ミューラル(MURRAL)を象徴する素材のひとつ、刺繍レース。花々の姿を繊細に表現してきた刺繍レースに、2025年春夏コレクションで加わるのが、「コード刺繍」だ。その特徴は、太い糸が示す立体感。この記事では、ミューラルのコード刺繍が生まれた背景と製作プロセスに光をあてるとともに、ドレスやスカートなど、コード刺繍を使ったアイテムも紹介する。
コード刺繍とは、太い「コード糸」を生地に沿わせて柄を作る刺繍の手法だ。その特徴が、コード糸の圧倒的な立体感と装飾性。通常の刺繍とは異なる、インパクトある佇まいを与える技法となっている。
2025年春夏シーズンのミューラルは、「見える」や「思える」を意味する「SEEM」がテーマ。エレガントでありつつ、どこか奇妙さを秘めたコレクションでは、存在感あるコード刺繍を用いて、アシンメトリックなロングドレスやケープショルダーのワンピース、シャツ、スカートなどを展開している。
ミューラルの2025年春夏コレクションを象徴する、コード刺繍。刺繍でありながらも、刺繍のようでないインパクトを持つこのコード刺繍は、どのように作られるのだろう。
コード刺繍に用いるコード糸は、通常の刺繍針には通らない。そのため専用の部品を使い、コード糸を生地に這わせるように出して、通常の刺繍糸で縫いとめている。ミューラルでは、コード刺繍ができるよう職人が改良と改造を重ねた、日本で唯一無二の機械を使い、コード刺繍のレースを製作した。その背景と製作の過程に目を向けてみよう。
ミューラルのデザイナー、関口愛弓と村松祐輔がコード刺繍と出会ったのは、職人が持ってきてくれたというアーカイブの資料。コレクションを構想するなか、何か面白いものはないだろうかと考えていたとき、職人が微笑みながら持ってきたコード刺繍の生地に、「一目惚れに近い感覚」を覚えたという。
コード刺繍は、もともとヨーロッパで装飾品として、衣類にかぎらず用いられていたのが始まりだとされる。その後、近代化に伴って機械化が進むと、衣類用のコード刺繍の生産がスタート。なかでも、複数のミシンヘッドを持ち、大量に同じ柄を刺繍することができる多頭機でのコード刺繍が中心となり、広く浸透することになった。しかし、このようにミシン刺繍で行うコード刺繍には、生産効率や品質維持の点で難しさがあるという。
一方、ミューラルが使うのが、刺繍レースを作るエンブロイダリーレース刺繍機でのコード刺繍。その歴史は、まだ浅いという。ミューラルが製作を依頼している北陸の刺繍工場が、1990年代ごろ、コード刺繍を行う歯車のような部品を独自で開発し、取り付けたのが、日本では最初にして最後のこと。この部品は、刺繍機をいったん解体して取り付ける必要があったため、後を追う工場もなかったようだ。
立体感と装飾美をあわせ持つ、エンブロイダリーレース刺繍機によるコード刺繍。刺繍でありながら、刺繍のようでないインパクトを放つコード刺繍は、「〜のように見える」をコンセプトとしたミューラルの2025年春夏コレクションにマッチする技法だ。そしてそれは、ミューラルがこれまでも追求してきた刺繍の表現をアップデートするものでもあった。
ミューラルは毎シーズン、テーマを花に仮託し、それを刺繍で表現してきた。しかし今季、コード刺繍では特定のモチーフを決めていなかったという。意識したのは、花のようで、花ではないこと。その輪郭は、うっすらと花の姿を浮かびあがらせるようだけれども、決して明確に像を結ぶわけではない。「〜のように見えるというコンセプトを、モチーフのうえでも体現するものだ。