11月15日、入院先の病院で老衰のため逝去された、三笠宮妃百合子さま。皇室で最高齢の101歳でした。
この記事の画像(15枚)入院していた病院から、住み慣れたお住まいである赤坂御用地に戻られた百合子さま。
16日には、天皇皇后両陛下や愛子さま、秋篠宮家ご一家など、皇族方が相次いで弔問されました。
仲睦まじいご家族…彬子さま明かす秘話
百合子さまは、1941年10月、昭和天皇の弟である三笠宮崇仁さまとご結婚。
5人のお子さまに恵まれ、ご一家で旅行にお出かけになるなど、仲のいいご家族でした。
また、歴史学者で、特にオリエント史がご専門の三笠宮さまと様々な国を訪問し、国際親善も行ってこられました。
2002年には末のお子さま、高円宮さまが47歳の若さでお亡くなりになりました。“ヒゲの殿下”で親しまれた長男の寬仁さまは2012年に、次男の桂宮さまも2014年に亡くなられ、ご自分のお子さまの葬儀に3度も立ち会うという、深い悲しみを経験された百合子さま。
60年以上、母と子の健康を見守る「母子愛育会」の総裁を務められました。
2016年に100歳で三笠宮さまが旅立たれ、その後、百合子さまの一番の心の支えとなっていたのは、孫の彬子さまでした。
2024年6月、百合子さまの101歳の誕生日前日に、フジテレビの単独インタビューで、彬子さまは百合子さまのご様子をこう話していました。
「『きょう100歳最後の日でございますね』とお話ししたら、『うん』とおっしゃっていらっしゃいましたし、(明日は)お祝いを持ってこない人は、病室に入れないようみたいなことにしようかしら?みたいなお話を皆さんでしておりまして」
百合子さまは、誕生日当日にはご家族から病院で祝福を受け、つい最近まで車いすに座るなど、体調は比較的安定されていたといいます。
上皇ご夫妻 深い悲しみ
百合子さまの容体を毎日案じてこられたという上皇ご夫妻。お別れを深く悲しみ、2日連続で弔問されました。
10月に転倒して骨折し、手術を受けた美智子さまは杖を手に、上皇さまが差し伸べられた手を取ってしっかりと歩かれていました。
16日に行われた葬儀を伴う儀式では、喪主を務める孫の彬子さまなど、ご家族に見守られ、納棺にあたる「御舟入」が行われた後、ご遺体にお別れをする「拝訣」が行われたということです。
また、一般の記帳所も設けられており、ゆかりのある人たちが百合子さまを偲びました。
本葬にあたる「斂葬の儀」は、11月26日、東京・文京区の豊島岡墓地で営まれます。
(「めざまし8」11月18日放送)