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日本史はどのように物語られてきたか (5)

第4回 「つくる会」西尾幹二の「天皇抜きのナショナリズム」

執筆者:河野有理 2024年8月31日
タグ: 日本
エリア: アジア
西尾のナショナリズムは、「天皇制度」を「国体」の本質に置く坂本多加雄とは異質な発想によっている[教科書の採択結果を受けて記者会見する「新しい歴史教科書をつくる会」の西尾幹二会長。同会長は文部科学省に採択の遣り直しを求める声明を発表した=2001年8月16日、東京都港区の虎ノ門パストラル](C)時事

(前回はこちらから)

天皇がいない『国民の歴史』

 日本国憲法を否定せず、それどころかそれが定める象徴天皇制度を日本の伝統的な「国体」によって基礎づけようとする坂本の立場は、「改憲派」であることを自明の前提として来た右翼・保守と、「護憲派」であることを自明の前提としてきた左翼・革新の対立という既存の枠組みには収まらないものであった。それが『超えて』側の人々から見れば「厄介さ」のゆえんであっただろうことはすでに述べた。他方、既存の右翼・保守にとっても、それはにわかに飲み込みがたい主張であった可能性がある。たとえば、同じく「つくる会」のメンバーである西尾幹二が執筆し、ベストセラーとなった『国民の歴史』は、坂本の「史観」とは相当に異なっている。

 1935年生まれ、坂本より15歳年長で、もともとニーチェ研究者として出発した西尾は、すでに80年代から保守系言論人としての地位を確かなものにしていた。日本史は西尾の専門ではないが、90年代に入る頃から、西尾は江戸時代についての関心を深めつつあった。『国民の歴史』についても、「つくる会」の「委嘱」により、西尾一人の手によって執筆されたという(771頁)。同書は実のところ、通史ではない。おおむね時系列順に配されているが、基本的にはテーマ史であり、問題史の羅列(全34章)という体裁を取っている。本格的な通史としては、同書の姉妹編として『日本文明史』なる書物が計画されていたようであるが(『国民の歴史』裏表紙には2001年刊行予定とある)、現在までのところ未刊のようである。西尾の『国民の歴史』の特徴を、坂本との対比という点を意識しつつまとめれば、以下の三点になる。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
河野有理(こうのゆうり) 1979年生まれ。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。日本政治思想史専攻。首都大学東京法学部(当時)教授を経て、現在、法政大学法学部教授。主な著書に『明六雑誌の政治思想』(東京大学出版会、2011年)、『田口卯吉の夢』(慶應義塾大学出版会、2013年)、『近代日本政治思想史』(編、ナカニシヤ出版、2014年)、『偽史の政治学』(白水社、2016年)、『日本の夜の公共圏:スナック研究序説』(共著、白水社、2017年)がある。
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