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保守政党CDU、連邦議会選を前に極右政党AfDとの「協力」でも支持率キープ

執筆者:熊谷徹 2025年2月21日
タグ: ドイツ
エリア: ヨーロッパ
難民規制に関する決議でAfDの「協力」を得たにもかかわらず、CDU・CSUのSPDに対する優勢は崩れていない[選挙イベントに出席したCDUのメルツ党首=2025年2月20日、ドイツ・ベルリン](C)EPA=時事

 ドイツでは2月23日の連邦議会選を前に、野党側が攻勢を強めている。1月末、最大野党である保守政党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、極右政党ドイツのための選択肢(AfD)の「協力」を得て連邦議会で難民規制決議を可決させ、社会民主党(SPD)や緑の党など与党側から強く批判された。しかしその後の世論調査でも、CDU・CSUのSPDに対する優勢は崩れていない。

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 2月6日、政界・論壇で大きく注目されていた、政党支持率調査の結果が公表された。世論調査機関インフラテスト・ディマップが2月3日から5日にかけて、1302人の市民を対象にして実施した調査によると、CDU・CSUの支持率は、1月の調査結果に比べて1ポイント増えて31%となった。AfDの支持率も前月の調査に比べて1ポイント増えて21%になった。

 これに対し、現在連立与党を構成している緑の党の支持率は1ポイント減って14%になり、SPDは15%で前回から変わらなかった。

極右政党の協力を得て「難民規制」決議

 この調査結果が注目された理由は、CDU・CSUの首相候補フリードリヒ・メルツ氏(CDU党首)が、1月29日に連邦議会で難民規制に関する決議を可決させた時に、ある「禁じ手」を使ったからである。彼はドイツで初めて極右政党の賛成票を得て、決議案を議会で通すための過半数を確保した。

 決議案は議員たちの一種の意思表示またはアピールであり、法的拘束力はない。だが中道保守政党と極右政党が、ある決議を可決させるために事実上「協力」したことは特筆するべき出来事だ。つまりメルツ氏はAfDの援護射撃を受けて、決議案を議会で可決させた。

 メルツ氏が目指しているのは、「事実上の難民受け入れストップ」だ。これはAfDの長年の主張でもある。彼は、元CDU党首のアンゲラ・メルケル前首相が2015年のシリア難民危機の時に採用した、人道主義に基づく寛容な難民政策を撤回し、亡命申請者の入国数を大幅に減らすことを狙っている。

 CDU・CSUは決議案の中で、「ドイツ国境では入国検査を常時行うべきだ」と主張。ドイツも加盟しているシェンゲン協定によると、批准国は原則として国境での入国検査を継続的に行ってはならない。

 さらにメルツ氏は、「入国許可・滞在許可を持たない外国人のドイツへの入国を禁止し、国境で追い返すべきだ」と主張した。その外国人が「亡命を希望する」と発言しても、入国を許さない。これまでは、入国時に外国人が亡命を希望すると発言した場合には、入国管理当局はこの外国人のアイデンティティや、ドイツに来るまでに通過してきた国などを調査しなくてはならなかった。国境でその外国人を直ちに追い返すことは禁じられていた。

 CDU・CSUは、亡命申請が却下されるなどして、滞在資格がない外国人の国外追放を加速することも要求した。これまでは警察などの人手不足などにより、国外追放措置が遅れるケースが多かった。さらに、犯罪をおかした亡命申請者やテロを起こす危険がある外国人などは、国外追放されるまで収容施設に無期限に拘束する。現在はそのための収容施設が不足しているので、将来は数を増やす。

 連邦議会で行われた票決では、CDU・CSUがAfD、自由民主党(FDP)の賛成票を受けて、過半数を得た。

 メルツ氏は、「私は当初AfDの助けを借りずに、決議案を可決させようと考えていた。SPDと緑の党に協力を求めたが、彼らは『このような決議は憲法や欧州連合(EU)法に違反する』として拒んだ。したがって私は、他のどの党が賛成してもかまわないと考えることにした」と説明している。メルツ氏は票決の直前、「私は右や左がどのように票を投じるかは、見ない。難民規制を実現するために、まっすぐに前だけを見る」と語っていた。

AfDとの防火壁は崩れたのか

 実はメルツ氏は2024年11月に、「AfDとの政策協力や連立は、絶対に行わない」と公言していた。つまり彼はわずか約2カ月後に、約束を破った。ドイツの伝統的な政党は、AfDと協力しないと言う際に、「AfDとの間に防火壁を建てる」という表現を使う。メルツ氏の行為は、この防火壁が崩れたことを意味する。

 票決の結果が発表されると、AfD幹部らは、「CDU・CSUが我々との間に設置していた防火壁は、取り壊された」と発言。彼らは、「今日は歴史的な日だ。CDU・CSUは我々の路線に近づいた。これまでタブーと見られてきた政策協力が実現した」とメルツ氏の決定を歓迎した。彼らは、「AfDの長年の主張が、ドイツで最も重要な政党の一つによって受け入れられた」と解釈した。これは確かに、AfDにとって大きな前進である。

 これに対しSPDと緑の党は、「CDU・CSUがAfDと事実上協力したことは、タブーを破る行為だ」と強く批判した。オラフ・ショルツ首相は、「私はメルツ氏がAfDと将来連立するのではないかと心配している」とさえ発言した。

 ミュンヘン、ベルリンやハンブルクなどでは、のべ25万人を超える市民が、メルツ氏のAfDへの「接近」に抗議するデモを行った。

 ユダヤ人の著述家ミヒェル・フリードマン氏は、「メルツ氏の決定は破局であり、容認できない」としてCDUに離党届を出した。強制収容所から生還してドイツに住んでいたあるユダヤ人男性は、メルツ氏のAfDとの協力に抗議するために、ドイツ政府から授与されていた勲章を返した。

 メルケル前首相は、2021年に辞任して以降、通常政局に関して口を挟まないことにしている。だが今回は、「メルツ氏は、去年11月に行った、AfDと協力しないという約束を守るべきだ」と異例の発言を行った。メルケル氏は、メルツ氏の態度を「CDU・CSUのAfD容認と見られる危険がある」と考えたのだ。

 ちなみに、メルケル氏の警告の影響か、1月31日にメルツ氏がAfDの賛成票を使って「入国者制限法案」を連邦議会で可決させようとしたところ、CDU・CSUの中からも造反者が出て、法案は可決されなかった。このことは議員の中にも、AfDの賛成票を借りて法案を可決させることに後ろめたさを感じる者がいたことを示している。

難民による無差別殺傷事件が頻発

 実はメルツ氏は、今回の連邦議会選挙では、得意分野である経済問題に力を注ぐことにしていた。そして、難民問題に力点を置くつもりはなかった。そのメルツ氏が、なぜ方針を変更して難民問題を重視し、世論の批判を覚悟の上で、あえてAfDの援護射撃を受けて連邦議会で決議案を可決させたのか。

 その理由は、去年5月からの9カ月間に、難民による無差別殺傷事件が5件も起きたからだ。メルツ氏は、「ドイツとEUの難民政策は、機能麻痺に陥っており、市民の安全が脅かされている。難民をめぐる現在のドイツの状態を放置したら、さらにAfDの得票率が増える」と考えた。

 昨年5月31日には、マンハイムでアフガニスタンからの難民が警察官1人をナイフで殺害し、5人に重傷を負わせた。8月にはゾーリンゲンの市民祭でシリア難民がナイフで通行人3人を殺害し、8人が重軽傷を負った。

 12月にはマグデブルクで、サウジアラビア人の医師が、車をクリスマス市場に突っ込ませた。子どもを含む6人が死亡し、約300人が重軽傷を負った。彼はサウジアラビア政府から迫害されているとして、ドイツへの亡命を認められていた。

 今年1月にはアシャッフェンブルクの公園で、アフガニスタン人の難民が2歳の幼児と41歳の通行人をナイフで殺害し、3人に重傷を負わせた。アシャッフェンブルクで事件を起こしたアフガニスタン人は、2年前に亡命申請を却下されていたにもかかわらず、国外に追放されていなかった。警察と行政の間の連絡ミスや人手不足が原因と見られている。

 2月13日にはミュンヘンで、アフガン難民が車で労働組合のデモの隊列に突っ込み、2歳の幼児と37歳の母親が死亡し、37人が重軽傷を負った。

 12月にドイツのクリスマス市場では、車の突入を防ぐバリケードや、「ナイフなどの凶器持ち込み禁止」の立て札が設置されたが、犯行を防ぐことはできなかった。私は1990年から35年間ドイツに住んでいるが、これほど難民による凶行が頻発したことは一度もない。

 メルツ氏は、「マグデブルクとアシャッフェンブルクの事件が起きてからは、私は自分の良心に照らして、難民規制を強化しなくてはならないと確信した」と述べている。彼は支持率が減っても、決議案を連邦議会で通そうと考えたのだ。

2024年冬のクリスマス市場に設置された、「ナイフなど凶器の持ち込み禁止」の掲示板(2024年11月29日、フランクフルトにて筆者撮影)

「禁じ手」はメルツ氏に深い傷を負わせなかった

 2月6日に発表された世論調査の結果から、メルツ氏の「賭け」は成功したように見える。彼が連邦議会での決議に関する票決でAfDの票を利用したにもかかわらず、CDU・CSUへの支持率が前月に比べて上昇したからだ。インフラテスト・ディマップの調査によると、回答者の43%が「AfDの票を使って決議案を可決させたことは正しかった」と答えている。「AfDの票を使って決議案を可決させたことは間違いだった」と答えた回答者の比率(23%)を上回っている。

 つまり、メルツ氏はAfDとの事実上の協力という「タブー破り」によって、深い傷を負わなかった。むしろ、多くの有権者はメルツ氏の難民規制に対する固い決意を、前向きに評価しているようだ。連邦議会での決議以降、CDU・CSUの支持率が上昇したことは、そのことを示すのかもしれない。

 この背景には、多くのドイツ市民が難民による無差別殺傷事件に憤慨し、治安悪化に対する不安を感じているという事実がある。特に警察や行政の、難民をめぐる仕事のずさんさには、多くの人が不満を持っている。メルツ氏は、「自分の決断は正しかった」と考えているに違いない。

 メルツ氏は、2月23日に行われる連邦議会選挙まで現在の優勢を保つことができるだろうか? 仮に比較第一党となっても単独過半数には届かないと見られるため、政権を安定させるにはいずれかの党との連立が必要となる。難民問題で対立したSPDや緑の党と、すんなりと連立政権を築くことができるだろうか? 政策面で対立する点が多いことから、連立交渉が難航することだけは確実だ。メルツ首相誕生への道は、まだ長く険しい。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
熊谷徹(くまがいとおる) 1959(昭和34)年東京都生まれ。ドイツ在住。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン特派員を経て1990年、フリーに。以来ドイツから欧州の政治、経済、安全保障問題を中心に取材を行う。『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮新書)、『ドイツ人はなぜ年290万円でも生活が「豊か」なのか』(青春出版社)など著書多数。近著に『欧州分裂クライシス ポピュリズム革命はどこへ向かうか 』(NHK出版新書)、『パンデミックが露わにした「国のかたち」 欧州コロナ150日間の攻防』 (NHK出版新書)、『ドイツ人はなぜ、毎日出社しなくても世界一成果を出せるのか 』(SB新書)がある。
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