人はなぜ眠らなければならないのか? いまだに科学が解明できていない疑問に、覚醒をつかさどる物質「オレキシン」を発見した著者。
脳は睡眠時に洗浄されてアルツハイマー病を防いでいるという新研究、世界で初めて日本が発売した画期的な不眠症治療薬、寝不足でたまる「睡眠負債」とは何か、どう返せばいいのか……。
「睡眠」に関して、その神経科学的なメカニズムや役割などについて解説した『睡眠の科学 改訂新版』。その著者・櫻井武氏が、脳科学と睡眠の興味深いトピックをご紹介します。今回は、レム睡眠とノンレム睡眠の役割についての解説お届けします。どちらも記憶の固定に大きな関わりがありますが、とくにノンレム睡眠についての研究成果に目覚ましいものがあるようです。
*本記事は、『睡眠の科学 改訂新版』(ブルーバックス)を再構成・再編集してお送りいたします。
「手続き記憶」で顕著な睡眠の効果
記憶にはいくつかの種類がある(表「記憶の種類」)。
記憶の種類
宣言的記憶
- エピソード記憶
- 意味記憶
…………海馬、大脳皮質
非宣言的記憶
- 手続き記憶
…………大脳皮質、大脳基底核、小脳
- 情動記憶
…………扁桃体、海馬
まず大きく分けて、記憶は「宣言的記憶(陳述記憶)」と「非宣言的記憶(非陳述記憶)」に分けられる。「宣言的記憶」とは言葉で説明できる記憶であり、その成立には側頭葉の内側にある海馬という部分に重要な役割があると考えられている。
宣言的記憶
宣言的記憶はさらに、体験した出来事に関する「エピソード記憶」と「意味記憶」に分かれる。
「エピソード記憶」とは、日記に記述できるような、場所、時間などの情報をともなう個人的に体験した出来事に関する記憶である。たとえば、「先週の木曜日、渋谷で友人の景子にあった」などがこれにあたる。エピソード記憶のなかでも、とくに場所に関わる記憶は「空間記憶」とよばれることもある。
たとえば普通、私たちは駐車場に停めたクルマの場所を覚えていることができる。これが空間記憶である。
エピソード記憶に対して「意味記憶」とは、個人的なこと、一般的なことも含めて、特定の出来事に関わらない一般的な事項に関する記憶である。たとえば「渋谷」などの場所の名や、友人の「景子」という名前は意味記憶にあたる。
非宣言的記憶
「宣言的記憶」に対して「非宣言的記憶」には、「手続き記憶」や「情動記憶」がある。
「手続き記憶」というのは、文章や言葉で表現できない、技巧や運動技能などに関する記憶である。たとえば楽器の演奏や、スポーツ、テレビゲームなど、頭で考えなくても繰り返していくうちに上達するものについての記憶がこれにあたる。よく研究に使われているのはこの(非宣言的記憶であるところの)手続き記憶である。
なぜなら、宣言的記憶は意識が必要な記憶なので、そのときの気分や集中力に左右され、また個人差も大きいから評価が難しいのである。とくに睡眠は集中力に影響を与えるから、集中力が結果を大きく左右するような課題は好ましくない。そこで、手続き記憶を用いた研究が一般的となる。前述の「回転図形描写課題」やテトリスの上達度も、手続き記憶に関するテストである。
手続き記憶には大脳皮質のほか、大脳基底核や小脳が主要な役割をはたしている。そして睡眠が手続き記憶の強化に非常に重要であることは、前述の実験例が示唆している。
また、睡眠によって古い記憶が向上することはなく、新たに覚えた比較的最近のものを向上させることが知られている。