「隣町ならあの本、借りられるかな?」。そんな時、瞬時に蔵書検索できるサービスが登場した。これまで横のつながりに欠けていた日本の図書館システムにベンチャー企業が風穴を開けようとしている。

携帯端末から蔵書検索
携帯端末から蔵書検索
地域を指定し、書籍名などを打ち込めばリアルタイムで複数の図書館の蔵書状況が分かる。貸し出し予約にも対応する(写真=早川 俊昭)

 「使えない検索システムを数年以内に駆逐したいと考えています」

 図書館の蔵書検索システムを手掛けるカーリルは今年4月、こんな挑発的なプレスリリースを発表した。社員数がわずか5人のベンチャー企業ながら、日本全国の図書館で使われている蔵書検索システムを抜本的に変えようとしている。まさに宣戦布告と言っていい。

 手始めに京都府立図書館と提携、京都府内の公立図書館であれば蔵書の貸し出し状況を横断的に検索できる業務用システムを納めた。都道府県という広域で使えるシステムの提供は初めてだが、「年内にもう一つ案件が取れそう。目指すは47都道府県の制覇です」。カーリルの吉本龍司代表は、くたびれたTシャツ姿で、机に置いてあった都道府県のパズルを1つ裏返した。

統一されない書籍データ

 カーリルの強みは検索速度。例えば、京都府内の全図書館を対象に、借りたい本の蔵書状況を検索するのに必要な時間はわずか0.5秒。従来のシステムに比べ数十分の1の時間に縮まるという。

 それほどの改良余地があった背景には、図書館システムの縦割り管理があった。各図書館は早くから検索システムを整備してきたものの、書籍管理のフォーマットはバラバラ。しかも、自分の図書館を使ってほしいという発想が強かったため、「他の図書館の蔵書を検索するシステムへの投資は圧倒的に遅れてきた」と吉本代表は分析する。

 カーリルは各図書館が持つ貸し出しデータを統一の形式に変換し、クラウド上のサーバーで一括処理することで高速化を実現。非効率的だったシステムに風穴を開けることに成功した。

 会社の規模が小さく販管費を抑えやすいため、料金は人口1万人当たり月600円(税抜き)と「競合他社の5分の1程度」(吉本代表)に抑えた。この図書館向けのサービスを全国の自治体に広げることで、売り上げの拡大を目指す。

 そんな図書館革命を目指すカーリルの本社があるのは吉本代表の生まれ故郷、岐阜県中津川市。緑豊かな田舎町にある普通の一軒家が本社だ。

 吉本代表は大学卒業後、ITエンジニアとして東京で働く一方、時折は中津川に戻り、自治体向けITシステムの改良案件を請け負ってきた。

吉本龍司代表は小学3年でパソコンを手にして以来、プログラミングのとりこに(写真=早川 俊昭)
吉本龍司代表は小学3年でパソコンを手にして以来、プログラミングのとりこに(写真=早川 俊昭)

 まず担当したのは安全情報サービスだった。火災や熊の出没など緊急事態が発生すれば、住民の携帯電話に電子メールが送られるというもの。特段目新しいものではなかったが、約8万人の人口を抱える中津川市で半数が加入する成功案件となった。

 「IT業界では当たり前でも、公共機関でやれば高く評価される」(吉本代表)。今の事業を進めるヒントを得た。

 その後、ウェブシステムに関する打ち合わせで図書館を訪れたことが、転機となった。現場で使われていたITシステムは検索速度が遅い。1000万円以上の予算を投入しても年間の利用者が100人程度にとどまっていた。「ネットワーク機器などは充実しているが、上手に利用されていない。実にもったいないが、逆に考えると伸びしろが十分にある」(吉本代表)。

 そこで仲間と協力して、2010年に岐阜県、東京都、京都府のみを対象とした横断検索システムを試作した。その後、徐々に対象を広げ全国の図書館の蔵書を一括検索できるサービスを一般ユーザー向けに開始。2012年には正式に会社を設立した。

 検索可能な図書館は当初4300館だったが、大学や研究機関にも対象を拡大し、現在は6700館超と日本全国の94%の図書館をカバーするまでに至った。

 利用者を増やすため大胆な手も打った。システムの仕様を無償で公開し、誰でも開発に参加できるようにした。すると、スマートフォン用のアプリが次々と登場。検索件数は2016年に年8億件を見込むまで拡大した。会社設立からわずか4年で4倍に伸びた。

図書検索サービスの利用は急拡大
●カーリルのシステムを通じた書籍情報の検索件数
図書検索サービスの利用は急拡大<br />●カーリルのシステムを通じた書籍情報の検索件数

 「サービスの認知が広がり、図書館の司書さんも、自治体のシステムではなくカーリルを使っていると聞いた」(吉本代表)。そこで業務向けにも参入しようと、著者名など詳細な検索項目を追加したシステムを開発し、冒頭にあるように京都府への提供につながった。

希少な本を地域に残す

 図書データ分析の強みを生かし、検索サービス以外の領域にも手を広げる。東京都多摩地区での案件もその一つ。同地区は図書館の収納スペースが満杯で、年間50万冊の書籍を廃棄していた。それぞれの図書館が自らの基準で判断していたため、資料として価値がある書籍までも処分される状況が続いていた。「国立国会図書館にもない本が捨てられる状況は問題だ。最適化できる余地はあった」(吉本代表)。

 そこでカーリルは多摩地区にある約30の市町村を対象に図書館の書籍データを集め、どの図書館にどの年代の本が集まっているかといった情報を分析。廃棄する書籍の選び方にルールを定め、貴重な本が地域に1冊は残るような仕組みを提案している。

 「図書館をもっと楽しく」。これがカーリルの合言葉。ITを駆使し、国内の図書館を効率化するという計画は着実に実を結び始めている。だが、見据える最終目標はさらに遠くにある。

 吉本代表は「いつか海外で勝負したい」と抱負を語る。欧州から発祥した近代の図書館システムは、米国や日本など各国で書籍データなどの管理方法で共通部分が多い。日本での成功体験を輸出しやすいという。岐阜県の山間にある小さな会社は、ひっそりと大きな野心を抱いている。

(日経ビジネス2016年8月22日号より転載)

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