千葉県柏市の郊外に、そば好きなら誰でも知っている老舗「竹やぶ」がある。そば打ち職人の阿部孝雄さんが1966年に立ち上げ、石臼で挽いた手打ちそばを提供し続けている。飲食店のなかでも続けるのが難しいと言われるそば店。どうやって阿部さんは59年愛される店を作り上げたのか。フリーライターの山本ヨウコさんが阿部さんに取材した――。

千葉・柏にある「そばの名店」

再開発で新しい街づくりがはじまろうとしている千葉県の柏駅。にぎやかな駅前から車で15分ほど進んだ場所に、豊かな自然に恵まれた天然湖沼の手賀沼がある。隣接する小高い丘の上に広がるのは、閑静な住宅街。その一角に、そば好きなら知らない人はいないといわれる名店が佇んでいる。創業59年の「竹やぶ 柏本店」だ。

落ち着いた佇まいの「竹やぶ 柏本店」
筆者撮影
落ち着いた佇まいの「竹やぶ 柏本店」

この店を興したのは阿部孝雄(80)さん。機械によるそば打ちや製粉が主流だった1980年代に、手打ちそばと石臼挽き自家製粉をいち早く導入。その後も500種以上の変わりそばをつくり出し、そば界に新しい潮流を生み出した巨匠と呼ばれる人物だ。

竹やぶを興した阿部孝雄さん
筆者撮影
竹やぶを興した阿部孝雄さん

阿部さんが竹やぶを開業したのは22歳の時。以来、江戸前そばの伝統を主軸としつつ、個性的で粋なそばと先進的な店づくりで長年業界を牽引、何人もの後進を輩出してきた。その味は多くのそば好きをうならせ、柏を飛び出し箱根や恵比寿、六本木などにも出店。現在はすでに引退して2人の息子に店を任せているが、今でも竹やぶのそばを食べに足繁く通う著名人も数多い。

取材で店を訪れた筆者は、入り口付近にいたお客さんに「よく来るんですか」と尋ねてみた。

「最初は知り合いから、ここでおいしいおそばが食べられると聞いてね。隣の県に住んでいるのだけど、ここのおそばの味が忘れられなくて時々食べに来るんですよ」

決して便利な場所にあるとはいえない、片田舎のそば屋。飲食店のなかでも経営が難しいとされるそば業界で、なぜ竹やぶは世代を超えて長年愛され続けてきたのか。その道のりは「出会いの縁」と「独創的な発想」に満ちていた。