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NHK大河ドラマ『べらぼう』で主役を務める、江戸時代中期に吉原で生まれ育った蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)。蔦重はいかにして「江戸のメディア王」となったのか。その波瀾万丈な生涯が描かれて話題になっている。第8回「逆襲の『金々先生』」では、蔦重による吉原細見が大評判となり、吉原に客が殺到するものの……。『なにかと人間くさい徳川将軍』など江戸時代の歴代将軍を解説した著作もある、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)
「九郎助稲荷」から見た吉原の悲喜こもごも
「重三(じゅうざ)の細見がうまくいきんすよう、お頼みす」
「五代目瀬川」の名を襲名したばかりの小芝風花演じる花魁(おいらん)の花の井が、稲荷神社にそうお祈りするシーンから、今回の放送はスタートした。横浜流星が演じる蔦屋重三郎は、出版人としてのセンスはピカイチだが、どうも恋事に鈍いようだ。花の井が抱く思いに全く気づかずに、無神経な言動をする場面が目立った。
花の井の切ない表情に気づかない蔦重の様子を見て「バーカ!バカ!バカ!豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ!」と言い放ったのが、綾瀬はるか演じる「九郎助稲荷(くろすけいなり)」だ。人の姿に化けたキツネの化身で、蔦重の奮闘ぶりを見守る役回りだ。
この九郎助稲荷は実際に、吉原の遊女から人気があったらしい。蔦重が活躍した時代、吉原遊郭の4隅に稲荷神社があった。榎本稲荷(江戸町一丁目)、明石稲荷(江戸町二丁目)、松田稲荷(京町一丁目)、そして九郎助稲荷(京町二丁目)だ。さらに大門の手前にある衣紋坂(えもんざか)にも玄徳稲荷(吉徳稲荷)がある。
5つの稲荷神社がある中で、とりわけ人気だったのが九郎助稲荷で、縁結びや所願成就のために、事あるごとに遊女たちが参拝したという。明治5(1872)年に5つの稲荷をまとめて吉原神社とし、大門外に社殿が立てられた。そのため、今は九郎助稲荷の様子を知ることができない。失われた江戸時代の風景を楽しめるのも『べらぼう』の醍醐味の一つだ。
これから九郎助稲荷は、蔦重や遊女たちから、どんな願いを託されることになるのだろうか。九郎助稲荷から見た吉原にまつわる悲喜こもごもを、引き続き味わっていきたい。