八年前のことになる。仕事の都合で高知県のある市へ三泊の出張をすることになった。
現場は駅から離れた場所にあり、泊まれる場所といえば駅前にたった一軒あるビジネスホテルだけ。しかし、タバコ休憩をしていると、ふと目に入ったのは駅前の小さな旅館だった。
地元の人に聞くと「古いけどね……」と歯切れが悪い反応。だが、効率を優先したい思いから駅前のホテルをキャンセルし、その旅館に泊まることにした。「寝るだけだ」と軽く考えていたが、それがとんだ誤算だった。
チェックイン時、旅館の人は「三日も泊まるんですか?」と驚いた様子。宿泊客は私一人とのことだが、観光地でもないし特に気にしなかった。部屋に案内されると、引き戸を開けた瞬間に全身に鳥肌が立った。何かが「ヤバい」と直感で感じたが、自分は霊感があるわけではない。ただの疲れだと気にしないことにした。
ところが、部屋の中は異常な寒さだった。エアコンを切っても、体の芯がピリピリする感覚が続く。気を紛らわすためにテレビをつけると、床の間にある引き戸が妙に気になった。直感が「見られている」という視線の正体がそこにあると告げる。
恐る恐る引き戸を開けると、中で青白い手がすっと動くのを見た。思考が一瞬で停止し、腰が抜けるほどの恐怖に襲われた。その後は電気をすべてつけ、朝を待つしかなかった。
深夜三時頃、廊下から靴音が聞こえてきた。コツーン、コツーンという足音が部屋の周りをゆっくり歩いている。恐怖心が頂点に達し、思わず叫ぶと足音は止まったが、何かが部屋の外にいる気配が消えない。知らぬ間に念仏を唱え始めており、気が付くと朝になっていた。
目覚まし時計で起きると、部屋中の電気が点灯しており、引き戸が半分開いていた。確かに閉めたはずなのに。旅館を出る際、「あの部屋、何か変だ」と言おうとしたが、旅館の人は「部屋が変なのではない」と静かに答えた。
現場で地元の人にこの話をすると、「やっぱり見たんだね」と返された。旅館そのものではなく、裏にある「首洗いの池」が原因だという。昔、処刑された罪人たちの首を洗った場所で、池が赤く染まったこともあったらしい。
今ではその旅館も廃業しているとのことだが、あの夜の出来事は今でも忘れられない。
[出典:497 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/03/27(月) 01:48:51]