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土木学会論文集 B2(海岸工学) Vol. 67,No. 2,2011,I̲351-I̲355 赤外線画像に基づく天竜川河口混合プロセスの解明 Investigation on the Mixing Process at the Tenryu River Mouth based on Infrared Camera Imagery 1 齋藤正一郎 ・劉 2 3 4 海江 ・田島芳満 ・佐藤愼司 Shoichiro SAITO, Haijiang LIU, Yoshimitsu TAJIMA and Shinji SATO Mixing process between the river flow and sea water at the Tenryu River mouth was investigated based on the infrared camera imagery. Three times field surveys were carried out to evaluate the influence of various physical factors, e.g., nearshore topography, tide, river flow, and waves. Infrared camera was deployed to monitor the spatiotemporal distribution of river flow movement during the spring tide event. Assessment was conducted with respect to the temperature difference between the river flow and sea water. It was confirmed that the river flow went eastward after filling into the ocean. Vertical distribution of the temperature and salinity was measured. Numerical simulation in terms of a heat conservation equation was performed to model the mixing process, in which waves and currents were simulated based on the energy balance equation and quasi-3D nearshore current model, respectively. 1. はじめに 田島ら(2008a)は定点カメラによる河口域のモニタ リングを行っているが,出水時など河川水が濁っている 侵食問題は多くの海岸において顕在化しており,その 場合を除いて,撮影された可視画像から混合過程を追う 要因には,河川による土砂供給量の減少や沿岸における ことは不可能である.また,当然夜間の河口域は観察で 漂砂の連続性の遮断が挙げられる.これまで海岸侵食の きない.足立・中山(2004)は沿岸部の塩分を実測する 対策として行われてきた方法は,養浜や人工構造物の設 ことで河川水の影響範囲を調べるといった方法をとって 置が主であるが,それらは供給土砂を継続的に増加させ いる.しかし,この方法は測定地点数が限られ,労力も る策ではなく,効果を持続させることは困難である.そ かかるため,面的な広がりの把握には向いていないとい のため近年では,流域土砂マネジメントによりダム堆砂 える.そういった難点から,沿岸へ流れ出る河川水の面 を低減し下流に流すといった,河川からの土砂供給量を 的挙動に関する研究は少ない. 増やすための方策が検討されてきており,その効果につ それを踏まえ本研究では,河川水と海水を視覚的に区 いて活発に研究がなされている(宇多ら,2008).河川 別し面的な分布を得る方法として,両者の温度の違いに から運搬されてきた土砂は,河口テラスを源として沿岸 着目し,対象面の表面温度分布が測定できる赤外線カメ 漂砂によって海岸に供給される.また河口砂州の形成に ラの導入を試みた.すなわち,相対的に密度の低い河川 も寄与し,河口部の流れに影響を与える(和田ら,2010) . 水が海面上をどこまで流れていき,海水とどのように混 このように,土砂は水の運搬作用によって移動し,その ざるのかを,赤外線カメラによる撮影画像から追うこと 水の流れが堆積した土砂の影響を受けるという相互の関 を目的とした.そして,その混合過程に影響を与える因 係がある.そのため沿岸への適切な土砂配分を達成し海 子および影響の度合いを調べるために,時間・季節を変 岸侵食を防ぐには,単純に土砂供給量を増やすだけでは え複数の観測を行った.さらに,撮影と同時に計測器に なく,その土砂を運搬する水の挙動を把握することが必 よる測定も行い,また数値計算により表層での流れによ 要である.より具体的には,河川水が海に注いだ後にど る熱輸送過程を再現することで,カメラ画像の分析によ のように流れて海水と混合するのかを明らかにすること る視覚的な混合過程の判断に対する整合性を検証し,河 が,河口沿岸域における土砂輸送の解明につながるとい 口水理研究における赤外線カメラの有効性を確かめるこ える. ととした.また,得られた分布図によって表層における 河川水の流出および混合の過程を把握することを目的と 1 2 正会員 修(工) (独法)鉄道・運輸機構 Ph.D. 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学 専攻准教授 3 正会員 Ph.D. 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学 専攻准教授 4 フェロー 工博 東京大学大学院工学系研究科社会基盤学 専攻教授 した. 2. 対象地域と分析手法 対象とした静岡県の天竜川河口は,沿岸部の海岸線後 退が顕著であり,これまで海岸侵食に関する多くの研究 I̲352 土木学会論文集B2(海岸工学),Vol. 67,No. 2,2011 図-3 水温塩分深度計Compact-CTD 図-1 赤外線カメラと現地撮影風景 の画像を撮影する(図-2(a))ことで,河口域の表層温 度データを得た.また,赤外線カメラには可視画像撮影 のためのレンズも付いており,赤外線画像の撮影と同時 に可視画像の撮影も行うことができるので,すべての撮 影において可視画像も記録し,比較に用いることにした. 撮影した各画像は平面直角座標系に座標変換し(図-2 ( , c)),角度を変えて撮った複数枚の画像を接合する (b) ことでそれぞれの時間帯の河口全体の表層温度分布を得 て,時間による変化を考察した(図-4, 5).現地調査は, 2010 年 8 月 10 日,9 月 10 日,12 月 8 日に行った.いずれ も大潮であり,観測期間中大きく潮位が変動している. また,9 月および 12 月の観測時には,赤外線撮影と並行 して,ジェットスキーを用い小型水温塩分深度計による 水質の実測も行った.計測は河口開口部を中心に河口域 数十点において行い(図-2(a)),機器は ALEC 電子株式 会社製の小型軽量水温塩分深度計 Compact-CTD (図-3) を使用した.下げ潮,干潮,上げ潮,満潮時に行うこと で,それぞれの時間帯に代表する数ポイントの鉛直方向 の混合状態を把握した.鉛直方向の塩分値を測定するこ 図-2 (a) 撮影方法概略図とCompact-CTD計測範囲(斜線領域) (b)中間三角域座標変換後の可視画像 (c) 中間三角域座標 変換後の赤外線画像 とで,河川水と海水の混合および時間変化を 3 次元的に 考察するための手段とすることも狙いとしている. 観測項目および日時について表-1 にまとめた.この表 において,赤外線カメラの下にある数字は時刻を表し, が行われている.赤外線画像の取得には,NEC Avio 赤外 CTD の下にある字はそれぞれ満潮,下げ潮,干潮,上げ 線テクノロジー株式会社製サーモトレーサ H2630(以下, 潮の時間帯であることを示している.また,干潮および 赤外線カメラ)を使用した.現地観測では,河口左岸側 満潮を迎えた時刻を併せて示したが,これは天竜川河口 に位置する掛塚灯台(高さ T.P. 23.4m)の頂上を撮影地 から約 50km 東に位置する御前崎において記録されたも 点とし,概ね一潮汐の間 1 時間ごとに河口域の撮影を行 のである. った.図-1 に示すように,河口が見渡せる位置に三脚で カメラを固定し,水平方向に角度を変えながら 9 〜 11 枚 3. 測定結果 (1)赤外線カメラ 図-4 に,赤外線カメラによって得られた 8 月 10 日の河 表-1 観測日程および項目 赤外線カメラ CTD 時刻 9 10 11 12 13 14 15 16 17 満 下 千 上 満潮 干潮 す.なお,比較のために同時に撮影した可視画像も表示 4:47 11:37 している.GPS によって記録された汀線と変換画像の汀 ○ ○ ○ 6:31 12:27 線位置はほぼ一致しており,このことから画像の座標変 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 7:33 12:45 換は高い精度で行われているといえる. 8月10日 ○ ○ ○ ○ ○ ○ 9月10日 ○ ○ ○ ○ ○ ○○ 12月8日 ○ ○ ○ ○ ○ 口域における表層温度分布とその潮汐による変化を示 赤外線画像に基づく天竜川河口混合プロセスの解明 8 月の下げ潮の時間帯における観測結果から,河口南 部および東部への河川水の広がりが観察され,特に東側 I̲353 おいて温度に着目し赤外線画像を用いることの意義が確 認できた. では砕波帯が海水との境界となっており,河川水が岸に 8 月と 9 月の温度分布を比較すると,波高が高かった 8 沿って流れている様子が見て取れた.このことは,田島 月(有義波高 H1/3≈1.8m)の観測では表層温度の違いがは ら(2008b)が示した,東向きの沿岸漂砂が卓越してい っきりと表れ,波による河川水流出の抑制がみられた るという数値計算結果と符合する.これは当日の沖合で (図-4)が,比較的波高の低かった 9 月(H1/3≈0.6m)観測 の波向きが南西だったことから,海岸において東に向か の結果からは温度の境界が確認できなかった(図-5).相 う沿岸流が発生していたと考えると説明がつく.それに 対的に低密度である河川水は海域において表層を移動す 加えて,右岸側から東に伸びる河口砂州の影響で河口が ると考えられ,この結果は波浪条件(波高や波向き)が 東に寄っているために,河川水が南東へ流れ出している 河川水の流出方向と範囲に影響を与えていることを示す ことも原因のひとつと考察される.午後の上げ潮の時間 ものといえる.また,図-4 と図-5 から河口左岸の砂州の 帯では,水面全体の温度が上がる.また,河川水の流出 が抑制され,温度の高い海水の領域が河口部まで広がる 動きをみせる.それに伴い,沿岸東向きの河川水の流れ も妨げられる様子が確認された.このように,それぞれ の時間帯における赤外線画像を比較することで,潮位が 下がる時間帯には河川水が海域に広がり,潮位が上げる 時間帯にはその範囲が波により狭まっていくことが確認 できた.これらの混合プロセスの時間変化は可視画像か らは読み取れないものであり(図-4 のように,潮位変動 に対して可視画像の変化は特にない),河口水理研究に 図-5 干潮時河口表層温度分布(9 月10 日.曲線は観測当日に GPS で記録した汀線の形状) 図-4 河口表層温度分布と潮汐による変化(曲線は観測当日にGPS で記録した汀線の形状) (8 月10 日.左:可視画像;右:赤外線画像.上:下げ潮;中:干潮;下:上げ潮) I̲354 土木学会論文集B2(海岸工学),Vol. 67,No. 2,2011 て計測した波浪データと潮位を考慮した河川流量を利用 し,波の不規則性を考慮したエネルギー平衡方程式によ る河口域波場の計算を行った.Compact-CTD の観測結果 から,河口域表層と底層では流れの大きさや向きが異な ることを考えて,準 3 次元海浜流モデルを使って沿岸流 場を計算した(田島,2010).波と流れ場の干渉を考慮 して,上記の 2 つのモデルを用いた繰り返し計算を行う ことで熱の移流拡散計算に用いる表層流速を得た.波お よび SR(Surface Roller: 砕波の前面に生じる大規模渦) 図-6 河口部における塩分の鉛直方向分布(12月 8日) による質量輸送量を考慮しない場合は,河川水が計算領 域全域に広がり続ける結果となった.本来河川水がそこ 形状が大きく変化したことが確認され,この変化も河川 水の流出に寄与していると考えられる. まで広がるとは考えられず,波が河川水の広がりを抑制 する因子として大きい影響を持つことが 8 月の観測によ る赤外線カメラ画像結果からわかっていることから,計 (2)水温塩分深度計(Compact-CTD) 図-6 は,12 月観測時の計測結果のうち,河口開口部付 算においても波の影響を考慮に入れる必要があるといえ 近における一潮汐の間の塩分の鉛直方向分布を示したも る.そこで,式(2)に表すように,入力値の流速 u, v に のである.表層から底層にかけて塩分が上昇していき, は表層流速 u s, v s だけではなく,波による質量輸送量 Q w 海水と河川水の成層が確認できる.干潮時は相対的に河 と SR による質量輸送量 Qsr を高さのスケールで除すこと 川流速が大きいためその影響が強く,海水の遡上が抑制 で流速と同じ単位にしたものを加えることにした.この され底部まで濃度が低い.一方,満潮時には河口域まで 高さのスケールについては,波谷から波峰までの代表値 海水が浸入してきていることがわかる.そして,下げ潮 として波高の半分を用いた. および上げ潮時には鉛直方向に連続的に塩分濃度が変化 していき,河川水と海水の鉛直方向の混合がみられる. …………………………… (2) このように,塩分の鉛直方向分布から,潮汐に起因する 表層および底層での海水と河川水の異なる動きが確認さ れた. 表-2 にそれぞれの時間帯における数値計算外力場条件 をまとめた.図-7 は質量輸送量を考慮した 8 月 10 日の数 4. 数値計算と検証 値計算による表層温度分布結果である.赤色の領域をみ 現地観測結果を踏まえ,地形,波浪,潮位および河川 ると,干潮を挟んだ時間帯において縮小していっている 流量を入力値とした数値計算により表層における熱の輸 ことがわかる.これは潮位の変化による河川流量の落ち 送を再現した.本研究では,赤外線画像を利用し,河口 込みの影響とみられる.また,河口開口部からみると東 域表層温度のみを分析対象とするため,熱の移流拡散数 側の方がより遠くへ広がっており,波向きが関与してい 値計算は簡単な平面二次元モデルで検討した.基礎方程 ると考えられる.これらの結果は赤外線カメラ画像の分 式は次のように表せる, 析結果(図-4)と同様の傾向が再現できているといえる. ただし,赤色の部分はほとんど海水に近い状態といえる …………(1) ため,波が河川水の流出を阻害する働きが強く出すぎて いる可能性がある. ここで,T は熱量であり,以降は温度(℃)として扱 最後に,外力場が温度分布に与える影響を調べるため, う.u, v はそれぞれ x, y 方向の流速である.また,µ は拡 8 月 10 日 12 時(干潮時)のデータについて波向きを変化 散係数であり,Blumberg ・ Mellor (1987)を参考に 50 させて計算を行った.図-8 は,波向きを元の 213 度から m /s の値を与えた.計算には行列方程式の反復解法の一 東西に対称となる 147 度に変化させた場合であり,東か 2 つである ADI 法を用い,計算領域は河口を含む東西方向 4km,南北方向 2km の範囲とした.8 月現地観測結果に基 表-2 数値計算入力条件 づき,海と川の水温の初期値をそれぞれ,26 度,22 度に 設定した.河口地形は国土交通省地形測量データおよび 魚群探知機による海底地形測量データを利用した(上山, 2011).河口東部の沖合に設置されている波高計によっ 10時(下げ潮) 8月10日 12時(干 潮) 15時(上げ潮) 有義波高 (m) 周期 (s) 波向 (0) 潮位T.P. 河口流量 (m) (m3/s) 1.64 9.0 209 -0.7 275 1.77 8.2 213 -0.9 185 1.91 9.0 224 0 10 I̲355 赤外線画像に基づく天竜川河口混合プロセスの解明 越しているといえる.潮位の変動に伴い低温水領 域の広がりが変化しており,観測結果から,河川 水の流出方向と範囲には,波浪,砂州形状および 潮汐が大きく影響することがわかった. (2)水温塩分深度計の計測結果から,河口域の鉛直方 向の変化がみられ,潮汐による表層と底層で海水 と河川水の異なる動きが確認された. (3)地形,波浪,潮汐および河川流量から流速場を求 め,その値を入力値とした表層における熱の移流 拡散を計算することで,観測当時の表層温度分布 の再現を試みた.流速のみを与えた場合河川流の 流出が卓越し再現ができなかったが,波および Surface Roller の質量輸送の項を考慮し加えること で,赤外線画像の分析と互いに整合する結果を得 た.波向きや地形を変えて計算を行い,波浪およ び流量が表層での河川水の広がりに大きく寄与す ることがわかった. なお,今後の課題としては,熱の移流拡散の三次元数 値計算と鉛直方向の運動量交換・混合の評価を行うこと 図-7 質量輸送量を考慮した計算による温度分布 (8月 10日,上:下げ潮;中:干潮;下:上げ潮) などが挙げられる. 謝辞:本研究は,科学技術振興調整費重要課題解決型研 究「先端技術を用いた動的土砂管理と沿岸防災」の研究の 一部である.また,国土交通省浜松河川国道事務所と静 岡県より貴重なデータをご提供いただいた.記して深甚 なる謝意を表する. 参 図-8 波向きのみ変えた計算による温度分布(8 月10 日,干潮) ら入射する波により河川水が西へと流され,図-7(中) と比べると明確な変化がみられた.このことから,外力 場として潮汐や波向きが河川水の挙動に大きく影響する ことがわかった. 5. 結論 本研究では,河川水と海水の温度の違いに着目し,赤 外線カメラを通した画像を用いて両者を視覚的に区別す ることで,表層における河川水の流出および混合の過程 を把握することを目的とした.天竜川河口域における 8 月,9 月,12 月の 3 度の現地観測とモデルによる数値計 算により,以下に挙げる結論を得た. (1)観測結果から,河川水温度は海水温度より低いこ とが確認できた.また,砕波帯を境界に河口から 東へと流れ出る河川水由来の低温水が確認された ことから,海に注いだ河川水の流れは東向きが卓 考 文 献 足立久美子・中山哲嚴(2004):鹿島灘南部沿岸域の栄養塩変 動に及ぼす利根川河川水の影響,海岸工学論文集, 第51 巻, pp.1141-1145. 上山 聡(2011):天竜川河口域における波・流れ・地形の相互 変動特性とそのモデリング,東京大学大学院社会基盤学 専攻修士論文,pp. 94. 宇多高明・長島郁夫・古池 鋼・宮原志帆・石川仁憲 (2008):天竜川ダム再編事業による流出土砂量の増加が 海岸に及ぼす影響,海岸工学論文集第55 巻,pp.656-660. 田島芳満(2010):波および Surface Roller による質量輸送を考 慮した準三次元モデルの提案,土木学会論文集 B2(海岸 工学),Vol 66,pp.106-110. 田島芳満・高川智博・浅野泰史・佐藤愼司・武若 聡 (2008a):特性の異なる二つの台風による天竜川河口砂州 の大規模変形,海岸工学論文集, 第55 巻,pp.646-650. 田島芳満・劉 海江・佐々木勇弥・佐藤愼司(2008b):大規 模出水に伴う河口砂州地形の変化と波・流れ場の特性, 海 岸工学論文集,第55 巻,pp.6-10. 和田麻美・田島芳満・佐藤愼司(2010):天竜川河口テラス地 形と沿岸域への土砂供給過程の長期変化,土木学会論文 集 B2(海岸工学) ,Vol 66,pp.611-615. Blumberg, A.F. and Mellor, G.L. (1987) : A Description of a ThreeDimensional Coastal Ocean Circulation Model,American Geophysical Union, Washington, DC.,pp.1-16.