「若き母に 手を引かれ来し幼児に 相続税を 我の課したり」。かつてこう歌われた相続税の悲哀を、菅内閣や財務省は理解できないだろう。何せ「世紀の大増税」を目論んでいるのだから---。
お年寄りの資産を狙え
1949年、米国のシャウプ博士を中心とする7人の税制使節団が日本の地に降り立った。GHQの要請によって結成された彼らの使命は、「戦後体制にふさわしい日本の新しい税制」を作り上げること。そしてシャウプ以下、後のノーベル経済学賞受賞者など最新の税財政理論に精通した専門家たちは侃々諤々の議論をかわし、「シャウプ税制」と呼ばれる税体系を作り上げた。
「世界で最も優れた税制」を目指して作られたにふさわしく、高く評価されているこの税制は、今日に至るまで日本の税体系のベースとなっている。中でも賞賛を受けているのが相続税についてのもので、財政・税制学者の間でも「相続税論のテキストブック」と呼ばれている。
シャウプの考えた相続税の課税根拠の一つは「富の集中排除」。そして「平成のシャウプ勧告にする」と意気込んで作られた平成23年度税制改正大綱では、文字通り、富裕層をターゲットとする「相続税の大増税」が打ち出されている。
「今回の相続税増税のポイントは二つ。一つは最高税率を50パーセントから55パーセントに引き上げたこと、もう一つは基礎控除と呼ばれる非課税枠を4割ほど縮小させたことです。狙いは富裕層にもっと相続税を支払わせること。いままでは会社経営者など一部の人だけが相続税を払っていたが、これからは取締役や部長クラスも納税の義務を負うようになる。
年金や退職金などを運用していればなおさらだし、死亡保険金に対する非課税枠も圧縮されるため、納税者は現在の1.5倍ほどに増えるといわれています」(相続税を専門に扱う都内の税理士法人チェスター代表の福留正明氏)
半世紀ぶりの大改革と呼ばれるほどの増税だが、実はいまこの相続税をめぐって、さらなる「大増税」が実施される可能性が出てきている。しかもその税率は「80パーセントになる」とまでいわれているのだ。
信じがたい計画だが、今回の相続税増税の決定過程を詳細に見ると、現実味を帯びてくる。
「昨年開かれた税制調査会では、法人税の引き上げなどについては委員の意見が交錯する場面が見られた。それなのに相続税の議論になると、なぜかまったく反対の声が出ない。五十嵐文彦財務副大臣が『ご意見は』などと聞いても、まるで出来レースのように異論を唱える者も皆無。最初から最後まで財務省主計局の旗振りのもとで事が進められ、増税案がすんなり決定したんです」(税調関係者)
少しでも負担が増えるとなれば国民の反感が噴出するため、増税議論は紛糾するのが常。それが「無風状態」でスルーされたのにはワケがある。
「実は相続税増税については、1年前から布石が打たれていたんです。平成22年度の税制改正大綱には『格差是正の観点から、相続税の課税ベース、税率構造の見直しについて平成23年度改正を目指します』と、こっそり明記されている。