トランプ米大統領は、中国、メキシコ、カナダ3カ国からの輸入品に現地時間の4日から発動予定だった関税強化策のうち、メキシコとカナダへの25%の関税実施を1カ月延期した。発動前日の転換である。中国には予定通り10%の追加関税を発動したが、協議もするとしている。
メキシコ、カナダは決定的な対立を回避するため、米国の求める合成麻薬や不法移民の流入対策を打ち出さざるを得なかった。土壇場まで相手国を追い詰める「ディール(取引)」なのだろうが、自国産業を守る保護主義の領域をとうに踏み越えている。
もはや自国の巨大市場を背景にした経済的威圧である。関税を「取引外交」の手段に用い、世界を振り回す愚行を断じて容認できない。
延期決定に先立ち、米国はメキシコ、カナダと協議。メキシコとは国境地帯へ治安要員1万人を即座に派遣して国境管理を強化することで合意した。カナダも国境警備の強化を表明。結果的に両国とも米国の言いなりである。
トランプ政権が着手した不法移民の強制送還で、送還者を乗せた米軍機の着陸をコロンビアが拒否したとして緊急関税をちらつかせ、同国が一転して送還の無制限受け入れに同意した。トランプ氏はこれに味を占めたのか、一ドルも使わず相手国に言うことを聞かせるディールの実績を積み上げている。
その矛先を欧州連合(EU)に向けたり、半導体や医薬品など品目の拡大を示唆したりして、二の矢、三の矢を放つ構えだ。日本も対象となる可能性がある。
追加関税を発動された中国は、米国からの輸入品に最大15%の追加関税を10日から課すと発表し、世界貿易機関(WTO)に提訴した。こうした対抗措置の一方で、両国はトランプ氏と習近平国家主席との対話の準備も進める。
報復の連鎖が「貿易戦争」に発展する可能性がある。双方とも痛手を免れないばかりか、世界的な景気悪化の引き金になりかねない。両首脳には冷静な対応を求めたい。
石破茂首相は訪米し、7日にトランプ氏との会談に臨む。日米同盟と自由貿易が日本の対外戦略の柱であり続ける以上、トランプ氏に翻意を促す役割を日本は果たす必要がある。貿易の秩序を軽んじた高関税政策のデメリットを示し、世界経済に損失をもたらすと直言すべきだ。
関税は工業製品や食料、天然資源など多くの分野でコスト増の要因となる。政府は潤うかもしれぬが、消費者や企業の負担増を招き、インフレを助長する。米国経済のダメージは避けられず、製造業の再建にはつながりにくい。
自動車産業は、北米とメキシコにまたがる高度なサプライチェーン(供給網)を構築している。コスト上昇の影響はマツダなど日本メーカーに及ぶだけでなく、米国メーカーの競争力を結局は奪っていくことになる。
こうした弊害と日米関係の価値を、石破氏は粘り強く説かなければならない。言いなり外交では意味がない。