ThinkPadシリーズが“原則”法人ユーザー向けを中心にビジネスを展開するようになってから、コンシューマー市場への取り組みを質問されるたびに、IBMもレノボ・ジャパンも「コンシューマー向けユーザーに対するサポートの難しさ」を説明していた(ただし、コンシューマーユーザーを無視しているわけではなく、Webサイトでの直販や、サービスマニュアルのダウンロードサービス、パーツレベルの取り寄せサービスといった、ほかのPCメーカーにはないきめ細かなサポートをコンシューマーユーザーにも提供していた)。
レノボ・ジャパンは、IdeaPad S10eの投入で日本のコンシューマー市場に2008年10月から参入したが、ワールドワイドで見ると、すでに世界各国でコンシューマー市場でビジネスを展開してきている。そういう意味では、レノボはコンシューマーユーザーに対するサポートのノウハウを長年にわたって蓄積していたことになる。
ワールドワイドで提供されているレノボのサポートはどのようにユーザーを支えてきたのだろうか。今回、レノボでサービス担当の上級副社長を務めるクリストファー・アスキュー氏に話を聞く機会を得た。アスキュー氏は、デル、コンパックコンピュータで、長年にわたってカスタマーサービスの部門を統括してきた「ユーザーサポート」のベテランだ。
──日本のユーザーには、法人向けサポートが充実しているイメージが強いですが、現在、Lenovoが全世界規模で展開しているサポートメニューには、どのようなものが用意されていますか?
アスキュー 製品のユーザーと製品のライフサイクル全般をカバーする幅広いサービスをワールドワイドで対応できるようにしています。同じサービスは日本のユーザーにも提供しています。
大規模なエンタープライズ向けのサポートでは、アカウントの管理サービスや、電話サポートの優先順位を高くするなどのサービスも提供しています。PCのライフサイクルのサポートでは、システムのインストールや運用レクチャーとともに、廃棄するPCをどうするかといったサポートも行います。
レノボのカスタマーサービスでは、いろいろなセグメントに向けたサービスをブレンドした、サービスメニューのパッケージを用意しています。プラットフォームに特化したパッケージサービスもあれば、ソリューションに特化したビジネス志向のサービスもあるわけです。例えば、保障期間の延長サービスはプラットフォーム志向のサービスといえますし、管理サービスはビジネス志向に基づいたソリューション別に用意するサービスとなるでしょう。
──いま説明された、プラットフォーム志向のサービス、ソリューション志向のサービスという切り分けは、法人ユーザーを意識しているのではないでしょうか。
アスキュー そうではありません。レノボでは、サポートを行う対象に明確なセグメントを設けて、それぞれのセグメントにあったサポートを提供しています。コンシューマー向けのサービスではコンシューマーユーザーの需要にあったサポートを用意するのです。その中には、オンラインで購入するユーザーへの低価格化サービスであったり、公共部門向けや企業向けのそれぞれでもサービスがあったりします。トップエンドに位置付けられるものとしては、大規模なグローバルアカウントの管理サービスや、大量の機材を使ってもらうユーザーには最終的な処分サポートも含まれます。
このように、あらゆるセグメントの要求に応えるサポートを提供するのがレノボのカスタマーサービスです。基本的に、用意するサービスは広く、かつ、それぞれのセグメントに特化したものも加えて提供できるように考えています。必ずしも、エンタープライズ向けだけのカスタマーサービスではありません。
──大規模で広範囲なサポートをワールドワイドで提供するために、カスタマーサービスはどの程度の規模が求められるのでしょうか。
アスキュー 具体的な人員は説明できませんが、グローバルなサービスを展開し、かつ、地域によって偏りが出ないようにする必要があります。レノボのサービスは約160カ国で展開していますが、それだけのエリアでサービスを提供できるだけの人員は十分確保しています。160カ国でサービスを提供するためには、サービスを行う母体としてのレノボスタッフに加えて、パートナーシップも多数展開しています。
グローバルにサービスを展開することはもちろん重要ですが、それと同時に、ユーザーからは、提供するサービスの質も高いものが求められます。提供されたサービスでユーザーがどれだけのメリットを得られたのかを測る指標として、レノボでは、「カスタマー・ディライト」(顧客の喜び)という言葉を用いています。レノボでは、「カスタマー・サティスファクション」(顧客満足度)という言葉を使っていないのです。
これは重要な考えです。ユーザーに満足してもらうことを目標にしているだけでは、平均点程度のものしか狙えません。顧客満足度では中程度の評価にとどまってしまうのです。これは、レノボの目標ではありません。レノボが目指しているのは、すべてのユーザーに、いつでもどんな案件でも、レノボの製品やサービスを使ってよかったと“喜んでもらえる”ことなのです。
ユーザーに満足してもらえたからそれでいい、と考えることは、それ以上のことはできなくてもいい、といっているようなものです。最上のサービスを提供するということは、ユーザーにレノボの製品を使って本当によかったと思ってもらうことに等しいのです。だから、レノボは顧客満足度ではなく、“カスタマー・ディライト”という言葉を使っているのです。
ただ、ユーザーは、高いサービスの品質とともに、製品やサービスを提供するコストは下げて欲しいと望んでいます。 ユーザーが、レノボのカスタマー・サービスに望んでいるのは、この2つに集約されます。“カスタマー・ディライト”は得たいが、そのために支払うコストは下げて欲しいということですね。
レノボでは、“カスタマー・ディライト”を向上させるサービスとコストの抑制が両立するように、ビジネスモデルを構築しています。 どちらか片方を実現させるのは簡単です。コストをいくらでも掛けられるなら、“カスタマー・ディライト”はいくらでも向上できるでしょう。コストを抑制することも簡単です。ユーザーに喜んでもらうことをまったく無視すればいいのです。
しかし、これはレノボが目指している姿ではありません。“カスタマー・ディライト”を得ながらコストを抑制しなければなりません。レノボでは、この取り組みが十分できていることを示すデータがあります。2008年の調査では、“カスタマー・ディライト”の評価が10ポイント向上したのに、サービスを提供するのに要したコストは27ポイントも減ったのです。
──今後もよりよい“カスタマー・ディライト”を実現するために、レノボが現在最も力をいれて取り組まなければならない課題は?
アスキュー “カスタマー・ディライト”を考える場合、概略的なところを見ているだけではいけません。よりユーザーに近い視点が必要になるのです。 “カスタマー・ディライト”を達成するために、世界で共通のポリシーや手法を持とうとしたら失敗するでしょう。それぞれの地域とそれぞれのセグメントに適した方法を見失う可能性が高いからです。
日本では、数千件規模のフィードバックがユーザーから返ってきます。これは、レノボの社員から上がってくる情報でも、レノボのパートナー企業から入ってくる情報でもなく、カスタマーサービスの部隊がユーザーから直接受け取るフィードバックです。これらのフィードバックについては、コンシューマー、大規模企業ユーザーなどのセグメントに切り分けて、それぞれのセグメントにおいて“カスタマー・ディライト”を実現するために何が必要なのかという、これからの課題に結びつけるように考えています。ユーザーに最も近い場所でユーザーから直接フィードバックが得られることが、“カスタマー・ディライト”を達成するための最も重要な基本といえるでしょう。
──外資系のPCメーカーは、日本のユーザーの特異性をよく口にしますが、レノボが得ているフィードバックからは、日本特有の傾向などを確認することができますか。
アスキュー フィードバックにあるリクエストを、日本特有のものと考えることはしたくありません。日本のユーザーが何を求めているのかと考えるようにしています。これが、日本のユーザーが望んでいるものを本当の意味で理解することにつながるからです。
日本のユーザーから上がっているフィードバックでは、 サポートセンターへ滞りなく電話が繋がり、問題の解決がスムーズにできることを何よりも優先し、修理ではクオリティの高い仕上がりが求められています。また、単に問題を解決するだけでなく、短時間で修理ができるだけでなく、日本のユーザーは根本原因まで解明することを求めています。根本原因が判明すれば、同じような故障が再発しないように対策できるというのが日本のユーザーからよく聞く意見ですね。
──カスタマーサービスに集約されるユーザーのフィードバックは、どのようなフローで製品の改善に反映されていくのでしょうか。
アスキュー フィードバックで得た情報を製品に反映する過程において、2つの考えがあります。1つはグローバルでバラツキがないように、一貫したバックボーンの持つこと。 もう1つは、グローバルで一貫したプロセスは持つが、ユーザーから上がってきたフィードバックを解析して、根本原因の究明、判明した原因の改善策の考案、改善策の反映は、それぞれの国ごとに、その国の市場にあわせて行うこと。日本で“カスタマー・ディライト”を向上させる改善策が、ほかの国で必ずしもうまくいくとはいえないからです。
──日本でも、IdeaPadの投入でコンシューマー市場に参入しました。日本のコンシューマー市場に対するカスタマー・サービスの準備は十分にできていると考えていますか。
アスキュー “顧客満足度”だけを問題にするなら、日本は十分うまくやっているでしょう。しかし、“カスタマー・ディライト”を求めるのであれば、準備に終わりはありません。レノボは、“カスタマー・ディライト”を高めていくために、ユーザーに近い立ち位置でフィードバックを得ることで、常に改善をしていかなければならないのです。私は、事業を評価するときに、成果が上がって“満足”した、という言葉は使わず、成果が上がって「うれしい」と表現しています。ユーザーの要求は「満足したから終わり」ということはなく、常によりいいものを求めてきます。レノボは進化するユーザーの要望に応え続けていかなければなりません。この努力は終わることはないのです。
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