不穏度
65(100を満点として)
死に様とは生き様である
基本情報
公開年:2025年
監督&脚本:吉田大八 (桐島、部活やめるってよ)
キャスト:長塚京三(渡辺儀助)瀧内久美(鷹司靖子)黒沢あすか(渡辺信子)河合優実(菅井歩美)
上映時間:108分
あらすじ
<以下公式サイトより引用>
渡辺儀助、77歳。大学を辞して10年、フランス近代演劇史を専門とする元大学教授。20年前に妻・信子に先立たれ、都内の山の手にある実家の古民家で一人慎ましく暮らしている。講演や執筆で僅かな収入を得ながら、預貯金が後何年持つか、すなわち自身が後何年生きられるかを計算しながら、来るべき日に向かって日常は完璧に平和に過ぎていく。収入に見合わない長生きをするよりも、終わりを知ることで、生活にハリが出ると考えている。
〜中略〜
できるだけ健康でいるために食生活にこだわりを持ち、異性の前では傷つくことのないようになるだけ格好つけて振る舞い、密かな欲望を抱きつつも自制し、亡き妻を想い、人に迷惑をかけずに死ぬことへの考えを巡らせる。 遺言書も書いてある。もうやり残したことはない。
だがそんなある日、パソコンの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。
〜中略〜
「敵」とは何なのか。逃げるべきなのか。逃げることはできるのか。
自問しつつ、次第に儀助が誘われていく先にあったものは――。
※中略させていただいています。より詳しい「あらすじ」を知りたい方は公式サイト(下にリンク貼っておきます)でどうぞ!
評価
満席のテアトル新宿で観てきました!とても面白かったです!モノクロ映画ですが、黒味の深さより、白の輝きを重視しているようで、暗い印象は受けません。そこがまたストーリーの不気味さと相反していて面白い。“敵”とは何か?を考察したくなる映画かと思っていましたが、言葉で説明することはできないし説明するのも野暮だな、と思える作品。大きな謎を提示しておきながら、その謎解き以外の日常風景がちゃんと身を乗り出すほど面白くて手堅いなあと思いましたよ。さすが「桐島、部活やめるってよ」の吉田大八監督です。では以下、ざっくり感想(ネタバレなし!)。ちなみに筒井康隆氏の原作は未読です〜。
感想
前半描かれるのは元大学教授、一人暮らしの儀助(77歳)の日々のルーティーン。古い一軒家で自分のために凝った食事を作り、豆からコーヒーを挽く、いわゆる「丁寧な暮らし」をしています。年金と、講演や執筆で得るわずかな収入を当てに「つつましやかな」生活をしているように見えますが…、よく見ると買物に行くスーパーのカゴに「クイーンズISETAN」の文字。高級スーパーやんけ。しかも値段もろくに見ずにバンバンにカゴに入れてるしさあ、、。毎日の食事のためにそれだけお金を使えて、さらにゆっくり料理を出来る時間もあってって、、それ、今の日本の標準からしたら極めて「良い暮らし」じゃん?
そう、儀助は「勝ち組シニア」です。お金がある上に健康だし、慕ってくれる美人の教え子もいるし、飲み友達もいる。はたから見れば上出来な「人生の上がり」です。本人も「貯金が尽きたらそこがXデー」と言っていますんで、あとは綺麗に死ぬだけです。いやあ〜羨ましい限りですな。
が、しかし!
ここが人間の恐ろしいところなんですが、まだ欲があるんですわ。ジジイになっても、仙人みたいな暮らししてても、人間そうそう枯れないのです。
後半現れる「敵」の正体ですが、認知症ではないことは原作者が明言しています。「死への恐怖」も少しは入っていそうですが、それだけで表現できるようなものではありません。
と言うのも、両親は80歳を過ぎ、自分も50代半ばでセミリタイア中というワタシにとって、儀助が見る幻覚が、なんともリアリティのある映像だったからです。
「敵」の存在を知ってからの儀助は度々幻覚に悩まされます。幻覚と言っても終わりは常にベッドで目を開けるカットですから、はっきりと「夢」と言ったほうが良いかもしれません。
夢の中の儀助は現在の年老いた儀助です。登場人物も皆知った顔。でも彼らは妙な言動をする。儀助のエロティックな妄想をなぞってみたり、あるいは逆に嗜めたり。
こういう夢を見るわけではないのですが、現役から退くと人間関係が急に減るんです(そうでない人もいるかもですが)。すると自分の中で、関わる一人の役割が重くなる。だからその人が夢に出てくる。
劇中に儀助が昔使っていたという双眼鏡が出てきます。ヒッチコックの「裏窓」の話もする。老いた時の世界ってまさにあの「双眼鏡で見る世界」なのではないでしょうか。そこだけがグイッと拡大されて見えてしまう。そして夢中でそれを覗いている自分のすぐ横に誰かが来ても気づかない。そう、静かに「敵」が隣に来ていたとしても…。
なんか身に覚えがあるし、これから老いてますますこうなっていくんだろうなという不安に苛まれましたよ。せめて儀助のように、プライドと見栄でガッチガッチに防御して、背筋を伸ばし来る日に備えたいものですわね、なんて思いました。
ちなみに儀助が作る料理は電気七輪(?)を使った焼き鳥、キムチやゆで卵も入った本格冷麺、蕎麦などなど。あまりに美味しそうなのでもしかして…と思ったら、やはりフードスタイリストは飯島奈美さん(「かもめ食堂」「南極料理人」など)でした。モノクロ映像でもあんなに美味しそうってどうなん?!
「敵」、公式サイト貼っておきます〜。