11月25日、民進党などが反対する中、与党は衆院厚生労働委員会で年金制度改革関連法案の採決に踏み切った。その後、29日に衆院本会議で可決され、参議院に送られた。(写真:つのだよしお/アフロ)
11月25日、民進党などが反対する中、与党は衆院厚生労働委員会で年金制度改革関連法案の採決に踏み切った。その後、29日に衆院本会議で可決され、参議院に送られた。(写真:つのだよしお/アフロ)

「反対しました」という形が欲しい

 野党が「年金カット法案」とレッテルを貼る年金制度改革関連法案が11月29日、衆議院本会議で可決され、参議院に送られた。国会会期は12月14日まで延長されており、政府・与党は何とか今の国会で成立させたい意向だ。年金支給額の新たな改定ルールを盛り込んだ今回の法案には、民進党、自由党、社民党、共産党の野党4党が反対。自民党と公明党、日本維新の会などが賛成した。野党は衆議院での法案通過を阻止するために、衆議院厚生労働委員会の丹羽秀樹委員長の解任決議案と、塩崎恭久厚生労働大臣に対する不信任決議案を提出。否決されると、民進党、自由党、社民党は本会議場から退出、法案の議決には加わらなかった。

 会期末が迫るとしばしばみられる「茶番劇」である。民進党は、「年金カット法案をいい加減な審議で通すことに断固反対だ」としているが、民進党が求めるように審議時間を増やせば今国会での成立は絶望的になる。また、審議時間を増やしたからといって民進党が賛成に回る可能性はまずない。「年金の減額につながる法案に私たちは反対しました」という形が欲しいのだ。

抜本改革を議論するというのは結局、問題の先送り

 民進党はさらに「今の高齢者から将来の世代まで、まともな額の年金をもらえるように抜本改革に今すぐ取り組むべきだ」とも主張している。これは正論だ。年金制度の抜本改革の議論は今すぐにでも着手すべきだが、だからといって、抜本改革の議論を始めて今国会で成立することなどあり得ない。今回の法案を止めて、抜本改革を議論するというのは、結局は問題の先送りになるだけだ。

 それは民進党の議員の多くも十分に分かっている。年金の支給額を抑制しなければ、今の制度がもたないことも十二分に理解している。

自民党など与党の主張にもウソ

 一方で、自民党など与党の主張にもウソがある。衆議院での討論で、自民党は「法案は、公的年金制度の持続可能性を高め、将来世代の年金水準を確保することによって、将来的にも安心な年金制度を構築するためのものだ」と述べたが、この法案で将来にわたって安心な年金制度になるわけではない。これもマヤカシなのだ。長年政府は、「百年安心プラン」といった言葉を使って、年金制度にマクロ経済スライドという仕組みを導入すれば、制度は持続可能だと言い続けてきた。

 2004年の法改正で、毎年年金掛け金を引き上げる一方で、経済情勢で年金支給額を増減できるようにしたのだ。年金給付を減らして将来世代に回すなど制度全体で「完結」するようにはなっているが、あくまで机上の論理。実際には年金制度は維持できたとしても、高齢者がその年金の金額で生活できなくなったり、逆に、若年層が年金掛け金の負担に耐えられなくなる可能性は十分にある。制度を司る厚生労働省は安心かもしれないが、生活者の不安は解消されない。

日本の公的年金制度は「修正賦課方式」

 何せ日本は猛烈な少子化である。年金という制度は現役世代が払った原資を、高齢者世代が受け取るという仕組みだ。自分で払ったものを自分で受け取る仕組みを「積立方式」と言うが、日本の実情はすでに積立方式ではなくなっている。今の若手世代が払った保険料を高齢者への給付に充てる「賦課方式」に近い。一部は積み立てられた年金資産を運用に回しているため、「修正賦課方式」などと呼ばれる。

 現在65歳以上が人口に占める割合は27%だ。高齢者がどんどん増える中で、支払う年金も増えている。それを制度的に賄うには大きく分けて2つの方法がある。年金支給額を引き下げるか、保険料を引き上げるか、だ。

若い世代の社会保険料と税の負担感は相当なもの

 2004年の法改正で、それまでは景気や年金資産の運用状況によって改訂していた保険料率を、毎年0.354%ずつ自動的に引き上げることを決めた。2003年に13.58%(個人と会社で半分ずつ負担)だった保険料率を、14年にわたって引きあげ、2017年9月以降は18.30%で固定するというものだ。毎年一定の保険料収入の増加を可能にしたわけで、この保険料の引き上げは今も続いている。18.30%というのは年金の保険料だけで、これに健康保険料も加わり、さらに所得税もかかる。若い世代の社会保険料と税の負担感は相当なものだ。これ以上、保険料負担を上げるというのは現実的には難しい。

 そうなると、高齢者が受け取る年金を減らすしかない。現在、年金支給開始年齢を65歳にまで引き上げる作業が続いている。抜本的な改革はこれを70歳にまで引き上げる方法だが、それでは退職後の無年金時代が生じてしまう。すぐには実行できないのだ。そうなると、今の年金受給者がもらっている年金を減らすほかない。

「物価が上がり、年金額が下がったら生活できない」は正論だが…

 今回、民進党が問題視したのは、「物価が上昇した場合でも、現役世代の平均給与が下がった場合には、年金額が下がる」という仕組みだ。物価が上がって年金が下がったら生活できないというわけだ。もちろん正しい主張だ。

 東京巣鴨の地蔵通りでお年寄りを相手に「年金減額法案に賛成か反対か」と聞いていたが、当然、「反対」が圧倒的になるに決まっている。だが、年金額を維持しようと思えば、どうなるか。「現役世代の給与が下がっても、高齢者の年金額を維持するために、さらに現役世代に負担を求める」ことになるわけだ。「あなたの子供や孫の負担を増やしても年金を維持してほしいですか」と聞けば、違った反応だったかもしれない。

 税金で賄うべきだ、という声もあるだろう。だが、所得税を増やせば、結局は勤労世代の負担を増やす。保険料か税金かの違いだ。消費税ならば高齢者も負担することになるが、2019年までは上がらない。

マクロ経済スライドは、どれだけ「机上の空論」か

 経済が上向き、働く世代の給料が増えれば、結果的に社会保険料や税収も増えることになる。だが、それで少子高齢化による負担増を吸収できるわけではない。日本の年金制度はかなりの危機に瀕している。抜本改革は待ったなしなのだ。

 抜本改革を主張する民進党はどうやって問題を解決しようと考えているのだろうか。民進党のホームページで、井坂信彦・衆議院議員が解説している。長妻昭氏に次ぐ「新ミスター年金」として民進党が売り出したい若手の有望議員だ。

 現在の「年金カット法案」について、「将来世代の受給額が7%増える事実はまったくない。なぜ政府案でそうなっているかというと、政府の試算は2005年からずっと長い間、高齢者の年金を3%カットして巨額の財源をつくり、しかも年4.2%というありえない運用利回りで50年くらい増やして、それが将来世代にばらまかれると7%増えるという計算をしている」と指摘している。いかに政府のマクロ経済スライドが「机上の空論」かを追及しているのだ。

 そのうえで、「年金カット法案は不要」だと断定している。「場当たり的に削れるだけ削っておこうという発想で、将来世代が少しの額しかもらえない制度が延命されるだけだ」というのだ。さらに、年金の制度設計で大事なこととして、①老後の暮らしを最低限年金で支える最低生活保障が大原則、②今の制度のように「若い人は払い損」という世代間の不公平があってはいけない──つまり、「最低生活保障と世代間公平の二つを何とか両立できるような制度設計をしなければいけない」としている。

年金の試算を第三者機関で行い、都合のよい解釈をさせない

 だが、どうすれば、それが可能になるのか。井坂氏が挙げている1つ目は、年金の試算を中立的な第三者機関で行う、というもの。政治家や役所に都合のよい解釈をさせないということだろう。大賛成だ。さらに同世代間で区切る疑似的な積立方式に近い形も目指すという。世代ごとに景気変動の影響の受け方が違い、世代間の不公平間が高まるかもしれないが、積立方式に近い形ということでこれも良しとしよう。

 財源については「高所得者に負担いただくことと、歳入庁の設置やマイナンバーの活用で、きちんと皆さんに保険料を払っていただく」こと。さらに「それだけでは足りないから広く薄い相続税のような形で、亡くなったあとに回収する形も考えなければいけない」としている。

 民主党政権時代には相続税の増税が検討されたが、これを「広く薄く」取るというのは言うは易く行うは難い。マイナンバーが導入されたといっても、国民の資産を国が把握しているわけではない。大金持ちの遺産を調べてガバッと課税するならともかく、広く薄く相続税を取る仕組みを構築するのは容易ではない。

 結局、ホームページをみても、抜本的な改革提案はなされていない。

悲惨な社会保障の現状を理解してもらうしかない

 『シルバー民主主義』(中公新書)の著書もある八代尚宏・昭和女子大学特命教授は、「高齢者に日本の悲惨な社会保障の現状を理解してもらうしかない」と話す。(当コラム 2016年6月17日配信「『40歳定年制』は非常に合理的な意見」ご参照)

 そのうえで、2つの方法があるとして以下のように言う。

 「ひとつは理詰めで説得すること。政府は年金制度が持続可能だと言っているが、実際にはそれは粉飾で、年金はすでに不良債権ということをきちんと説明する。そのうえで、年金の一部切り下げを受け入れてもらうわけです。

 もうひとつは高齢者の『利他主義』に訴えること。あなたのお孫さんを犠牲にしてまで多くの年金を受け取りたいですかと問えば、日本の多くの高齢者はとんでもないと言います。政治家はそうした点をもっときちんと高齢有権者に訴えるべきです」

「痛み」受け入れのお願いを、自民党も野党も口にしない

 支給年齢を引き上げるか、大幅に年金支給額をカットするしかない、それを高齢者に理解してもらうべきだ、というのだ。年金制度の抜本的な見直しは、まさしく「痛み」の負担を受け入れてもらうことなのである。それを自民党も野党も真正面から堂々と主張していないところに問題がある。

 もともと、年金は「保険」だ。元気に働いて十分な収入を得ている人には全額辞退してもらえばよい。その一方で、働きたくても働けない人や、病気の高齢者には生活に必要な年金は保証する。今の人口構造の中で、全員が満足できる金額を受け取れる年金制度の設計は無理だろう。

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