ジー‐アール‐ビー【GRB】
読み方:じーあーるびー
GRB
車両騒音分科会。ECE(国連・欧州経済委員会)のもと、自動車関連のECE規則の制定や改定を行っているWP29部会(自動車基準調和世界フォーラム)の下部組織のひとつで、騒音関係の法規を担当する会議体をいう。各国政府機関に加え、OICA(国際自動車会議所)など民間の専門家がオブザーバーで参加している。
参照 ECE、OICAGRB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/06/29 02:02 UTC 版)
- GRB
- オースチン・ストローベル国際空港のIATA空港コード。
- 韓国の公的倫理審査機関・ゲーム物等級委員会(Game Rating Board)の略称。
- 三代目スバル・インプレッサWRX STIの車両形式。
- ガンマ線バースト(Gamma Ray Bursts)。天文現象のひとつ。
- 色の三原色、G(グリーン),R(レッド),B(ブルー)の略。RGB。
- グレボ語のISO 639コード。
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グランザイムB
グランザイムB(英: granzyme B、GrB)は、NK細胞と細胞傷害性T細胞の顆粒に最も一般的に存在するセリンプロテアーゼである。グランザイムBはこれらの細胞からポア形成タンパク質パーフォリンとともに分泌され、標的細胞のアポトーシスを媒介する。
また、グランザイムBは好塩基球やマスト細胞から平滑筋細胞まで広範囲の非細胞傷害性細胞によっても産生されることが判明している[1]。グランザイムBの副次的機能は多岐にわたる。グランザイムBはサイトカインの放出を刺激することで炎症の誘導に関与しており、また細胞外マトリックスのリモデリングにも関与している。
グランザイムBレベルの上昇は、多数の自己免疫疾患、いくつかの皮膚疾患、そして1型糖尿病への関与が示唆されている。
構造
ヒトでは、グランザイムBは14番染色体のq11.2に位置するGZMB遺伝子にコードされる。GZMB遺伝子の長さは約3.2 kbで5つのエクソンから構成される[2]。グランザイムはヒトでは5種類、マウスでは10種類存在するが、これらの中でもグランザイムBは最も豊富に存在する[1]。グランザイムBはグランザイムHと関連した祖先から進化したと考えられており、他のグランザイムよりも低い濃度でも高い効果を示す[3]。
グランザイムBはまず、N末端にペプチド配列が付加された不活性な酵素前駆体として存在する[3]。この配列はカテプシンCによって切断され、2アミノ酸が除去される[4]。カテプシンHもグランザイムBを活性化することが報告されている[2]。
グランザイムBの構造は、6本のストランドからなるβシートと3つのtrans-domain segmentから構成される。細胞傷害性リンパ球の粒子内では、2つのグリコシル化形態で存在する。高マンノース型は32 kDa、複合型は35 kDaである[2]。
グランザイムBの活性部位にはヒスチジン-アスパラギン酸-セリンの触媒三残基が存在し、P1位に位置するアスパラギン酸の後を選択的に切断する。切断されるアスパラギン酸残基は酵素の結合ポケットのアルギニン残基と結合する[5]。グランザイムBは中性のpHで活性があり、そのため細胞傷害性T細胞の酸性顆粒内では不活性である。また、顆粒内ではセルグリシンの結合によっても不活性化されており、細胞傷害性T細胞内で自身のアポトーシスが開始されないようにしている[4]。
送達
グランザイムBはパーフォリンとともに放出され、パーフォリンは標的細胞の細胞膜にポアを形成する。パーフォリンのポアの半径は5.5 nmであるのに対し、グランザイムBのストークス半径は2.5 nmであるため、パーフォリンのポアを通って標的を破壊することができる。
また、放出されたグランザイムBは、標的細胞表面の負に帯電したヘパラン硫酸を含む受容体に結合し、エンドサイトーシスされる。その後、グランザイムBを含んだ小胞は破裂し、グランザイムBは細胞質とそこに位置する基質に対して露出する[3]。また、Hsp70もグランザイムBの移行の補助に関係している[5][6]。
グランザイムBは、自身に結合しているセルグリシンを標的細胞膜の負に帯電したリン脂質と交換することで標的に移行することも提唱されている。移行はabsorptive pinocytosisと呼ばれる飲作用過程で行われる[2]。
グランザイムBを介したアポトーシス
標的細胞内では、グランザイムBがイニシエーターカスパーゼのカスパーゼ-8、-10、エフェクターカスパーゼのカスパーゼ-3、-7を切断して活性化することでアポトーシスを開始する[1]。グランザイムBに対する感受性が最も高いのはカスパーゼ-7であり、カスパーゼ-3、-8、-10は中間体断片へと切断されるだけで、十分な活性化にはさらなる切断が必要である[7]。
グランザイムBには300以上の基質が存在し、ミトコンドリア外膜のMcl-1を切断し、Bimに対する阻害を緩和させる。BimはBAX/BAKのオリゴマー化、ミトコンドリア膜の透過化とアポトーシスを刺激する。グランザイムBはHAX1も切断し、ミトコンドリア膜の脱分極を促進する[2]。
グランザイムBはBIDも切断し、BAX/BAKのオリゴマー化とミトコンドリアからのシトクロムcの放出を引き起こす。ICADの切断は、アポトーシスと関係したDNAの断片化とラダーパターンの形成を引き起こす[1]。
グランザイムBはミトコンドリアの活性酸素種を細胞傷害レベルで産生し、細胞死を媒介する[8]。カスパーゼ非依存的な細胞死経路は、ウイルスによるカスパーゼの阻害とアポトーシスの防止に打ち勝つために生じたものであると考えられている[4]。
標的
核
グランザイムBは核内にも多くの基質が存在する。グランザイムはPARPやDNAPKを切断し、DNA修復やレトロウイルスによるDNAへの組み込みを阻害する。グランザイムBはヌクレオフォスミン、I型トポイソメラーゼ、ヌクレオリンも切断し、ウイルスの複製を防ぐ。また、HSV-1が遺伝子のトランス活性化のために利用する必須タンパク質ICP4を切断し、またNUMAを切断して有糸分裂を防ぐ[1]。
グランザイムBはアデノウイルスのDBP(DNA Binding Protein)を50 kDaの断片へと切断する。また、グランザイムBによって活性化されるカスパーゼを介して、60 kDa断片への切断も間接的に行われる[9]。
細胞外マトリックス
グランザイムBは、フィブロネクチン、ビトロネクチン、アグリカンなど、細胞外マトリックス(ECM)の多くのタンパク質を分解する。切断はアノイキスによる細胞死を誘導したり、アラーミンの放出によって炎症を誘導したりする[1]。フィブロネクチンの断片は好中球を誘引し、軟骨細胞でのMMPの発現を刺激する[5]。好塩基球はグランザイムBの分泌によって内皮細胞間の接触を分解し、炎症部位への漏出を可能にする[6]。
グランザイムBはサイトカインIL-1αとIL-18のプロセシングによっても炎症を誘導する。また、PAR1の活性化を介してIL-6とIL-8の放出も開始する[10]。
ビトロネクチンの切断はRGDインテグリン結合部位で行われ、細胞成長シグナル伝達経路を阻害する。ラミニンとフィブロネクチンの切断は表皮真皮接合部の接着とクロストークを破壊し、デコリンの破壊はコラーゲン組織の破壊、皮膚の菲薄化と老化を引き起こす。ケラチノサイトはUVAやUVBの照射後にグランザイムBを発現し、皮膚の光老化と関係している[10]。
グランザイムBは創傷治癒も妨げる。von Willebrand因子の切断は血小板の凝集を阻害し、プラスミノーゲンの切断は血管新生を妨げるアンギオスタチン断片を産生する。フィブロネクチンとビトロネクチンの切断はprovisional matrixの形成を遅らせ、創傷治癒をさらに妨げる[10]。
T細胞の調節
グランザイムBは制御性T細胞から分泌され、末梢組織に限定されて胸腺に到達できず宿主細胞に暴露されていないCD4+T細胞を死滅させる。この活性化誘導細胞死(AICD)はFas経路を介さずに行うことが可能であり、自己抗原に対する自己免疫反応を防ぐことができる[1]。
阻害因子
グランザイムBの最も一般的な阻害因子はSERPINB9であり、PI-9(proteinase inhibitor 9)という名称でも知られる。376アミノ酸からなり、核と細胞質に存在する[2]。PI-9は多くの細胞種で、グランザイムBを介した偶発的な細胞死からの保護のために産生されている。PI-9は準安定状態で存在し、グランザイムBに結合した際にエネルギー的に有利なコンフォメーションをとる。PI-9のRCL(reactive loop center)領域は偽基質として作用し、まず可逆的なミカエリス複合体を形成する。RCLのP1位とP1'位の間のペプチド結合が切断されると、グランザイムBは恒久的に阻害される。しかし、RCLの切断が効率的に行われた場合、PI-9は1:1の自殺基質としては作用せず、グランザイムBは阻害されない[11]。グランザイムMは核内と細胞質のPI-9を切断し、グランザイムBの阻害を緩和させる[2]。アデノウイルスのL4-100Kタンパク質も非活性部位と基質結合ポケットに結合することでグランザイムBを阻害する[3]。L4-100Kはヘキソンカプソメアを核内へ運搬する組み立てタンパク質である。100 kDaのタンパク質はグランザイムHによって90 kDaの断片へと切断されることで阻害は緩和され、これはアデノウイルスの複製の抑制やグランザイムBを介した細胞死への再感作に重要である[9]。
疾患における役割
グランザイムBの血漿中の正常な濃度は20–40 pg/mlであり、70%の活性が維持されているが、多くの疾患でグランザイムBの濃度上昇がみられる[5]。グランザイムBは、抗原のディスオーダー領域やリンカー領域を切断して新たなエピトープを露出させることで自己抗原を作り出し、これが自己免疫疾患の発症の原因となる場合がある[5][12]。
CD8+T細胞からパーフォリンととともに放出されるグランザイムBは、同種他家由来の内皮細胞を死滅させることで心臓や腎臓移植の際の拒絶反応を引き起こす場合がある。膵島でのインスリン産生β細胞の破壊はT細胞とグランザイムBを介して行われており、1型糖尿病に寄与している。グランザイムBは脊髄損傷後の細胞死も媒介しており、関節リウマチにおいても上昇している。
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、NK細胞やT細胞から分泌されるグランザイムBが気管支上皮細胞のアポトーシスを引き起こすことが原因とされている。また、グランザイムBによるマトリックスの不安定化とリモデリングも、喘息の病因と関連している。グランザイムBはメラノサイトを死滅させ、尋常性白斑の原因となる。また接触皮膚炎、硬化性苔癬、扁平苔癬の症例でもグランザイムBの過剰発現がみられる。
グランザイムBを発現している細胞傷害性細胞が毛包の近傍に同定されており、脱毛に関与している可能性がある[5]。また、グランザイムBによるECMのリモデリングは左室リモデリングへの関与が示唆されており、これはその後の心筋梗塞の可能性を高める。平滑筋細胞のアポトーシスによるアテローム斑の線維性被膜の弱体化も、グランザイムBと関係している[13]。
出典
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- ^ “Granzyme B as a novel factor involved in cardiovascular diseases”. Journal of Cardiology 57 (2): 141–7. (March 2011). doi:10.1016/j.jjcc.2010.10.001. PMID 21168312.
関連項目
- GZMB
外部リンク
- Granzyme B - MeSH・アメリカ国立医学図書館・生命科学用語シソーラス
グループB
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グループBは、自動車レースに使用する競技車両のカテゴリーの1つ。1982年、国際自動車連盟(FIA)の下部組織だった国際自動車スポーツ連盟(FISA)によって、それまで1から8の数字によって形成されていたレギュレーション(国際自動車競技規則・付則J項)を改定し、AからF・N・Tという8つのアルファベットへ簡略化されたものの1つである。
概要
グループBは分類上「グランドツーリングカー」に定義付けられたマシンで、1982年の試験導入期間を経て翌年の1983年から全面施行される。移行期間中の1982年は新旧の両レギュレーショングループが入り混じって選手権を競った。
世界ラリー選手権(WRC)やヨーロッパラリー選手権(ERC)、一部の国内ラリー選手権の最上位カテゴリーとして定められた他、世界耐久選手権(WEC)内ではグランドツーリングカップとして、グループBを含むGTカーカテゴリのタイトルが設けられた。
排気量によって"B9(1,300cc未満)"、"B10(1,300cc以上1,600cc未満)"、"B11(1,600cc以上2,000cc未満)"、“B12(2,000cc以上)”の区分けがあり、過給機付きエンジンは排気量に係数の1.4を掛けた数値で振り分けられる。
ホモロゲーション(公認)の対象は「連続する12ヶ月間に200台製造された車両」で、従来トップカテゴリーであったグループ4規定の「連続する24か月間に400台生産された車両」から大幅に負担が軽減された。競技専用の自動車であるグループC車両とは異なり、市販車として公認されたベース車両へ大幅な改造を施すことも可能となる。
これらの規定変更は1970年代の石油危機によって離れていった各マニュファクチャラーへ参戦を促す措置であったが、FISAの当初の目論見通り、各マニュファクチャラーがこぞってWRCに参戦することとなる。後に「ワークスカーとして選手権に参戦する車両となるエボリューションモデル20台をラリーカーとして認める」という文章が追加され、この規定を最大限広くとらえた各社ワークス、特にトップクラスの技術を持つワークスの手により、グループBでのラリー選手権は実質限りなくプロトタイプスポーツカーに近い車両で行なわれることとなった。
サーキットレースである世界耐久選手権(WEC)や1994年の全日本GT選手権(JGTC、現在のSUPER GT)にも出走した記録がある[1]が、グループC車両や本格的なGTマシンとの混走であったため、目立った成績は残せていない。
歴史
1982年
前述のように、前身カテゴリーのグループ4との混走でシーズンが開催された。台風の目となったのは、WRCの世界にヨーロッパメーカーとしては初めてターボ過給エンジンと四輪駆動(4WD)を持ち込んだグループ4車両のアウディ・クワトロ。ジープのような不整地用の特殊車両というイメージしかなかった当時、乗用タイプの4WD車で参戦したクワトロはグラベル(未舗装路)・アイスバーンで圧倒的な強さを見せつけ、ハンヌ・ミッコラ、ミシェル・ムートン、スティグ・ブロンクビストのドライブで快進撃を見せた。
特にムートンはこの年、ポルトガルラリー、アクロポリスラリー、ブラジルラリーで3勝を挙げ、ドライバーズタイトルにもあと1歩という好成績を挙げた。なお、モータースポーツの世界選手権で女性ドライバーとして優勝経験があるのは、現在においても彼女だけである。
この混沌とした移行期間を制したのは、マニュファクチャラーは4WD革命を引き起こしたアウディだったが、ドライバーズタイトルはグループ4車両の「オペル・アスコナ400」を駆るヴァルター・ロールが獲得し、混走の年を象徴する結果となった。一方、ランチアとポルシェはいち早くグループB規定に合致させたランチア・ラリー037、ポルシェ・911SC-RSを投入した。
1983年
グループBに統一された最初の年であり、ランチアはアウディへの対抗策として前年のチャンプであるロールのほか、マルク・アレンとアッティリオ・ベッテガを起用。年間を通してクワトロとラリー037の一騎討ちとなった。ランチアとアウディはそれぞれ5勝を挙げ、文字通り互角の戦いを見せるが、わずか2ポイントの僅差でランチアがマニュファクチャラーズタイトルを手中にした。一方、ドライバーズタイトルはアウディのミッコラが獲得している。
1984年
オフシーズンにランチアのエースであるロールが、「もはや後輪駆動では勝負にならない、ランチアがドライバーとコ・ドライバーの命を守るロールケージに段ボールやプラスチックを採用している事は危険すぎる」[2]と親族が言ったことへの判断からライバルのアウディへ移籍。前年より熟成の進んだクワトロの前にランチアは勝負にならず、ラリー037の勝利はフルターマック(競技区間の全てが舗装路)ラリーのツール・ド・コルスのみにとどまる。
順調に勝ち星を積み上げたアウディは、マニュファクチャラーズタイトルとドライバーズタイトル(ブロンクビスト)の双方をシーズン半ばにしてほぼ決めてしまう。ツール・ド・コルスにはショートホイールベースを有する進化型のアウディ・スポーツ・クワトロを投入し、もはやアウディにはラリーの世界では敵無しと思われたが、ツール・ド・コルスには新たなエントラントが名を連ねていた。
プジョーが1985年シーズンから完全参戦を目指して送り込んできたのは、革新的なレイアウトを有するプジョー・205ターボ16であった。外見こそは1983年に発表された市販車であるプジョー・205の形に近似しているものの、ターボ過給のエンジンを横置きミッドシップとし、車体はセミパイプフレームとケブラー樹脂で構成され、駆動は4WDと、全く別物の怪物マシンであった。初参戦となったツール・ド・コルスは、水溜りに足をすくわれてリタイヤするまでトップを快走し、周囲を驚かせた。ドライバーに1981年の世界チャンピオンであるアリ・バタネンを起用したが、1984年シーズンは途中参戦ということもあり、データ収集のためのテスト参戦であった。しかし、バタネンは1000湖ラリー、サンレモラリー、RACラリーとシーズン後半を3連勝し、それまで圧倒的な強さを誇っていたアウディを全く寄せ付けなかった。
1985年
前年後半に快進撃を見せた205ターボ16は、この年も7勝を挙げて早々にチャンピオンシップを獲得し、プジョーが圧倒的な強さでシーズンを制した。ドライバーズタイトルも日産から移籍してきたティモ・サロネンが5勝を挙げて獲得する。一方、この年からエンジン出力が300馬力前後から450 - 600馬力前後までにパワーアップしたほか、空力特性の向上を目的に巨大なエアロパーツが付加されるようになる。1トンそこそこの車重に対して大パワーを持ったモンスターマシンは制御不能の領域に陥り、数々の悲劇を生み出すこととなった。
第5戦のツール・ド・コルスではベッデガの運転するラリー037が立ち木に激突し、そのまま死去。第8戦のアルゼンチンラリーではバタネンが直線でコントロールを失い大クラッシュ、再起不能とも言われたレベルで重傷を負った。しかし、これらの重大事故が相次いだ中でもカテゴリーの危険性を指摘する声は表には出ず、観客たちの支持も受けてグループBはさらに先鋭化していく。
最終戦のRACラリーでは、直前でホモロゲーションが認可されたランチアがランチア・デルタS4を投入。ツインチャージドエンジンを縦置きミッドシップとして、4輪を駆動する。プジョーが量販車に似た姿にすることを重要課題としていたのに対し、量販車とは名前以外の共通性が無いマシンであった。デビュー戦でデルタS4は圧倒的なパフォーマンスを見せ、ヘンリ・トイヴォネン、アレンのドライブで1-2フィニッシュを飾った。
1986年
前年最終戦で圧倒的な勝ち方を収めたデルタS4は、開幕戦のモンテカルロラリーでトイヴォネンによって勝利。一方、プジョーも翌戦のスウェディッシュラリーをカンクネンが制し、前年チャンピオンとしての粘りを見せる。序盤2戦の勢いのままシーズンも拮抗し、ランチア対プジョーの一騎討ちとなった。
しかし、第3戦のポルトガルラリーではフォード・RS200でワークス参戦していたヨアキム・サントスが、コース上の観客を避けようとして観客席に時速200キロメートルで突っ込み、死者3名(一説には4名)を含む40人以上の死傷者を出す大惨事を引き起こした。ベッテガの事故死、バタネンの重傷事故、そして大勢の観客を死傷させる大惨事という警鐘があったにもかかわらず、関係者は主催者側の観客整理規則のまずさに事態の責任を求め、グループBカーの性能の暴走を認めなかった。結局ポルトガルラリーは全マニュファクチャラーが競技から撤退し、残りの日程はプライベーターのみで争われる異常事態となった。
そして、第5戦のツール・ド・コルスで決定的な事故が発生する。初日からトップを独走していたトイヴォネンが緩い左コーナーにノーブレーキで進入したところ、コースオフして崖から転落した直後に爆発炎上。トイヴォネンはコ・ドライバーのセルジオ・クレストとともに死亡した。デルタS4はボディ下部に燃料タンクが配置されていたこと、マグネシウムホイールを装着していたことなどが重なり、車両はスペースフレームとサスペンションを残して全焼するという凄惨さであった。このトイヴォネンとクレストの死により、グループBカーそのものの危険性にも大きく目を向けられることとなった。
この死亡事故を受けてFISAは緊急に会議を招集し、2日という異例のスピードで声明を発表する。この中で「以後のグループBのホモロゲーション申請を受け付けないこと」「1986年限りでグループBによるWRCは中止し、1987年以降は下位カテゴリーであるグループAにて選手権を行うこと」を決定したため、グループBカテゴリーはわずか5年でWRCの主役の座を追われることとなった。
ランチアはエースドライバーのトイヴォネンの死で勢いを失い、シーズンでもわずか3勝に留まり、6勝のプジョーにマニュファクチャラーズタイトルを明け渡す。一方、ドライバーズタイトルはランチアのアレンとプジョーのカンクネンによって最終戦まで争われ、1度はアレンに決定した。しかし、第10戦のサンレモラリーで205ターボ16がレギュレーション違反による失格を受けたことにプジョー側が無効を主張し、FISAが「プジョーの失格を無効にし、それに伴いサンレモのレース結果を無効とする」裁定を下したことで、最終戦から11日後にアレンとカンクネンの順位は入れ替わり、カンクネンが初タイトルを獲得した。
1987年以降
ラリー選手権から締め出されたグループBカーではあるが、プライベーター達の抗議もあり、下位クラスの車両は選手権ポイント対象外ながら出走できた。グループB・クラス10のシトロエン・ヴィザ・ミルピストは1987年シーズンのヨーロッパ戦のほとんどに出走し、開幕戦モンテカルロでは総合7位という結果を残している。これらの低馬力の「スモール」グループBカー達は、ホモロゲーションが切れる1990年代初頭までプライベーターの手により主にヨーロッパのラリーで姿を見ることができた。一方、プジョー・205ターボ16はホイールベース延長などの改造を施されパリ・ダカール・ラリーに参戦、バタネンとカンクネンの活躍で2勝を挙げた。
ヨーロッパラリークロス選手権(Euro RX, ERX)では1992年シーズンまでグループB規定が有効であったため、走る姿を見ることができた。
また、アメリカで行われるパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムに、参加車両に対する制限が無いアンリミテッドクラスが存在する為、現在でもプライベーターがかつてのグループBカーで参加している。かつてはワークス体制で出走したグループBカーも多く、プジョーやアウディなどが活躍した。
ニュルブルクリンク24時間レースでは、オペル・マンタ400が主催側より特例措置を受け、毎年継続参戦している。ただし、ベース車両がグループBホモロゲーション車両であるというだけで、中身はエンジンやトランスミッションの換装を含め、現代の技術で大幅な改造が施されている。
競技で使用できなくなった後は行方知れずになった車も多いが、ワークス(の母体となっているメーカー)で僅かに保管されている他、コレクターの手に渡り、ファンイベントでの展示やパフォーマンスなどに用いられている車両もある(中にはデルタS4等のように日本のナンバーを取得したものもある)。
カテゴリーの主な車種
- アウディ・スポーツ・クワトロ(スポーツ・クワトロ/S1 (E1/E2))
- ヴォクスホール・シェベットHSR
- オペル・マンタ400
- シトロエン・ビザ・ミルピステ
- シトロエン・BX-4TC
- シュコダ・130LR
- トヨタ・セリカ GT-TS
- 日産・240RS
- 三菱・スタリオン4WDラリー
- フォード・RS200
- プジョー・205ターボ16(EV.1/EV.2)
- ポルシェ・911SC-RS
- マツダ・RX-7 Evo グループBワークス
- ラーダ2105VFTS
- ランチア・ラリー037(Evo.I/Evo.II)
- ランチア・デルタS4
- ルノー・MAXI5ターボ
- MG・メトロ6R4
- フォード
RS200 - ポルシェ
911 SC-RS - ランチア
デルタ S4 - MG
メトロ 6R4 - プジョー
205T16 - オペル
マンタ 400 - アウディ
スポーツクワトロS1
参戦が少なかった車両・参戦しなかった車両
- フェラーリ・288GTO(レース未参戦、ラリーではプロトタイプクラスのみの出走)
- アルファロメオ・アルフェッタGTV6(4WDバージョンも作られたが、後部座席エリアの寸法不足により止む無く2WDバージョンでの参戦)
- アルファロメオ・アルファスッドスプリント6C(GTVとほぼ並行して作られたプロトタイプミッドシップ車。GTV6の数バージョンが立ち消えとなった事も孕みつつ本戦出走はなかった。)
- ヴォクスホール・シェベットRSR(オペルカデット、アスコナ400との競合により80年代前半まで活躍)
- オペル・アスコナ400(オペル・マンタがGr.B承認されるまでの繋ぎとしての参戦)
- ダイハツ・シャレード 926ターボ(サファリラリー、1000湖ラリースポット参戦。Gr.B承認は1985年エントリー上1台のみ。他年度共2~3台体制でGr.A登録)
- タルボ・ホライゾン
- モスクヴィチ・2141-R
- ラーダ・サマラ(4x4/EVA)(1985年フィンランド・ラリーのみの4x4スポット参戦。その後サマラEVAへ発展させると1986年1000湖、アクロポリスにエントリー。)
生産の用意はあった、または生産されたがホモロゲーション取得には至らなかった車両
- オペル・カデット400(マンタ400の後継車として、カデットDをベースに開発。ベース車は横置きエンジンのFFだが、こちらは縦置きエンジンのFR)
- オペル・カデットラリー4x4(カデットEをベースに、エンジンをフロントに搭載したまま縦置き化した4WDモデル)
- ポルシェ・959(生産されたのは申請受付停止後であったためグループBのホモロゲーションは取得しておらず、ダカール・ラリーに参戦。またレース用改造を施した車両が961の名でIMSA-GTXクラスでル・マン24時間レースに参戦。)
- 三菱・スタリオン4WDラリー(WRC未参戦。プロトタイプクラスで参戦した)
- トヨタ・222D(MR2ベースの4WD車。正式名称は不明。数台作られたが開発途中にグループSに変更、その後グループBが消滅したため公認も取れず実戦経験無し。)
- アウディ・ミッドシップクワトロ(フロントエンジンであるこれまでのクワトロをミッドエンジンに改修、後年発覚するグループSマシンと並行しテストされていたが、実戦投入はされなかったテストベッド。)
- トヨタ
222D
脚注
- ^ ひと目でわかる「普通じゃない」感! JGTC&スーパーGTを走った「風変わりすぎる」マシンたち (1/2ページ)
- ^ TheGrandTour series2 Episode7[信頼性要検証]
関連項目
grb
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/23 03:21 UTC 版)
「ISO 639 マクロランゲージ」の記事における「grb」の解説
grb は、グレボ語のためのISO 639-3 言語コードである。5つの個別言語が割りあてられている。 gry – Barclayville Grebo grv – Central Grebo gec – Gboloo Grebo gbo – Northern Grebo grj – Southern Grebo
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