東京港区の広尾学園などで8月3日と4日、教育環境の変革をテーマにしたイベント「Learn by Creation 2019」が開催され、教育者、クリエーター、起業家などが参加した。アドバイザーとしてイベントに関わった孫泰蔵さんの講演は、子どもだけでなく大人も含めた教育のあり方について触れ、示唆に富む内容だった。その概要をレポートする。(構成・文/日経BP 書籍編集1部部長・中川ヒロミ)
学ぶべきスキルは時代によって大きく変わる
100年に1回くらい、世の中がドラスチックに大きく変わることがあります。そして今、まさにその変化が訪れようとしています。
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例えば「移動」を考えてみましょう。
19世紀に人が移動するときには、馬や馬車に乗っていたので、馬を操るスキルが必要でした。20世紀になるとクルマが普及し、クルマをつくり、運転するスキルが必要になりました。そして21世紀の現在には、自動運転の技術が開発されています。ハンドルも運転席もない完全自動運転の「レベル5」と呼ばれるクルマの開発も進んでいます。すると移動に必要なスキルというのは、自動運転に必要なAI(人工知能)を駆使する技術になる。このように、時代とともに必要なスキルも全く変わってきたわけです。
こうした変化の一方で、教育機関や学校はどうでしょうか?
19世紀に学校で教えていたのが「読み」「書き」「そろばん(計算)」。20世紀になると、さまざまな知識を教えるようになった。たくさんの知識を持ち、その知識を応用できる人が「頭がいいね」「成績がいいね」と言われてきました。では、21世紀になるとどんなことが必要になるのでしょうか? 21世紀は技術が進化し、AIが登場し、そんな時代にこれまでの知識を教える方法でAIに負けないのでしょうか?
最優先で子どもに教えたいこと
この問いを考えていく上で、僕が立てた問いがこちらです。
「もし明日死ぬとして、自分の子に一言だけ遺言を残すとしたら、どんな言葉を遺す?」
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たった一言だけ、大事な子どもに伝えるなら何を言うのか?って考えるのです。みなさんもぜひ、考えてみてください。
僕の答えはこちらです。
「世界は自ら変えられる」
これ、かっこつけ過ぎでしょって言われるかもしれません。僕自身が、かっこよ過ぎるでしょって、自分で突っ込んじゃいます。もちろん、これでいいのかなとか、正解なんてないのかもしれないとも考えています。でも、子どもの幸せを考えていくと、こうなんじゃないかなって思うんです。
親は、自分の子には幸せになってもらいたいですよね。じゃあ、人間の幸せって何なんだろう。
僕は、「自分自身で何かを切り開いて、主体的に生き生きとしていること」、これこそが幸せなんじゃないかと思うんです。どうやったらそうなれるんでしょうか? やっぱり「希望」があることではないでしょうか。
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「どうせできないよね」「そんなの無理だよね」って思ったら、生き生きと自分で主体的に何かを始めることはできないでしょう?
ここで考えてほしいのです。あなたは自分が世界を変えられると本気で信じていますか? 世界じゃなくても、自分が行動を起こして、会社を動かせる、変えられると思っていますか?
今の日本では…日本に限りませんが、自分が何かを変えられると感じていない人が多いと思うんです。そのような状態は、幸せなのでしょうか。
だから21世紀の教育では、自分で希望を持って、小さなことでも未来を切り拓く力をつけることが大事だと考えているんです。
例えば、何かを生み出すクリエーティブな力が必要だと言われるけれど、今の学校でも初等教育まではクリエーティブを育む時間がある。けれど学年が上がるごとに減ってしまう。
実際、今の学校が創造性を高めるのに最高の場所か?と問われれば、どうでしょうか。子どもが学校で面白そうなことを勝手に始めたら叱られますよね。クリティカルシンキング(批判的思考)の考え方は大事だと言われるけれど、クリティカルシンキングの何でも鵜のみにしないという思考で「先生、それ違うんじゃない?」なんて言ったら、怒られちゃいますよね。
これだけ動きが速くて非連続になっている世の中に、今の学校の設計思想はフィットしていないのではないでしょうか。だから僕らは、VIVITAをつくり、千葉県・柏の葉(柏市)で子どもたちに新しい学びを提供するVIVISTOPという空間をつくりました。ここは完全に無料でカリキュラムがなく、子どもたちがアイデアを持ってくるとそれをプロジェクトにしてみんな自由にモノをつくっています。
いつでも学べる開かれた教育システムをつくりたい
最後に言いたいことは、「ライフロング・ラーニング(生涯学習)」の大切さです。これまでの社会では、幼少期から20歳を過ぎるくらいまではひたすら「とにかく勉強しなさい」と言われ続ける。そして今度は社会人になるとひたすら「とにかく働きなさい」と言われ、勉強する時間は全くなくなる。そして65歳になると、「引退しなさい」「もう働くな」と言われてしまう。しかし、これは平均寿命が60歳に満たなかった時代の人生の送り方を基準にしたもの。平均寿命が100歳に近づく時代になって、この学び方、働き方でいいわけがありません。平均寿命が延び、時代が大きく変わりつつあることと、現在の社会の設計、そして私たちのマインドセットが合っていないんです。
だから僕は、時代に合った小中一貫校を来年9月にシンガポールで開校しようとしています。それを通じて初等教育の再発明をしたいと思っています。人間は学びたくなったらいつでも学び、働きたければいつでも働き、好きなときに好きなことができるという開かれた新しい教育システムをつくりたい。
僕の子どもは6歳なんですが、宇宙に興味があります。僕も子どもと一緒に宇宙のことを勉強しているけれど、僕が子どもから教えてもらうこともたくさんあります。だから、来年つくる学校には、僕も子どもと一緒に通うつもりです。
写真/竹井俊晴(撮影は2018年7月)
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この記事はシリーズ「孫泰蔵「思考停止を疑え」」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。