かんしゅく‐しょう〔‐シヤウ〕【甘粛省】
読み方:かんしゅくしょう
⇒甘粛
甘粛省
甘粛省概要 | ||
ローマ字表記 | Gansu | |
略称 | 隴 Long | |
省都 | 蘭洲 Lanzhou | |
位置 | 黄土高原、青蔵高原、内蒙古高原の間に位置している。 | |
面積 | 39万平方キロメートル | |
気候 | 省内全域が乾燥地域で、温度差が大きく、冬と夏が長い。年間平均気温は-0.3度から14.8度。 省内は1.朧南南部亜熱帯湿潤区、2.朧南北部温暖湿潤区、3.朧中南部温帯半湿潤区、4.朧中北部温帯半乾燥区、5.河西北部温帯乾燥区、6.河西西部温帯乾燥区、7.河西何部寒帯半乾燥区、8.甘南寒帯湿潤区の8つの気候区に分かれている。 | |
人口 | 約2338万人。回、チベット、トンシャン、ユーグ、ボウナン、蒙古、カザフ、トゥー、サラ、満州などの少数民族が住んでいる。 | |
主な都市 | 開封市、洛陽市、平頂山市、焦作市、鶴壁市、新郷市、安陽市、濮陽市、許昌市、三門峡市、南陽市など。 | |
概要 | 農業、牧畜、石油、化学工業などが主要な産業。ウリ科の果物、漢方薬材、毛皮の産地。 省内には歴史古跡が無数にある。 市内には黄河などの河がある。 | |
観光スポット | 麦積山石窟、仙人崖、炳霊寺、嘉峪関、敦煌莫高窟などがある。 | |
歴史 | 200万年前にはこのあたりに「黄河ステロドン」という古生物が生息していた。 5、6000年前には仰韶文化が出現している。 春秋戦国時代には秦と西戎の領土に分断されていた。漢代には涼州、三国時代は雍州地に所属。唐代には三道が置かれた。漢、唐時代にはシルクロードがここを経由していた。 宋代には「西夏」と称し、その中で甘州(今の張掖)と粛州(今の酒泉)に分かれていた。現在の「甘粛」という名前はこの2つから採っている。 明代には陜西省に属したが、清代に「甘粛省」となる。 国境沿いに隴山があるため、略称を「隴」という。 |
甘粛省
甘粛省
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/17 03:59 UTC 版)
清軍は降伏勧告を繰り返したにもかかわらず、多くの回民が最後の甘粛省の拠点である粛州(現在の酒泉市)にこもって抵抗をつづけた。左宗棠は補給を整えたうえで、1873年から1万5千の兵で粛州を包囲した。10月に粛州は陥落し、指導者である馬文禄はじめ7千人が処刑された。生き残った者は甘粛省南部に移住させられた。蘭州から敦煌に至る河西回廊を回民の無人地帯とし、東トルキスタンとの連絡を断つ目的であった。
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