健康社会学者の河合薫氏と北海道大学大学院理学研究院教授の黒岩麻里氏によるオンライン対談「やがて男はいなくなる? 消えゆくY染色体とおじさん社会」の第1回をお届けします。記事の最後のページでは対談動画をご覧いただけます(編集部)。
※本記事は、対談の模様を編集してまとめたものです。
河合薫氏:今回の対談は「やがて男はいなくなる? 消えゆくY染色体とおじさん社会」という、少々刺激的なタイトルをつけさせていただいたのですが、そもそも「Y染色体がある=男性」という考え方自体が間違っている、という理解でよろしいんでしょうか。
黒岩麻里氏:その通りです。教科書的には、Y染色体を持つと必ず男性になるといわれているんですね。ところが、地球上の幅広い生物を見ると、染色体で性を決めているものもいれば、まったくそれとは関係ないものもいます。例えば、周りの環境だったり、温度だったり、自分と他者との関係だったりで性別が決まる、あるいは、いったん決まった性を変えちゃう生物もいっぱいいるんです。その仕組みの多様さというか、柔軟さがすごく面白くて研究しています。
遺伝子数が40分の1に……
河合:何かもう、いきなり聞きたいことだらけになってきました(笑)。実はこの対談を告知した際に、「河合薫はいつもジェンダーでの性差を言っているけれども、生物学者としたらジェンダー論なんてないんだろうな」といったコメントが読者から寄せられたのです。今のお話だと、環境によって性が決まるとしたら、生物の社会にもセックスとジェンダーの両方の性があるってことですよね?
黒岩:そうですね。ちょっと難しいんですね。ジェンダーとセックスはあくまでも分けて考えないといけないのですが、生物学的な性差はものすごく多様で、固定的なものはないんです。だからそういう多様さ、柔軟さ、あといいかげんさを見ると、そこからジェンダーを学ぶことはあります。
河合:なるほど。では、今のお話も含めて少しずつ理解を深めていきたいと思います。まずは私たちが学生のときに学ぶY染色体について教えていただきたいのですが、黒岩先生は「Y染色体は淘汰されていく」というお話を様々なメディアでなさっていますが、なぜ、XではなくYなんですか。しかも、なぜ淘汰されてしまうのでしょうか。
黒岩:実は、淘汰も進化の形の1つなんです。
河合:えっと……進化するために淘汰する?
黒岩:研究者の中には、退化という言葉を使う人もいます。いずれにせよ、進化っていいことばかりじゃないので、退化も淘汰もどちらも進化なんです。Y染色体の進化は、遺伝子(の数)をどんどんなくしていくことです。実際に男性が持っているYというのは、遺伝子がすでに50個ぐらいしか残ってないんです。
河合:50個では、少ないのですか?
黒岩:女性、つまりXXと比較すると、少ないです。Xには2000個以上の遺伝子があるといわれています。
河合:Yの40倍!!
黒岩:もともとYにも、2000個ぐらい遺伝子があったはずですが、もう50個ぐらいに、すごく小さく、少なくなっていて、今も(減少が)進行中です。いずれ遺伝子がなくなって、Y染色体自体がなくなるといわれています。
河合:ああ……やっぱりなくなってしまうのですか……。
黒岩:でも、これも偶然なんです。「Yだけが、そんなひどい目に遭って」と思う方もいらっしゃるでしょうが、本当に進化の偶然なんですよ。XとYという2つの違う染色体が生まれたとき、最初はその違いはすごく小さいもので、ほとんど同じ。ちょっと違うという程度でした。なので、Xの遺伝子が淘汰されていっても構わなかったんです。でも、たまたまちょっとしたきっかけで、Yが選ばれたということです。
北海道大学大学院理学研究院教授
河合:先生、すみません。ちょっと頭が混乱していて、すごく基本的な質問ですが、今のお話は人のお話でしょうか?
黒岩:はい、哺乳類すべてが、ほぼ同じXYを持っていますから、人もそうです。哺乳類のYはどんどん小さくなって、遺伝子が減ってきています。あと私たちのXやYとは違うのですが、同じ仕組みでXやYを持っている哺乳類以外の生物もいます。そういった生物の中には、やはりY染色体がちっちゃくなっちゃっているやつらもいるんですね。染色体が小さくなって、遺伝子が淘汰されていくという運命は、別に人、哺乳類に限らず、他の生物がたどっている場合もあります。
Yオリジナルで進化した遺伝子
河合:ということは、人の場合で考えると、今の私たちが生きている時代では、XとYというのが当然のようにあって、Yが性差を決めている。しかし、古代に遡ると、Xしか持ってなかった時代とか、Yの方が多かった時代とかもあったかもしれない?
黒岩:その辺のことは、かなりしっかり研究されています。哺乳類の祖先種が生まれたのが、3億年ぐらい前です。一方、今、私たちが持っているXYの原型ができたのが、1億7000万年前ぐらいといわれています。つまり、それ以前はXYが性を決めていたわけではなかったと、考えられています。
では、どうやって性を決めていたか、ってことになるんですけど、正直分からない。研究者によっては遺伝子や染色体ではなく、環境で決めていたんじゃないかという方もいらっしゃいます。ただし、化石では遺伝子や染色体を見ることができないので、あくまでも推測にすぎません。
河合:ということは、今、弱体化してる人のY染色体が、いったん淘汰されたあとに、何かの偶然で、またY染色体が復活する可能性もあるってことでしょうか?
黒岩:一応、人のY染色体をいろいろと研究した結果、復活した遺伝子はないんです。だから、復活する可能性は否定できませんが、減る一方とみるのがメジャーな見方だと思ってください。
河合:Y染色体は、先生は今いくつあるとおっしゃっていましたっけ。
黒岩:50種類ぐらい。
河合:Yは50種類。Xは2000種類。
黒岩:はい。2000以上ですね。
河合:2000種類以上。これ、言い方が難しいのですが、Xつまり、女性の方が強くなっているということですか。
黒岩:そういう見方もできます。Xに2000種類ぐらいあるとして、女性はXXだから4000種類ですよね。男性はXYだから2050種類じゃないですか。2000種類ぐらい遺伝子の数が違いますよね。だから、女性の方が有利なんだとおっしゃる方もいます。
でも、実はYにある50種類って、Yオリジナルで進化している遺伝子なんですよね。
河合:ほーっ! Yにしかないスペシャルな遺伝子!
黒岩:50種類の遺伝子は、Yにしかない。女性は持っていないってことです。一方、Xは1本だけど男性も持っているから、数は少ないけど種類としては同じものを持っていますよね。つまり、男性は50種類も女性にないものを持っていると考えたら……、男性の方にアドバンテージがあるってことになりませんか?
河合:確かに。何かに対して、ものすごい有利な気がします。
黒岩:そういう見方、考え方もできる、ということです。
河合:最近は、LGBTやトランスジェンダーが多様性の話の中で出てくるようになりましたが、XXとXYというほど男と女というのは単純ではなく、実際にはXXXYとか、XXXYYYとか、いろいろな形がありますよね?
健康社会学者(Ph.D., 保健学)、気象予報士
黒岩:X染色体やY染色体の本数が違う方がいらっしゃるということは、実はものすごく昔から知られていました。ただそういう方たちは、いわゆるマイノリティー、少数例だと思われていた。ところが、最近の研究でそういう方たちの割合は、もっと多いんじゃないかということが分かってきています。
ある研究報告だと、例えばXXYの方というのは500人から1000人のうち1人の割合だという報告があるのですが、検査しない限り分からないので、実際にはXXYだけど、一生気付かない人もいます。そうやって考えると、実はXXYの方はもっと多くて、6~7割いらっしゃるんじゃないかといわれています。
つまり単純に「XXは女性、XYは男性」という分け方はできないというのが、今の考え方です。
性染色体をコロコロ乗り換え
河合:そうやって考えていくと、男だの女だのと二分して、男性差別や女性差別をしてる人間って、何か残念ですよね。すごくレベルの低いことを、人間はやっているんじゃないかって、悲しくなります。
黒岩:本当に、その通りです。
河合:あの……、実は私、最近ちょっとY染色体が出てきたんじゃないかなと、思うことがあるのですが(笑)。
黒岩:調べてみますか(笑)。
河合:そういうことってあるんですか? 実は、隠れていたY染色体が出てきたとか、気が付かなかったのが出てきたとか、あるいはX染色体がY染色体に変化しちゃったとか? そういうのが、一人の人間に起こり得るですか?
黒岩:調べてみないと、本当に自分がどの染色体を持っているかなんて、正直分からないんですよ。
河合:よくひげが生えてくるおばさんがいますよね。あ、私は生えてませんが(笑)、年を重ねてくると、自分の中での性別がどっちに行っているんだか分からなくなるようなことがあるんですよね。そういう「アンタ変だよ!」と言われそうな、私の妙な感覚も、生物学的な視点に立てば当たり前のことかもしれないということですよね。
黒岩:当たり前です。性別という言葉は、やっぱり本当は語弊があるんです。生物学的に考えると、別ではない。つながっているんです。男性、女性、雌雄ってつながっていて、どの辺の位置にあるか、というのは人によってそれぞれです。男側、女側に二分できるものじゃないんですよ。
それは遺伝子の働き方もそうだし、あとひげとか体毛とかってホルモンの影響も大きいんですよね。そういうホルモンの働きも、一生涯のうちで大きく変わるので、ずっとこのタイプと決められないと思いますね。
河合:ちょっと違う話になりますけど、今先生がおっしゃったことって健康社会学でも似たような考え方をするんです。健康と不健康というのはコインの表裏ではなくて、1本の連続帯上にあるという考え方です。元気になる力があれば、どんどん健康になっていくし、逆にストレスとなるようなマイナスの力に引っ張られると健康破綻に向かいます。どちらに向かうかは、環境の影響をものすごく受けます。
黒岩:なるほど、確かにどの位置にいるかで、健康状態は変わりますよね。
河合:哺乳類以外では、XとYはどうなっているのですか? つまり、やはり男と女の連続体の両端に、何があるのかなぁ、と。
黒岩:魚のある種ではYでオスを決めるんですが、別の種は全然別の染色体でオスを決めていたり、Yを簡単に捨てたりするんですよね。性染色体を、コロコロ乗り換えたりすることもあります。
河合:乗り換え? しかも、コロコロ? うわぁ……興味津々です!
(次回へ続きます)
本コラムに大幅加筆のうえ新書化した河合薫氏の著書は、おかげさまで発売から1年近くたっても読まれ続けています。新型コロナ禍で噴出した問題の根っこにある、「昭和おじさん型社会」とは?
・「働かないおじさん」問題、大手“下層”社員が生んだ悲劇
・「自己責任」論の広がりと置き去りにされる社会的弱者……
・この10年間の社会の矛盾は、どこから生まれているのか?
そしてコロナ後に起こるであろう大きな社会変化とは?
未読のかたは、ぜひ、お手に取ってみてください。
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この記事はシリーズ「河合薫の新・社会の輪 上司と部下の力学」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。