宣誓 : 特集
【15年経った今だからこそ、語られることがある】東日
本大震災、避難所。あの時・そこで、自衛隊は何をして
いたのか? 監督が魂で追求した“リアル”に衝撃を受け
“慟哭の物語”に感涙する…まさに“直視すべき”渾身作。

東日本大震災からまもなく15年。
ニュースで報じられた「絆」や「復興」背景で、
そこで最後の砦として立ち続けた“自衛隊員”たちは、どんな現実と向き合っていたのか。

3月6日に公開される映画
【予告編】だからこそ、私たちは生きていく――
【なぜ、いま直視すべきなのか?】ニュースでは報じら
れない“リアル”と“物語”が、あなたの魂を揺さぶる。

●【リアルの“衝撃”】
東日本大震災。避難所ではなにが起きていたのか? そして自衛隊はなにをしていたのか? 15年経った今だからこそ、語られることがある。

本作最大の特徴は、“避難所の現実”と“自衛隊が果たした役割”を、驚くほどのディテールで克明に映し出している点にある。
震災をめぐる映画は数多く作られてきたが、双方にここまで詳細にフォーカスした作品は極めて稀だ。

両親を失った少女。隣家の女性や避難所で出会った老人が、少女の保護者となっていたこと。震災後、はじめて配られた温かい食事を、みんなで泣きながら食べたこと。
自衛隊員が携帯する食料(缶詰)は、湯煎しなければ割り箸が折れるほど硬いこと。義援物資が山のように届いても、配布できない理由があること――。

そうした状況で、自衛隊員たちはどんな信念を胸に抱いていたのか。劇中のセリフが、彼らの覚悟を代弁する。

しかしながら――本作は自衛隊を礼賛するものではない。たしかにそこで起きていたことを、スクリーンにまざまざと再現するのだ。
あれから15年が経つ今。あなたは本作を、どのように観るだろうか。
●【物語の“慟哭”】
津波で妻子が行方不明、それでも任務を抜けず、被災者のために動く自衛隊員。両親を失い孤独に暮らすなか、隊員との交流で“なにか”を取り戻す少年――

本作の価値はリアリティだけではない。観る者の感情を大いに揺さぶるヒューマンドラマも特筆したい。
主人公の自衛隊員・春日三尉(演:前川泰之)は、自身も津波で最愛の妻と幼い娘が行方不明になっている。しかし、彼は自衛官としての職務を全うし、被災者のために動き続ける。

引き裂かれるような悲しみを抱えながら、他人のために己を捧げるその背中を、両親を失った少年・和樹(演:齋藤優聖)が見つめていた。
不安と孤独のなかで凍りついていた少年の心は、懸命に他者に尽くす春日の姿に触れるうち、少しずつ溶け出していく――。
喪失という深淵で出会った2人の交流は、観る者の心のいちばん柔らかな場所に触れ、温かな涙をとめどなく溢れさせるのだ。
【“凄み”の理由を知るために】監督へ独自取材!判明
したのは「ここまでやるか」と驚愕する“細部の追求”

メガホンをとったのは、映画.comでのユーザー評価が★4.2と極めて高い「陽が落ちる」で知られる柿崎ゆうじ監督。
そして本作「宣誓」は、なぜこれほどまでに観客の心を激しく揺さぶるのか? その“根源”迫るべく、映画.comが柿崎監督の独自取材を敢行。判明した、尋常ならざる“リアルへの追求”と驚がくの制作秘話を、一挙にご紹介しよう。
●ここまでやるか…!?:1年にわたる綿密な“インタビュー”編

震災当時、災害派遣に従事した現役自衛官(指揮官から隊員まで)らに、約1年間に及ぶ綿密な取材を実施。ノートとペンを携えた取材はもちろん、ときにはともに食事しながら語らう雑談も重視し、公式記録には残らない当時の隊員たちの“体温”や“空気感”を収集した。
●ここまでやるか…!?:リアリティ編

柿崎監督自身も震災直後から7年間にわたり現場に通い続け、自ら目撃した光景や経験を作品に反映。インタビューと融合させることでリアリティの土台を築き上げた。劇中には、震災直後に監督自身が撮影した現地の映像も使用されている。
●ここまでやるか…!?:小道具編

多くの隊員が駐屯地の売店などで購入し、実際に愛用している特定のメーカー(ステッドラー)の筆記具や、手袋を挟むクリップなどを小道具に採用。普通の観客は気づかないかもしれないが、自衛官がみれば「そう、これこれ!」と膝を打つような、細部の細部にまで魂をこめている。
●ここまでやるか…!?:衣装編

迷彩服の下に隠れて、カメラには絶対に映らない下着や靴下。監督はこれらもすべて、実際に隊員が使っているものを揃えて俳優たちに配布した。撮影期間中だけでなく、普段から着用して馴染ませるよう指示することで、「演技ではない感覚」を引き出すことを目指したのだ。
●ここまでやるか…!?:缶詰編

自衛隊員の缶詰の食事(缶飯)は、現在はレトルトに切り替わっており現物が存在しない。しかし監督は、「当時の空気」を最もよく表現するこの幻の小道具に強くこだわった。全国の元隊員らに呼びかけ賞味期限切れの缶を集めたり、実際に米を限界まで詰め込んでプレスするなどして、執念で用意した。
●ここまでやるか…!?:撮影時の演出編

撮影時、車両の配置や人物が歩く順番、歩き方などを、映像的な都合ではなく“実際の部隊の規律”に従って決定した。俳優は無意識に人と違う演技をしたがるものだが、「自衛官としての正しい姿」に基づき、手の振り方や相槌にいたるまで厳格に演出。揺るぎないリアリティを作品全体に行き渡らせている。
以上、柿崎監督のリアリティへのこだわりが、作品の強固さを一段も二段も確かなものにし、ドキュメンタリーに勝るとも劣らない説得力を与えていることを十二分にご理解いただけたかと思う。
記事の最後に、あなたの心を決める「最後のひと押し」として、そんな「宣誓」をいち早く鑑賞した編集部のレビューをお届けしよう。
【編集部レビュー】強さではなく弱さを知った時、思い
はつながる――「宣誓」の題名に込められた意味とは。

●文字にして書くとなんでもないシーンに思える。しかし、その映像には、言葉にはできない「ドラマ」が宿っている。

筆者の脳裏に、今も焼きついて離れないシーンがある。
劇中、老人が微笑み、配給された温かいカレーを自分より先に幼い少女へ食べさせる。少女はぽつりとつぶやく。「ママとパパは食べられるのかな」。
こうして文字で書くと、なんでもないシーンに思えるかもしれない。しかしどうかスクリーンに映る“行間”を読みとってほしい。本作のあらゆる瞬間に、そこに漂う光や空気のすべてに“感情”が痛いほどに溶け込んでおり、何の変哲もないシーンでも不意に涙がこぼれそうになる。

「涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の本当の味はわからない」。ゲーテの言葉が頭に響き渡る。配給のカレーを頬張った少女や主人公の少年・和樹は、あまりにも早く、「人生」を味わったのだろうか。できることなら、知らなくてよかったものかもしれない。
しかし知ったからこそ、彼女・彼らの中に芽生えた“生きる力”の確かな熱を、静かに、そして途方もない力強さで描き出すのだ。私はそこに、「宣誓」の真心を感じて仕方がない。
●“強さ”を見たときよりも、“弱さ”を見たときにこそ、思いは繋がるのかもしれない。

本作の登場人物は、超人的なヒーローではない“普通の人々”だ。
私の魂を強く揺さぶったのは、彼らが「強い」からではない。張り詰めた糸が切れるように表出する彼らの「弱さ」を、ごまかさずに描いているからだと思う。

主人公である自衛隊員・春日は、妻子が行方不明だ。避難所の所長も、笑顔で自衛隊を案内しているが、実は孫がいまだ見つかっていない被災者の一人だった。
彼らがどれだけ気丈に振る舞っていても、ふとした瞬間に悲しみは襲ってくる。どうしようもなく漏れ出た春日や所長らの嗚咽を、少年・和樹が偶然、目撃してしまう。

その時の和樹の行動をぜひ映画館で観てほしい。筆者は激しく胸を打たれた。消し去れない弱さを知ったとき、しなやかで強い絆が生まれ、本当の意味で「思い」が繋がるのだと思った。
こうした“気づき”が本作には無数にあり、これだけでも鑑賞する価値が大いにあったと断言したい。単純ではない複雑な妙味を湛えた感動が、筆者の胸の隅々まで広がっていった。
●個人の人生よりも、使命が上回ることのすさまじさ。それでも悲しさはやってくる。しかし、果たすべき使命がある――。

悲しみを押しとどめ、使命のため・他者のために働くことの崇高さ。それでも、悲しみが使命感を丸ごと飲み込んでしまう瞬間が、どんな者にも必ずやってくる。しかし、それでも。使命のために働くのだ――。
本作は“人間性と使命感の揺れ”というテーマを、自衛隊員が入隊時に誓う服務の“宣誓”に託している。
誓うこと。果たすこと。貫くこと。それはとても難しく、重い。だからこそ尊い。
果たすべき使命がある――本作の一瞬一瞬に、私たちは「生きる」ことの輝きを見つめることになる。


