であることは言うまでもない。
マンション管理を巡るトラブルの増加を受けて、行政も動き出した。東京都は識者を集めて「マンションの適正管理促進に関する検討会」の実施を2018年春から重ね、11月末に最終案を受け取った。現在はマンションの管理状況についての届け出制度の条例化を検討中だ。東京都の都市整備局の担当者は「マンションは私有財産だが、都市や地域社会を構成する重要な要素でもある。マンションの管理状況の届出を義務化して管理不全に陥る事態を防ぐのが条例化の狙いだが、自分が住むマンションに対する住民の意識向上も期待している」と話す。条例化の審議は2019年の都議会で始まり、順調に進めば早くて2020年に施行されると見られる。実現すれば、都道府県レベルでは全国初の取り組みだ。
仕事やプライベートで忙しい中、マンションの管理組合活動に時間や労力を割くのは確かに面倒だ。しかし動かなければ、10年後、20年後に困るのは自分であることを忘れてはいけないだろう。小林会長は、「1回目の大規模修繕工事では住民が無関心だったので費用がかさんだが、工事が終わった後に『もっと安く抑えることもできた』と知って後悔し、2回目の大規模修繕工事に備えて頑張って勉強している管理組合もある」と話す。
現代は様々な情報がインターネットで容易に入手でき、知識を深められる。情報の非対称性を利用した業者のやり方を批判したり嘆いたりすることだけが、果たして賢明か。ましてや対象は大金を投じて購入した大切な我が家だ。アクションを起こさなければ、「損」を生み出す状況は何も変わらないはずだ。
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