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2023/12/12 18:00

稀代のアウトサイダー作家の絶筆から噴きこぼれるロックンロール──書評 中島らも著『ロカ』』

オトトイ読んだ Vol.19

オトトイ読んだ Vol.19
文 : 塚田 智
今回のお題
『ロカ』
中島らも : 著
講談社 : 刊
出版社サイト
Amazon.co.jp


 OTOTOYの書籍コーナー“オトトイ読んだ”。今回はあえての小説、今回フィーチャーする作品は、中島らもの『ロカ』。エッセイや小説、人生相談などなど作家としての活動の傍ら、ミュージシャンとしても活躍していた中島らも。その絶筆となる2005年に刊行された本作(2014年に文庫化、写真の装丁はこの文庫版のもの)。「近未来私小説」と題され、「ミュージシャン」を主人公とした本作を、Glimpse Groupのベーシストでもあり、音楽メディアや釣り専門誌などライターとしても多岐に活躍する塚田智による書評でお届けします(編集部)。

ミュージシャンとしてのらもの美学

──書評 : 中島らも著『ロカ』──
文 : 塚田 智


 小説家、エッセイスト、劇作家、舞台役者、そしてミュージシャンなど、さまざまな顔を持つ中島らも。
 ミュージシャンとしてのらもは、ロックバンド「PISS」、「MOTHR’S BOYS」を結成し、アルバムも3枚残している。2004年、52歳のとき、“関西ゼロ世代”のパイオニア的バンド「あふりらんぽ」のライヴにギターで飛び入り参加した日の帰りに、階段で転倒して亡くなった。
 本作はらもが亡くなる直前まで書かれていたという、未完の長編小説だ。いわゆる絶筆というやつである。主人公は作家「小歩危(こぼけ)ルカ」、68歳。妻と、ふたりの子どもと4人で暮らしていたが、子どもは自立し、妻は突如として家を出ていく。独り身になったルカは作家活動はほとんど行なわず、家を売ったお金と印税で、新宿のホテルで自由気ままなひとり暮らしをしている。ある日フラッと入った楽器店で購入したダブルネックのアコースティックギター(「ロカ」と命名)が相棒だ。
 らもは、自らの経験を物語に落とし込んだ私小説的な作風を採ることが多い。アルコール依存症で入院した経験から『今夜、すべてのバーで』を書いたし、ドラッグ中毒者の溜まり場になった自宅(!)をモチーフにした『バンド・オブ・ザ・ナイト』を書いた。
 本作も、ルカに自らの歩みを重ねつつ、未来への夢想を託しているのではと思わせる節がある。表紙には、「近未来私小説」というキャッチが書かれており、これが本人の案によるものなのか、編集者が補足したものなのかはわからないが、私小説的であることは間違いない。
 なかでも目を向けたいのが、ミュージシャンとしてのらもの美学が、そこかしこに散りばめられている点だ。ルカは小説はまったく書かなくなったが、曲と詞は書く。ひょんなことから出会ったミュージシャン「クレオ」との交流(モデルはバンド「村八分」などで知られる山口冨士夫とみられる)では、「ロックとはかくあるべき」という話に花を咲かせる。

クレオと私とでは十四年の年の差があるが、話はよく合った。ことロックに関してはぴたりと一致した。それは、ロックとは音楽のジャンルではなくて「ひとつの精神状態」なのだ、ということだった。ロックな八百屋もいればフォークなロッカーもいる。
(『ロカ』文庫版p.55より)

 物語の転機となるのは、ルカが「これが最後のメディア出演」と決めて生出演した、NHKのトーク番組である。
 生放送が始まるや否や、ルカは「一服失礼していいかね」と断ると、前日に仕込んできた大麻を吸い始める。話がこれまでの来し方から今のホテル暮らしのこと、そして小説における表現について及ぶと、昨今の言語規制に対して、放送禁止用語満載で持論を展開していく(平成初期に取り沙汰された言葉狩りに対する意見だ)。完全なる放送事故である。

「(前略)“乞食”という言葉が禁止されるということは、乞食の存在そのものを無化し、社会的死者に追い込むことだ。(中略)作家、役者、歌手、タレントなんぞはみんな乞食だからね。大根一本作れるわけでなし、人様のお情にすがって生きている乞食だ。(後略)」
(『ロカ』文庫版p.89より)

 ルカは10年来メディア出演を絶っていたが、このテレビ出演は、放送後かなりの物議を醸すことになる。
 番組の最後に、持参したロカを抱えて、『いいんだぜ』という曲を演奏する。これは実際にらもが作った曲であり、代表曲ともいえるものだ。

君が鬱病でも 統合失調症でも
強迫ノイローゼでも どんなキチガイでも
いいんだぜ いいんだぜ
いいんだぜ いいんだぜ

君がクロンボでも 君が北朝鮮人でも
君がイラク人でも 君が宇宙人でも
いいんだぜ いいんだぜ
いいんだぜ いいんだぜ

(『ロカ』文庫版p.90~91より)

 G→Em→C→Dの4つのコードを循環する、ギターを始めて1ヶ月の中学生でもコピーできそうな、単純な構成。そこに、マディー・ウォーターズのようなダミ声でブルージーに歌うルカ(≒らも)の姿が、文章にオーバーラップする。
 「乞食」をひた隠しにしてなにがいけない。根本から目をそらして、社会がそれを「なかったことのように」することが、いちばんの差別ではないだろうか。慈愛と優しさにあふれた「いいんだぜ」が、淡々と、そして念入りに繰り返される。

 冒頭にも記したが本作は未完である。物語は、ルカが道端で職務質問を受けるところでプツンと終わっている。「結局こうなった」ということは、ついぞわからない。
 作中、ルカは「人間にはみな役割というものがある。役割の終わった人間は不条理のうちに死んでいく」と述べている。あまりそうは思いたくないが、らもが亡くなったのもそうだったのだろうか。書きかけの物語に、もはやすべてを吐き出してしまったのかもしれない。らもの人生に通底していた思いが詰まった、最高にクールなロックンロール・ノベルである。

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