ロシア・クルスク州に侵攻したウクライナ兵が、ロシアの国旗とウクライナの国旗を差し替え(ウクライナ軍・8月11日公開)
ロシア・クルスク州に侵攻したウクライナ兵が、ロシアの国旗とウクライナの国旗を差し替え(ウクライナ軍・8月11日公開)
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ウクライナ軍がロシア領内に侵攻…ロシアも反撃

ロシアのウクライナ侵攻=特別軍事作戦は、2022年の開始以来、ウクライナ領土内での一方的な戦いであったが、8月6日、ウクライナ軍が突如、ロシア領内クルスク州に侵攻した。
ロシアの領土に外国軍が侵攻するのは、第2次世界大戦以来のこととされる。

ロシア・クルスク州に向かうとみられるウクライナ軍T-55TK装甲回収車(8月11日)
ロシア・クルスク州に向かうとみられるウクライナ軍T-55TK装甲回収車(8月11日)

越境しようとするウクライナ軍の車両の中には、戦場のレッカー車の役割をする特別な装甲車や戦場で敵の地雷原や障害物を処理して道を開く戦闘工兵車の姿もあった。これは、ウクライナ軍の侵攻が、敵地に忍び込み視察して、すぐに逃げ帰る越境偵察ではなく、ロシア領内に地雷や障害物など進路を阻むモノがあっても、目標地点を目指して進む姿勢を示唆していた。

ウクライナ軍は、クルスク州のロシア軍兵士100人以上を捕虜に(ウクライナ軍・8月15日公開)
ウクライナ軍は、クルスク州のロシア軍兵士100人以上を捕虜に(ウクライナ軍・8月15日公開)

つまり、ウクライナは戦争を部分的にもウクライナからロシアに移そうとしているようにもみえる。

ロシア・クルスク州で、ロシア軍の返り討ちにあったウクライナ軍のBTR-4装甲車(8月13日)
ロシア・クルスク州で、ロシア軍の返り討ちにあったウクライナ軍のBTR-4装甲車(8月13日)

もちろん、ロシアも反撃する。

ロシアの攻撃を受けた、ウクライナ国産のBTR-4装輪装甲車等の残骸の姿が映像に映し出されていた。

ロシアの自爆ドローンに狙いを定められたウクライナ軍のT-64BV戦車(ロシア国防省・8月9日公開)
ロシアの自爆ドローンに狙いを定められたウクライナ軍のT-64BV戦車(ロシア国防省・8月9日公開)

さらに、ロシア軍が公開した映像の中には、ウクライナ軍のT‐64BV戦車が、ほぼ真上からロシア軍のドローンに捕捉された映像もあった。

ウクライナ軍に爆撃された、クルスク州を流れるセイム川の橋(ウクライナ空軍公式Xより・8月17日)
ウクライナ軍に爆撃された、クルスク州を流れるセイム川の橋(ウクライナ空軍公式Xより・8月17日)

だが、ウクライナ軍も止まらない。8月12日、ウクライナ軍は、クルスク州を東西に流れるセイム川の橋を爆撃で破壊した映像を公開した。
さらに、もう一か所の橋も損傷したと伝えられ、ロシア軍の前線部隊と後方の間を結ぶ補給路を狙ったとの見方もある。ロシア軍がクルスクに増援するのを妨害しようというのだろうか。

ロシアによる、北朝鮮製ミサイル発射を非難するゼレンスキー・ウクライナ大統領(8月11日)
ロシアによる、北朝鮮製ミサイル発射を非難するゼレンスキー・ウクライナ大統領(8月11日)

その一方、東部ドネツク州などでウクライナ軍に挑み、ウクライナ各地に爆撃を仕掛けるロシア軍は、ウクライナの悩みであり続けている。

ゼレンスキー大統領は、8月11日、「北朝鮮のミサイルの1発が、キエフ州で2人を殺しました。1人は父親で、息子は4歳でした」と述べて、ロシア軍だけでなく、北朝鮮のミサイルを名指しで非難した。

その北朝鮮は、ミサイルの生産・配備を公然と進めようとしている。

北朝鮮は「新型戦術弾道ミサイル」に注力?

新型戦術弾道ミサイルと、その移動式四連装発射機(8月5日)
新型戦術弾道ミサイルと、その移動式四連装発射機(8月5日)

8月5日、北朝鮮メディアは、「新型戦術弾道ミサイル兵器システムの受け渡し記念式が、8月4日に行われた。」「250輛の新型戦術弾道ミサイル発射台が、朝鮮民主主義人民共和国の国境第一線部隊に引き渡される儀式が、首都平壌で盛大に執り行われた」(朝鮮中央通信2024/8/5)として、「新型戦術弾道ミサイル(火星11D/火星11ラ)」1発と、膨大な数量の移動式発射機がずらりと整列した様子を伝える映像や画像を添えて報じた。
この新型戦術弾道ミサイルの移動式発射機は四連装なので、250輌という数量が正しければ、北朝鮮は、4発×250輌⇒1000発を即時発射可能な体制を編成できるのかもしれない。

この新型戦術弾道ミサイルは、どんな能力を秘めているのだろうか。

北朝鮮の「新型戦術誘導兵器」発射試験(2023年3月)
北朝鮮の「新型戦術誘導兵器」発射試験(2023年3月)

新型戦術弾道ミサイルは以前、「新型戦術誘導兵器」と呼称され、2022年に発射試験に成功したとされるミサイルに似ている。

新型戦術誘導兵器は2023年3月の試験発射で、水平距離約110km、到達高度25kmを記録。連射試験も実施していたという。噴射口には、噴射の向きを制御して、ミサイルの飛ぶ方向を変える板状の装置も付いているので、敵の迎撃を困難にしようとしている。
人口962万近い韓国の首都・ソウル市は、南北境界線の、いわゆる38度線から約50㎞しかはなれていないので、新型戦術誘導兵器の射程内となりかねない。そんな性能のミサイル、4発×250輛分の連続発射は可能なのだろうか。

新型戦術弾道ミサイル(左・今年8月)、「新型戦術誘導兵器」(右・今年5月)
新型戦術弾道ミサイル(左・今年8月)、「新型戦術誘導兵器」(右・今年5月)

この新型戦術弾道ミサイルの受け渡し記念式典で、北朝鮮の最高指導者、金正恩総書記は、「この武力装備(=新型戦術弾道ミサイル)には、共和国(=北朝鮮)に対する侵略脅威に終止符を打とうとする、朝鮮人民の確固たる意志が集約されて」いるとの演説を行った。

「新型戦術誘導兵器」工場を視察する金正恩総書記(今年1月)
「新型戦術誘導兵器」工場を視察する金正恩総書記(今年1月)

そして、「われわれは今…250台の新型戦術弾道ミサイル発射台と向かい合っている」「これはもちろん、われわれが計画している前線第1線部隊のミサイル武力建設の第1段階目標を達成したにすぎない」として、新型戦術弾道ミサイルとその移動式発射機をさらに増加させる方針であることを示した。

そして、新型戦術弾道ミサイルが、核兵器になりうるかどうか、直接の言及はなかったものの、演説中、「特殊な物理的力である、戦術核の実用的側面でも効果性を高められる」等として「核」という言葉を15回も使用し、「新型戦術弾道ミサイル」と「核」兵器との関係を意図的に強く示唆し、振りかざしているようだった。

北朝鮮が意図的に「核」を意識させようとしているのなら、それは、北朝鮮を強くしたい、または、強くみせかけたいということだろうか。
引き渡し式典では、新型戦術弾道ミサイルの移動式発射機は多数並んでいたが、「新型戦術弾道ミサイル」、もしくは、そのモックアップは壇上の1発しか映像にはなかった。これは何を意味するのだろうか。
新型戦術弾道ミサイルそのものの生産と配備は、その移動式発射機ほどは進んでいないということなのだろうか。それとも、すでに他国、例えば、断言はできないが、ウクライナとの戦いを継続しているロシアに輸出しているのだろうか。

金正恩総書記警護強化の理由は?

防弾/防刃バッグとみられるカバン(8月5日)
防弾/防刃バッグとみられるカバン(8月5日)

興味深いのは、それだけではない。

朝鮮中央テレビが、8月5日に放送した新型戦術弾道ミサイル兵器システムの受渡記念式において、会場に乗り付けた金正恩総書記がリムジンを降りる直前に映っていた護衛と思しき背広姿の男性の姿。北朝鮮の最高指導者の警護を任務とする護衛司令部所属隊員と推察されるが、黒いスーツケースのようなモノを持っている姿がしっかりと映っていた。
しかし、このカバンのようなものは、妙に平べったく見える。

「北朝鮮は(2023年)4月に、日本の岸田文雄首相に対する爆発物投擲事件が発生すると『防弾カバン』と推定される黒いカバンを持った警護員を、金正恩の周囲に集中配置したりもした」(韓国・中央日報2023/6/29付)とも報じられているので、金正恩総書記の身辺警護に防弾カバン、または、防弾/防刃バッグが使用されているのが確認されたのは、去年からということになるのだろう。

では、この防弾/防刃バッグとは何なのか。

これは、モノを入れる鞄と言うより、折り畳み内蔵した防弾板を縦方向に拡げて、盾にする“防弾/防刃バッグ(Bullet/Blade-proof Bag)”なのだろう。一般に、防弾/防刃バッグが防ぐ対象としている弾は拳銃弾であって、一般の兵士が持つ自動小銃や機関銃の弾に対しては心もとないとされる。

興味深いのは、北朝鮮の国営メディアが、なぜ防弾/防刃バッグらしき映像をこのタイミングで強調するように報じたのか。

金正恩総書記親子の左右に防弾/防刃バッグ?
金正恩総書記親子の左右に防弾/防刃バッグ?

米国のトランプ前大統領が今年7月、遊説中に凶弾で狙われたことも意識されたのかもしれないが、トランプ前大統領を襲ったのは自動小銃と同じ銃弾を使用する半自動小銃のAR‐15であり、その弾丸は、拳銃弾より、はるかに強力だ。では、防弾/防刃バッグで防げるのか。

この“防弾/防刃バッグ”の映像も、まず国外からの脅威に対するモノというより、金正恩総書記の“国内”での警護のレベルが高いことをアピールしたいのかもしれない。
しかし、なぜ北朝鮮の最高指導者自身の、国内での警護状況を国営メディアで報じるのか。どんな国内の脅威を最高指導者自身が意識しているのか、していないのか、筆者には不詳である。

北朝鮮空軍の空の“司令部”は誰のため?

改造工事中とみられる北朝鮮IL-76輸送機 (Airbus Defence & Space and 38 North, Pleiades Neo© Airbus DS 2022.より)
改造工事中とみられる北朝鮮IL-76輸送機 (Airbus Defence & Space and 38 North, Pleiades Neo© Airbus DS 2022.より)

北朝鮮がミサイルの発射装置を見せびらかし、“核の影”をちらつかせるのと対称的に、“こっそり”と進めている北朝鮮軍の強化もある。

北朝鮮研究で著名なシンクタンク「38NORTH」は、今年7月15日に撮影された平壌(順安)国際空港の衛星画像の分析結果を8月1日に発表した。

北朝鮮・高麗航空のIL-76輸送機(2018年6月・シンガポール)
北朝鮮・高麗航空のIL-76輸送機(2018年6月・シンガポール)

38NORTHが強調していたのは、北朝鮮の高麗航空が3機しか保有していないイリューシンIL-76型大型輸送機の1機の周囲にフェンスが張られ、改造作業が行われていること。

改造個所は、イリューシンIL-76型輸送機の胴体上部、垂直尾翼の前にあたる部分で、昨年11月に作業が開始され、「作業の正確な内容を確認することは不可能だが、空中警戒管制システム (AWACS) または空中早期警戒システム (AEW) 用の回転装置、アンテナ、レドームを取り付けるレーダー台座が設置されるようだ」(38NORTH 2024/8/1付)というのである。

ロシア航空宇宙軍A-50U空中早期警戒(管制)機(ロシア国防省公式映像)
ロシア航空宇宙軍A-50U空中早期警戒(管制)機(ロシア国防省公式映像)

AWACSやAEWというのは、味方の戦闘機や攻撃機のレーダーよりも遠くまで見通せる強力なレーダーを胴体の背中に搭載し、空中から、空・海・陸の敵・味方の状況を掌握。味方の戦闘機や攻撃機、爆撃機に指示を行う、言うなれば、巨大な眼を持つ空の指揮所。

ロシア航空宇宙軍A-50U空中早期警戒(管制)機のレドーム(ロシア国防省公式映像)
ロシア航空宇宙軍A-50U空中早期警戒(管制)機のレドーム(ロシア国防省公式映像)

ロシアの第一線機、スホーイSu-35戦闘機に搭載されるイルビス‐Eレーダーが、航空機を対象なら350~400㎞の探知距離であるのに対し、ロシアのA-50U型早期警戒機の「対空レーダー覆域は半径 600km、対地覆域は 300km」(航空自衛隊 JASIリポート 2024/3/17付)とされる上、最大300もの目標を同時に識別できるとされる。

ロシア航空宇宙軍A-50U空中早期警戒(管制)機のコンソールが並ぶ(ロシア国防省公式映像)
ロシア航空宇宙軍A-50U空中早期警戒(管制)機のコンソールが並ぶ(ロシア国防省公式映像)

ちなみに、ロシアのA-50Uも、機体はイリューシンIL-76型機を転用している。

ロシアからどんな協力を得ているのか、また得ていないのか不明だが、北朝鮮の空軍がロシアのA-50U並みの空中早期警戒システム(AEW)を入手するなら、極めて野心的なプロジェクトと言えるだろう。

ただ、AEW航空機そのものにも、オペレーターにも、極めて高度な技量が求められる上、空中早期警戒システム(AEW)の指示を受ける戦闘機や攻撃機にAEWと連接するためのデータリンクの端末を搭載し、戦闘機や攻撃機のパイロットがその為の訓練を受けなければ、北朝鮮のAEWは、文字通り、宝の持ち腐れとなりかねない。

北朝鮮空軍のSu-25攻撃機(上)とMiG-29戦闘機(下)(2023年)
北朝鮮空軍のSu-25攻撃機(上)とMiG-29戦闘機(下)(2023年)

北朝鮮軍の空の精鋭、MiG-29戦闘機やSu-25攻撃機は、空中早期警戒システム(AEW)とリアルタイムでデータ交換する装置を搭載できるのだろうか。

もし搭載が間に合わないならば、高麗航空のイリューシンIL-76がAEWとなる改修を終えても、当面、その運用・操作は、ロシアの航空宇宙軍の人員が行うことになるのだろうか。

ロシア軍は、「2024 年 1 月の時点でロシア空軍が保有する A-50の総数は 9 機、その内訳として3機のA-50と6 機の A-50U、そのうち 2機が破壊ないし 損壊されたとの説明がある」(航空自衛隊 JASIリポート脚注 2024/3/17付)

つまり、ロシア航空宇宙軍にとっても、貴重な空中早期警戒システム(AEW)の機数がウクライナでの特別軍事作戦で減っているのだ。極東で、機体はロシア以外の国籍でも、搭乗しているのがロシアの軍人で、ロシア航空宇宙軍の戦闘機や戦闘爆撃機を指揮できるシステムが搭載されていれば、極東に配備されているロシア航空宇宙軍のA-50ないしA-50U空中早期警戒システム(AEW)を、ウクライナやNATO正面にまわすことができるのではないか。
もちろん、北朝鮮空軍で空中早期警戒システム(AEW)の受け入れ態勢ができるまでかもしれないが、北朝鮮軍が空中早期警戒システム(AEW)を運用できるようになっても、ロシア航空宇宙軍のために、“空の眼、空の指揮所”となっても不思議ではないかもしれない。

このように北朝鮮軍は、ミサイルや核以外の分野においても、“こっそり”と質的な増強を視野に入れているのではないだろうか。

北朝鮮とロシアの軍事的な協力がどのようなレベルにあり、今後どうなるのか。いずれにせよ、日本にとっても無関心ではいられないことだろう。

【執筆:フジテレビ特別解説委員 能勢伸之】

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フジテレビ報道局特別解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。