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天皇がいない『国民の歴史』
日本国憲法を否定せず、それどころかそれが定める象徴天皇制度を日本の伝統的な「国体」によって基礎づけようとする坂本の立場は、「改憲派」であることを自明の前提として来た右翼・保守と、「護憲派」であることを自明の前提としてきた左翼・革新の対立という既存の枠組みには収まらないものであった。それが『超えて』側の人々から見れば「厄介さ」のゆえんであっただろうことはすでに述べた。他方、既存の右翼・保守にとっても、それはにわかに飲み込みがたい主張であった可能性がある。たとえば、同じく「つくる会」のメンバーである西尾幹二が執筆し、ベストセラーとなった『国民の歴史』は、坂本の「史観」とは相当に異なっている。
1935年生まれ、坂本より15歳年長で、もともとニーチェ研究者として出発した西尾は、すでに80年代から保守系言論人としての地位を確かなものにしていた。日本史は西尾の専門ではないが、90年代に入る頃から、西尾は江戸時代についての関心を深めつつあった。『国民の歴史』についても、「つくる会」の「委嘱」により、西尾一人の手によって執筆されたという(771頁)。同書は実のところ、通史ではない。おおむね時系列順に配されているが、基本的にはテーマ史であり、問題史の羅列(全34章)という体裁を取っている。本格的な通史としては、同書の姉妹編として『日本文明史』なる書物が計画されていたようであるが(『国民の歴史』裏表紙には2001年刊行予定とある)、現在までのところ未刊のようである。西尾の『国民の歴史』の特徴を、坂本との対比という点を意識しつつまとめれば、以下の三点になる。
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