圧倒的な情報の非対称性を利用した「おとり商法」が世の中に蔓延している。特集の第1弾として、ネット上の一部で最近話題になっているサッカーくじ「BIG」を取り上げる。
2月15日、ツイッターにある画像がアップされ、大きな波紋を呼んだ。つぶやきの主は2月12日、ネット上で5口分のBIGを購入。翌13日、新たに10口分を購入したところ、この10口分のうち最初の5口分が、前日に購入した5口分と完全に一致したのだ。
BIGの当選確率は約480万分の1。それに対し、別々に購入した5口分が完全に一致する確率は約25「溝」分の1だ。「溝(こう)」とは兆(ちょう)、京(けい)、垓(がい)、杼(じょ)、穣(じょう)の次の単位で、10の32乗を示す単位。25の後ろに0が32個並ぶ天文学的な確率と言える。読みにくいのを承知の上で表示すると、「2,500,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000分の1」となる。
ちなみに宇宙誕生の初期プロセスであるビッグバンが起こる確率は、0が24個並ぶ約1杼分の1と言われており、理論上、宇宙誕生よりも稀な現象が我が国ニッポンで起きたことになる。
サッカーくじについて知らない人も多いので、概要を説明しよう。
Jリーグを中心としたサッカーの試合結果に基づいて当選番号が決まるサッカーくじが「BIG」だ。1口300円で、1等の当選金は通常3億円。当選者がいない場合、次回以降に繰り越されるキャリーオーバーを含めれば、最高賞金は6億円に上る。週末に行われるサッカーの試合に合わせ、原則として1週間に1度開催されている。2006年9月から販売が開始された。
機械がランダムに選ぶBIG
BIGの最大の特徴は、自分で試合結果を予想しなくていい点にある。一般的なサッカーくじ「toto(トト)」の場合、90分経過時点でホームチームが勝てば「1」、逆に負ければ「2」、引き分け・同点は「0」を、毎節13試合分について自ら予想して購入する。全て当たったら1等当選(=最高5億円)となる仕組みだ。
世の中にはサッカーに詳しくない人もいる。それでもサッカーくじを気軽に楽しみたいという人向けに、機械がランダムに選んだ毎節14試合分の組み合わせを購入する。それがBIGだ。厳密に言うと、購入後に組み合わせが決まるため、内容が気に入らないからといってキャンセルはできない。
では、なぜランダムに組み合わせを抽出しているはずのBIGで、宇宙誕生よりも稀な現象が起きたのか。BIGを運営する日本スポーツ振興センターに聞いてみた。
ツイッターで話題になっているくじは画像の加工とかではなく、実際に発売されたもので間違いないのでしょうか。
「はい。実際に発売されたものだということで間違いありません。事実関係を確認しました」
ランダム出現で別々に購入した5口分が完全に一致するのは到底ありえない現象です。
「かなり出るのが珍しいケースだとは認識しています。ですが、ランダムに発現する仕組みでも14試合分の組み合わせが重複することはありえること。ありえなくはない、可能性はゼロではないということです」
理論上、ビッグバンが起こるよりも低い現象です。何らかの不正やシステムの不具合があったと考える方が自然ではないでしょうか。
「システムにいつもと違う、変わった動きがあったわけではありません。それもこちらで確認しました。外部からシステムに侵入した形跡、不正な操作の形跡も見つかりませんでした。発番の仕組みを調整している中でこうした出目になる可能性はあります」
システム不具合の可能性は検証しましたか。
「開催回ごとに1と2と0の出現率に偏りがあるかどうかは常にチェックしています。全体の中での偏りという意味ですが、今回も特段の問題は見つかりませんでした。だから不具合はなかったと考えています」
現状のシステムを全く変えずに今後もくじの発行を続けるということですか。
「はい、そのつもりです。システムを変える必要はないと考えています」
日本ユニシスとアビームは取材を拒否
あくまで偶然起きた現象で、システムを変える必要はないと主張する日本スポーツ振興センター。ただ、振興センターはBIGの運営元に過ぎない。
そこで、2006年のBIG発売開始以降、実際にランダムにくじを選ぶシステムを開発・運用してきた日本ユニシスにも取材を申し込んだ。システム担当者への取材を依頼したが、結果は「NG」だった。
日本ユニシス広報担当者から返ってきたのは「委託元である日本スポーツ振興センターとの間に秘密保持契約があるため、こちらからはシステムについては一切話せない」という回答だった。
振興センターが運営するサッカーくじ事業についてアドバイスしているコンサルティング会社のアビームコンサルティングにも取材を申し込んだが、「日本スポーツ振興センターが顧客であるのは間違いないが、我々は今回のくじ問題についてチェックする立場にはなかった」として、応じなかった。
彼らがどのようなシステムを使ってBIGの組み合わせを決めているか明らかにしない以上、こちらで推察するしか手はない。そこで、擬似乱数と呼ばれるランダム発生システムの専門家に匿名を条件に話を聞いた。
「たとえ1兆回くじを発行したとしても、今回のような長いパターンが2度続けて出る可能性はほとんどない。確率的にありえない現象で、ランダム発生システムの不具合、ないしは元々の仕様がお粗末だったと言わざるをえない」
ランダムといっても、機械が完全に無作為に出目を選ぶわけではない。ある法則に則って出目を抽出することで、あたかも規則性がない、全くのランダムのように「見える」組み合わせを作り出しているのだ。このようなランダム性を出現させるシステムを「擬似乱数発生法」という。
専門家は今回の問題について「擬似乱数発生法が古いタイプのものであるか、選べるシード数が少ない設計をした可能性があるのではないか」と指摘する。
シードとは、擬似乱数発生法の起動時に与える“種”のことで、同じシードからは同じ出目の組み合わせが発生することになる。
今回起きた現象から、シードの取り方が2の32乗(約43億)種類以下しか抽出できないか、ある条件下で同一のシードを選んでしまうなどの不備があった可能性が高いと専門家は見ている。
擬似乱数発生ではよくあるミス
ただ、「このような不具合は擬似乱数発生法の世界ではよくある話」(専門家)だという。2008年、ネット通信システムのセキュリティーに関する擬似乱数で、パターンが3万2768通りしか出現しない不具合が発覚。暗号が簡単に破られてしまう状態が続いていたが、運営会社が修正し、混乱は収束した。
「設計上の問題である可能性が極めて高い以上、運営側は問題を解明、公表すべきだ。ましてや宝くじは公益性が高いサービス。少なくとも『再発しないよう対策を行った』という発表はあってしかるべき。『仕組みからありえる』という説明だけではあまりにも不誠実だ」。専門家はこう憤る。
日本スポーツ振興センターは2月20日に公表したリリース文で、「発番の仕組みの詳細につきましては、セキュリティの観点から公表しておりません」と説明。日経ビジネスの取材に対しても、「偶然」を強調するだけで、善後策を取ろうとはしない。
「試合結果をコンピューターがランダムに選択」「1等の当選確率(理論値)約480万の1」。BIGの広告はこう謳っている。ただ、サッカーの試合は勝ち・負け・引き分けが均等に3分の1ずつの確率で起こるわけではない。実力差があるチーム同士の対戦も少なくないからだ。
試合結果に偏りが出る以上、なおさら組み合わせの抽出は無作為、完全なランダムに近い状態であるべきだろう。そうでなければ、くじの公平性そのものに疑義が生じることになる。
「ランダムに選択」はおとり
ランダムを謳っておきながら、到底そうとは思えない奇跡的な組み合わせが出現した今回のBIG騒動。理論上の当選確率で比べると、BIGは1億円以上が当たる高額宝くじの中では「最も当たりやすい」と言われており、それが消費者の購買意欲を煽ってきた面があったのも事実だ。
事業者と消費者との間にある圧倒的な「情報の非対称性」を利用した商法をおとりと定義するならば、どうやってくじの組み合わせを選んでいるか分からないブラックボックスを盾に、「偶然起きた現象」との抗弁を続けるBIGをそう断じても問題はないだろう。
情報の非対称性が存在し続ける以上、おとりはなくならない。だが、消費者はバカではない。そんなヌルい状態にあぐらをかき続ける商法はいずれ消費者の信用を失い、総スカンを食らうことになる。それだけは間違いない。
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