「制海権確保」に重要な商船数も圧倒的に非力な米国
19世紀に活躍した米海軍の軍人で地政学の研究者でもあるマハンは、海軍戦略や地政学の“古典”と呼ばれ、世界中の海軍関係者が支持する著書『海上権力史論』の中で、世界の覇者となるには、制海権の確保が必須だと力説した。
そして、これには「海軍(艦艇数)」「造船」「商船隊(海運)」の三本柱が不可欠で、海外拠点(当時は植民地)の構築も重要だと説く。この論に従えば、米海軍の場合、艦艇数では中国に抜かれたものの、空母、原子力潜水艦の隻数や長年の経験値で他国を圧倒している。依然として世界最強の海軍であると言えるだろう。
だが「造船」は非常に脆弱で、同盟国への外注が最も現実的な対応策だと思われる。
同様に「商船隊(海運)」もアメリカの弱点だ。UNCTADによれば、2024年の世界の商船船腹量(船主国ベース)は約23.3億D/W(載貨重量トン数)で、1位ギリシャ約4億D/W、2位中国約3.1億D/W、3位日本約2.4億D/Wと続く。
この上位3カ国は4位のシンガポール約1.5億D/W、5位香港の約1.4億D/W以下を大きく引き離し、またアメリカはトップ10ランク外の13位で、約0.5億D/Wに過ぎない。
注視すべきは、中国が香港を加えると約4.5億D/Wになり、ギリシャを抜き事実上世界最大に躍り出る点だ。単純計算で実に世界の5隻に1隻は中国の貨物船となる。
![中国の海運力を象徴する世界最大の海運企業COSCO](https://jbpress.ismcdn.jp/mwimgs/2/c/600mw/img_2c9f40b5ea7875c499003a9db36b43a4213019.jpg)
海運は貿易や経済活動の根幹で、米海軍はもちろん世界中に展開する米軍を維持するための物資輸送、つまり兵站(後方支援)にとっても欠かせない。アメリカは軍の輸送業務に外国船籍を組み入れることに敏感で、国防権限法に基づく国家防衛輸送システム(NDTS)に従い、軍事的に機密性の高い物資輸送に関しては、自国の貨物船を優先し、次に同盟国の商船を活用する。
一方、軍用と言っても将兵が消費する日用品や食糧、建築資材など、機密性の低い物資については、費用対効果を考えて一般の商業用コンテナの利用も多く、サプライチェーンの中には、中国籍のコンテナ船が組み込まれているのも普通だ。
だが、仮に米中対立が深刻化し、中国がアメリカに対し、自国船籍の商船の使用を全面禁止する措置をしたらどうなるか。米軍用の機密性の高い物資は、何とか自国船籍の貨物船でカバーできそうだが、機密性の低い物資や、民間の輸出入用の船舶の確保には支障が出る可能性が高く、同盟国の支援が欠かせない。
1位のギリシャや3位の日本をはじめ、10位以内には韓国、ドイツ、イギリス、ノルウェーなどの同盟国が軒を連ね、親米の台湾も8位に控える。これら船腹量の合計は約3.4億D/Wで中国に匹敵するため、アメリカにとっても頼もしい存在だろう。
トランプ氏が最大の脅威と見なす中国に対抗するには、同盟国の援護が不可欠だが、これとは正反対に、同盟国軽視の振る舞いを加速させている。
早くも2026年の中間選挙を見越し、ロケットスタートのごとく矢継ぎ早に新手の政策を繰り出すトランプ氏だが、「アメリカ・ファースト」で目先の利益だけを追求し、親米国に牙をむく戦略は、かえって米国の安全保障(国防戦略)を中長期的に脅かす結果になりかねない。
【深川孝行(ふかがわ・たかゆき)】
昭和37(1962)年9月生まれ、東京下町生まれ、下町育ち。法政大学文学部地理学科卒業後、防衛関連雑誌編集記者を経て、ビジネス雑誌記者(運輸・物流、電機・通信、テーマパーク、エネルギー業界を担当)。副編集長を経験した後、防衛関連雑誌編集長、経済雑誌編集長などを歴任した後、フリーに。現在複数のWebマガジンで国際情勢、安全保障、軍事、エネルギー、物流関連の記事を執筆するほか、ミリタリー誌「丸」(潮書房光人新社)でも連載。2000年に日本大学生産工学部で国際法の非常勤講師。著書に『20世紀の戦争』(朝日ソノラマ/共著)、『データベース戦争の研究Ⅰ/Ⅱ』『湾岸戦争』(以上潮書房光人新社/共著)、『自衛隊のことがマンガで3時間でわかる本』(明日香出版)などがある。