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僕は、デジタルは人間に恩恵を与えるものだと信じている。だから今日も、僕はデジタルの領域で活動する。(中略)その一方で、僕は不思議な違和感を覚えるようになっている。はじめは小さかったこの違和感は、デジタルが世を覆い尽くすにつれ大きくなっている。(中略)人間はもちろん人間のためにデジタルを駆使し、進化させようとしているはずだ。……にもかかわらず存在する違和感。その違和感の正体を突き止め、真摯に対峙しなければ、訪れる未来は必ずしも明るいものにはならないだろう。このような予感が、本書を執筆する原動力になっている。――小川和也・著『デジタルは人間を奪うのか』「はじめに」より
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ドラえもんのひみつ道具が次々と実現
世界の総人口は70億人を超えた。
2050年には96億人、2100年までに100億人を上回る見通しだ。世界の人口が増すにつれ、デジタルの存在感、それが及ぼす影響力も増す一方だろう。
デジタルは、人類の歴史の中でもとりわけ大きな変革を起こそうとしている。あらゆるものの効率化を促し、これまでの不可能を可能にする。人間の脳や身体を補完し、労働を肩代わりする。漫画の中のつくり話を、どんどん現実のものとする。
実は、ドラえもんがポケットから出したひみつ道具の多くがもはや夢ではなくなっている。たとえば、糸電話の紙コップを模した道具である「糸なし糸電話」。離れたところで話ができるこの道具はまさしく携帯電話として世の中に普及している。
鉛筆状の筆記用具に六角形をしたコンピュータらしきものがついている「コンピューターペンシル」。これを使えば、量の多い仕事や勉強でもあっという間にすらすらと終わらせられる。これはまさに、いまのパソコンに置き換えられる。ディスプレイの世界地図から描きたい地点を指定し、そこの風景などを描くことができる「いつでもどこでもスケッチセット」は、グーグルのストリートビューに近い。紙の上に物を載せるとその物と同様の立体的な複製が紙から出てくる「立体コピー紙」などはまさに3Dプリンターだ。
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「こんなこといいな できたらいいな」というアニメの『ドラえもん』の主題歌にノスタルジーを感じるほど、かつての空想の話もいまや現実の話になりつつある。近い未来には、さらに多くのひみつ道具が実現されることになるだろう。
これらの空想を現実のものとしているのは、まさにデジタルだ。
デジタルの恩恵を味わえば味わうほど、もはやデジタルのない世界へさかのぼることは難しくなる。デジタルはこれからますます社会を覆い尽くし、人間が100億人を超えているであろう2100年の世界では、デジタルの影響はいまの比ではないものとなっている。降りることのできないデジタルの船はいまよりずっと先に進み、その時にはその中で暮らす人が100億人を超える。そういう日が、やがて訪れることになる。