環椎
別名:第一頚椎
【英】:Atlas,CI
第一頚椎(環椎)は、ほかの頚椎と比べて特殊な形をしていしている。環椎(第一頚椎)には椎体と棘突起は存在せず、短い前弓と長い後弓および外側塊の三つの部分が大きな椎孔を囲んでいる。前弓は椎体の前縁部に相当し、前面中央には前結節が、後面の中央には歯突起窩がある。後弓は椎弓に相当する部分で、後面の中央には棘突起に相当する部分で、後面の中央には棘突起に相当する後結節がある。外側塊は前弓と後弓を結合する分で著しく肥厚している。外側塊からは外側へ向かってかなり大きい横突起が出ており、横突起の基部には比較的内頚の大きな横突孔がある。外側塊の上面には長楕円形の上関節窩が、下面には平らな下関節窩があって、それぞれ後頭骨の後頭顆、軸椎の歯突起がおさめられてりう。後半の部分は本来の椎孔に相当し、三角形状である。頭上に天空を支えるギリシャの神Atlas(Titan)にちなんで命名された。
環椎
骨: 環椎 | |
---|---|
環椎は頸椎の一番頭側の骨。赤色で示す。 第一頚椎または環椎の上面 | |
名称 | |
日本語 | 環椎 |
英語 | Atlas |
関連構造 | |
上位構造 | 脊椎、頸椎 |
画像 | |
アナトモグラフィー | 三次元CG |
関連情報 | |
MeSH | Cervical+Atlas |
グレイの解剖学 | 書籍中の説明(英語) |
環椎(かんつい、Atlas)は椎骨のうち一番頭側にある骨、第一頚椎のこと[1]。Cervix(頚部のラテン名、頚椎はVertebra cervicalisという)の一番目のため、C1と略して呼ばれる。本項では特に記さない限り、ヒトの環椎について説明する。
一番目の椎骨であり、第二頚椎である軸椎とともに頭蓋骨と脊椎をつなぐ関節を形成している。他の椎骨と異なり、環椎と軸椎は関節可動域が非常に大きい。
環椎の特徴のひとつは、椎体を持たないことである。環椎の椎体は第二頚椎である軸椎のそれと癒合している[1]。もうひとつの特徴として、棘突起を持たない。環椎はリング状で、前後のアーチ(弓)と外側塊と呼ばれる厚い部分から構成される。
前弓
前弓は環椎全体の5分の1程の長さであり、前面は凸型で中心には前結節があり[1]、ここに頸長筋と前縦靱帯が付着する。後面は凹型で円または楕円形の関節面(歯突起窩)があり、軸椎の歯突起と関節を形成する[1]。また上縁と下縁はそれぞれ前環椎後頭膜(膜という名称だが靱帯である)および前環軸靱帯の付着部であり、それぞれを介して後頭骨および軸椎と結合している。
後弓
後弓は環椎の全周のほぼ5分の2を占めており、外側塊に始まり後結節に終わる。後結節は棘突起の痕跡で、小後頭直筋および項靱帯が付着する。棘突起と異なり後結節が小さいために、環椎と頭蓋骨の間での動きは制限されない。
後弓の後面は上縁と後縁が丸みを帯びていて後環椎後頭膜が付着する。一方後弓の前のほう(外側塊の上関節突起のすぐ後ろ)には上縁に溝がある(椎骨動脈溝)[1]。この溝は時に、上関節突起の後端から伸びた細い骨棘のアーチができて孔になっていることがあり、これを椎骨動脈管という。
椎骨動脈溝は他の椎骨の上椎切痕にあたり、横突孔内を上行してきた椎骨動脈は外側塊を取り巻くように屈曲し、後内側に向かってこの溝を通り、脊柱管内にはいる。後頭下神経(第一脊髄神経)もここを通る。よくある解剖学的変異として、前述の椎骨動脈管がある場合、ここを椎骨動脈が通る。
後弓の下面、関節面のすぐ後方には二条の浅い溝があり、下椎切痕という。また下縁には後環軸靱帯が付着して、軸椎と結合する。
外側塊
外側塊は、環椎の中で最も厚く硬い部分で、ここで頭部の重量を支える。左右それぞれの外側塊とも、上関節面 と下関節面を持つ。
- 上関節面は大きな楕円形の凹面で、前方で近づき、後方では離れている。また上内側、そしてやや後方を向いていて、二つの上関節面がそれぞれ対応する後頭骨の後頭顆の受け皿となっている。中央で辺縁がくぼんで、さらに二つの部分に分かれていることも珍しくない。
- 下関節面は円形で、平坦かやや凸面になっており、下内側を向いている。軸椎との関節を形成して頭部が回旋運動できるようになっている。
椎孔
環椎のリングの内部を椎孔という。上関節面の内側縁には小さな結節があり、環椎横靱帯がそれに付着して環椎のリング内を横切って椎孔を不均等に分割している。
環椎の椎孔は脊髄が通るのに必要なサイズよりはかなり大きく、そのため環椎が横にずれてしまっても脊髄を圧迫することがないようになっている。
横突起は外側塊から外側下方に大きく突き出しており[1]、頭部を回旋させるための筋群が付着している。他の椎骨にある前結節と後結節は癒合して一塊となり、横突孔は下から見て上後方に向かってあいている。
関節
環椎後頭関節
環椎は後頭骨とともに環椎後頭関節(英: atlanto-occipital joint)を構成する。この関節は靭帯で強く結合されており、可動方向は前後屈のみにほぼ限られる[2]。環椎後頭関節は環軸関節と協働して前後屈するが、環椎後頭関節のみでの屈曲可動域は30°になる[3]。
発生
環椎はふつう3つの骨化中心から骨化が行われる。そのうち左右の外側塊の骨化中心は、胎生7週ごろに現れ、後方に発達する。ここからできた骨は出生時にはまだ軟骨をはさんで隔たっており、癒合していない。生後3歳から4歳にかけて、直接あるいは中間にある軟骨が骨化して癒合する。
前弓もまた出生時には軟骨のままである。生後1年目の終わりごろに骨化中心が現れ、6歳から8歳にかけて外側塊と癒合する。癒合線は上関節面の前半部にあたる。前弓の骨化中心が現れず、左右の外側塊から骨が伸びて前弓が形成されることもある。また前弓の骨化中心が左右二つに分かれていることもある。
環椎の損傷
環椎の骨折はジェファーソン骨折と呼ばれる。
画像
語源
ラテン語名のAtlasは、ギリシア神話で天空を支えたという巨人アトラースに由来する[4]。頭蓋骨を支えていることからの連想である。
昭和初期までは日本語でもアトラースを意訳して「載域」と呼ばれていた[5](載域=天「域」を「戴」く、頭にのせる)。 1944年に日本解剖学会から発行された『解剖学用語』では、国語愛護同盟からの影響もあって日本語におけるわかりやすさが重視されたため、 輪状でありかつ椎骨であることが容易に理解できるように、新しく「環椎」という用語が選定された[5]。
脚注
- ^ a b c d e f g 森ら, p.32
- ^ "後頭骨と環椎の間では環椎後頭関節が存在し,強い凸面をもつ後頭骨後頭顆が, 弱い凹面をもつ環椎上関節窩にはまり込んで,周囲は強靱な靱帯性結合によって固められており,前後屈以外の可動域はほとんど許容しない." 長本 (2016) 頚椎のバイオメカニクス. Jpn J Rehabil Med Vol. 53 No. 10.
- ^ "In combined flexion-extension movement of CO-C2, the atlantooccipital and atlantoaxial components vary. The greatest mobility measured for CO-Cl was 30°" L Penning (1978) Normal movements of the cervical spine.
- ^ 国立国会図書館. “人間の頭部に「アトラス」という名前の骨があるそうですが、ギリシャ神話に出てくる巨神「アトラス」と何か...”. レファレンス協同データベース. 2023年3月9日閲覧。
- ^ a b 澤井 直、2010、「昭和初期解剖学用語の改良と国語運動」、『日本医史学雑誌』56巻1号 pp. 39-52
参考文献
- 原著 森於菟 改訂 森富「骨学」 『分担解剖学1』(第11版第20刷)金原出版、東京都文京区、2000年11月20日、19-172頁。ISBN 978-4-307-00341-4。
頸椎
骨: 頸椎 | |
---|---|
名称 | |
日本語 | 頸椎 |
英語 | cervical vertebrae |
ラテン語 | vertebrae cervicales |
関連構造 | |
上位構造 | 脊椎 |
画像 | |
アナトモグラフィー | 三次元CG |
関連情報 | |
MeSH | Cervical+Vertebrae |
グレイ解剖学 | 書籍中の説明(英語) |
頸椎(けいつい、cervical spine)は、椎骨の一部を構成する骨。頭部の支持のほか、前後屈・横屈・左右回旋などの運動を可能とする機能を持つ[2]。
両生類の頸椎
脊椎動物のうち魚類は頸椎を他の脊椎から区別できない[3]。現生の両生類においては第一頸椎のみが唯一の頸椎として扱われている。現生両生類の第一頸椎には突起が存在せず、2つの後頭顆と関節する2つの滑らかな窪みが存在する。これにより、頭蓋は魚類に不可能であった背腹方向への運動をある程度可能とした。なお、最初期の両生類では後頭顆と窪みはそれぞれ1つのみであったとされる[4]。
有羊膜類の頸椎
有羊膜類では、頸椎は胸郭の形成に参加しない点で胸椎あるいは胴椎から区別される[3]。有羊膜類の頸椎は両生類よりも数が多く、柔軟性が高い。また第一頸椎(環椎)と第二頸椎(軸椎)が獲得されたのもこの有羊膜類の段階である。環椎は椎体が欠損するため環状構造を示し、頭側に1つあるいは2つの深い上関節窩を持ち、爬虫類では1つ、哺乳類では2つの後頭顆と関節する。この機能は両生類に見られるものと同様である[4]。ヘビ以外の有羊膜類では、環椎の椎体は軸椎の歯突起となる。歯突起は前側に突出して環椎を貫通し、頭部と環椎の回転軸として機能する[4]。
非鳥類型恐竜の多くは、曲竜類やケラトプス科を除き、鳥類と同様にS字型に湾曲した頸部を持つ。長い頸部を持つ竜脚類は頸椎数が多く、恐竜の中でも柔軟性が高かったと見られるが、現生鳥類ほど高い可動性を持つ適応は示さなかった[5]。
鳥類の頸椎は哺乳類と比べて多く、例えばハトは12個、ニワトリ・アヒル・フクロウは14個、ガチョウは17個、ハクチョウは25個の頸椎を持つ[6]。フクロウは頭を最大で左右に270度回旋できる。
大多数の哺乳類の頸椎は7つの骨で構成されている(ヒトやキリン[7]やクジラなど)[4]。ただし例外は、マナティー・オオアリクイは6個、ナマケモノは6〜9個の頸椎を持つ。
哺乳類の第三頸椎から第七頸椎までは似た形をしているが下にある椎体ほど大きく[8]、特に第七頸椎は長く大きな棘突起を持ち[1]、体表から容易に観察したり触れることができるため隆椎とも呼ばれる。頸椎の中で最も運動が起こりやすいのは第一頸椎と第二頸椎の間であり、これを環軸関節と呼ぶ。
画像
脚注
- ^ a b 森ら, p.32
- ^ 鈴木泰子『ぜんぶわかる 骨の名前としくみ辞典』山田敬喜、肥田岳彦監修、成美堂出版、2015年7月20日、104-105頁。ISBN 978-4-415-31001-5。
- ^ a b 犬塚則久「脊柱と椎骨の形態学」『脊髄外科』第28巻第3号、2014年、239-245頁、doi:10.2531/spinalsurg.28.239。
- ^ a b c d George C. Kent、Robert K. Carr 著、谷口和之、福田勝洋 訳『ケント 脊椎動物の比較解剖学』緑書房、2015年、155-157頁。ISBN 978-4-89531-245-5。
- ^ グレゴリー・ポール 著、東洋一、今井拓哉、河部壮一郎、柴田正輝、関谷透、服部創紀 訳『グレゴリー・ポール恐竜事典 原著第2版』共立出版、2020年8月30日、24頁。ISBN 978-4-320-04738-9。
- ^ ホルスト・エーリッヒ・クーニッヒ、ハンス=ゲオルグ・リービッヒ 著、カラーアトラス獣医解剖学編集委員会 訳『カラーアトラス獣医解剖学 増補改訂版(第2版)下巻』緑書房、2016年、860頁。ISBN 978-4-89531-252-3。
- ^ キリンの第一胸椎は第八頸椎に相当する働きを持ち、首の柔軟性に寄与する。
- ^ 森ら, p.29
参考文献
- 原著:森於菟、改訂:森富「骨学」『分担解剖学1』(第11版第20刷)金原出版、東京都文京区、2000年11月20日、19-172頁。ISBN 978-4-307-00341-4。
関連項目
- 人間の骨の一覧
- 頸椎症
- 頸髄
- ネックカラー
- Spineboard(全脊柱固定器具、通称バックボード)
外部リンク
- 頸椎 - 慶應医学部解剖学教室 船戸和弥
第一頚椎と同じ種類の言葉
- 第一頚椎のページへのリンク