長らく停滞していたパスタ市場が再び動き出した。仕掛けたのは製粉業界の草分けであるニップンと、テーマパークや外食など様々な業界を活性化してきた森岡毅氏率いるマーケティング会社・刀。2022年秋から両者はタッグを組み、目覚ましい成果を上げているのだ。強力な競合他社が立ちはだかる中、刀がニップンに提案した戦略と勝ち筋のつくり方について、森岡氏に話を聞いた。
※日経トレンディ2024年11月号より。詳しくは本誌参照
——ニップンとの協業について、今夏、成果は好調と発表されましたが、その後いかがですか?
森岡毅氏(以下、森岡) おかげさまで好調が続いています。マーケティングノウハウを生かした商品やテレビCMが消費者に届いたのは23年秋ごろ。冷凍パスタのブランド「オーマイプレミアム」が市場で確固たる1位となり、昨春から直近24年8月までの購入金額ベースで前年同期比32%増を記録しました。今春、新たに発売した、同ブランドを冠した乾燥パスタ「もちっとおいしいスパゲッティ」も絶好調です。この効果でニップンの乾燥パスタは前年同期比65%増という大きな成長率を達成。市場全体の約10%という成長率にも貢献しています。
——ニップンと協業に至った経緯を改めてお聞かせください。
森岡 伝統的企業のニップンが、さらなる成長のためにマーケティングと向き合おうとされたことが起点です。同社は技術革新で定評があり、前鶴(俊哉)社長からは「『技術のニップン』をブランディングに反映させる能力を補強してもらいたい」と言われました。ご存じのように小麦粉やパスタの市場は成熟、つまり成長が停滞し、いわゆるコモディティー化しています。最初に前鶴社長から「なぜ成熟しているのか」と尋ねられ、「新しい消費者価値が生まれていないからです」と答えました。となれば協業の方向性は明確です。
高い技術力と消費者ニーズを結び付けることで、新たな消費者価値を提供する。そうすればニップンのシェアが伸びるだけでなく、業界全体を再成長させることができます。日本にはそんな業界がたくさんあります。日本全体が成熟市場のようなものですから。老舗企業がマーケティングを正しく導入して活性化すれば、多くの人に希望を示すことができます。そこに意義があると思いました。
——冷凍食品と乾燥のパスタを特に強化してほしい、という要望があったのでしょうか?
森岡 いいえ、私たち刀の主眼はニップンにマーケティングの考え方そのものをインストールさせていただくことです。オーマイプレミアムの強化は、先行事業という位置付けです。まだ表に出ていないブランドの開発もいろいろと進行しています。
——では先陣にオーマイプレミアムが選ばれた理由は何ですか?
森岡 未来を見据えてのことです。チェスや将棋にたとえれば、最初の1手は、2手目を考えて置かないといけません。そして2手目を置くときは3手目を考えておく。つまり私たちはニップンが成功した未来というチェックメイトの盤面から逆算して最初に打つべき手を決めたのです。
少し長くなりますが、順を追って説明します。ニップンの成長戦略として、私たちは3つの柱を立てました。
1つ目が最も重要で「消費者の本能が求めているニーズに応える」。結論から言えば、それは「おいしさ」でした。2つ目は「ニップンの強みを生かす」。先ほど申し上げたように、これまで培ってきた技術開発力を商品開発に反映させて、新しい消費者価値を生み出します。3つ目は「競合他社がまねできないことの徹底」です。これは攻めるしかない2位以下だからこそできる「小よく大を制す」戦略を意味します。競合がガリバー型企業であり、失うものや守るものが多いほど実効性のある戦い方です。
そして3つ目に関して言えば、ニップンの場合、1つの主要なブランドに商品を集約するマスターブランド戦略が極めて有効と判断しました。ガリバー型企業は、大きな“体”を保つためにたくさんのブランドを持っている。店頭支配力においては有利ですが、マーケティングから開発、営業まで多大なコストがかかる。その点、主要なブランドに絞って戦略を立てれば、リソースを集約できますし、機動力も発揮できます。
——ニップンのマスターブランドとして選ばれたのが、オーマイプレミアムだったのですね。
森岡 その通りです。私たちはオーマイプレミアムをおいしさに特化したブランドとして展開しています。協業を始めたときにはすでに、冷凍パスタ市場で首位を争うブランドになっていましたから、私たちはまずこれを、抜きんでた1位にすることを目指し、実現しました。冷静に勝つ確率の高いところから攻めたのです。勝てるという自信が大切で、目に見える成功体験によって、社内にさらなるやる気が生まれます。
ここで先の話につながりますが、冷凍パスタでの勝利は、次の一手である乾燥パスタ攻略への布石となりました。「冷凍パスタのナンバーワンブランドから発売された乾燥パスタだからおいしい」という図式は、誰の目にも分かりやすいでしょう。その結果、同じブランドを冠した「もちっとおいしい」パスタシリーズが今、大好評です。何十年も変化がなかった市場でしたから、流通の皆さんもびっくりされています。
つまるところマスターブランド戦略の強みは、カテゴリーを超えて「おいしい」というベネフィットを共有し、シナジー効果を期待できるところです。冷凍食品で輝けば、乾燥パスタでも輝くし、将来もし、私たちがオーマイプレミアムのパスタソースを手掛けるとしたら、それも輝くでしょう。
重要なのは、「パスタといえば」と問われたときに、真っ先に思い浮かべられるブランドになることです。おいしさで選ばれる時代になればなるほどニップンが有利になる未来図を描いています。この戦略は、もし競合ブランドが先に「おいしさ」をベネフィットにしていたら、成り立たなかったでしょう。
——食品がおいしさをうたうのは当たり前のことのように思われますが。
森岡 それが、ど真ん中の部分がぽっかりと空いていたのです。パスタ市場は長らく、「早ゆで」などの簡便性を競う商品があふれていました。しかし、人間は「価値があるもの」が便利だから買うのであって、便利さだけを求めることはないのです。パスタ市場は、その「価値」を忘れた結果、コモディティー化し、消費者から「こんなもんだろう」と期待されない状態に陥っていました。
そこで食品なら「おいしさ」が最大の価値だろう、と仮説を立てて消費者調査をしたのですが、成熟市場に慣れた今の消費者に聞いても確かな答えにたどり着けません。
そんなとき私が活用するのが、消費者を一般的に関与する「凡人」と熱狂的にハマっている「狂人」に分けて考察する手法です。自分に「狂人」を憑依させて粉からパスタを打ちました。パスタの生地は硬いから腱鞘炎になったほどです。その結果はっきりしたのは、パスタ料理は肝心要のパスタ次第で味が変わるということです。おいしくもまずくもなる。そこで絶対に「おいしさ」で突撃すべきだと確信を持てました。
当たり前のことかもしれませんが、横並びの商品に親しんだ消費者は、この事実に気づいていないのです。ニップンの商品開発力は折り紙付きなので、あとはブランドを選べばパスタ料理の味が大きく変わることを消費者に知ってもらえばいいわけです。そしてこれが重要なのですが、実際に消費者を裏切ることのない、おいしいパスタであると自負しています。
——そのおいしいパスタの特徴を「もちっと」と、とても日本的に表現されているのが印象的です。
森岡 食感がもちっとしていると、日本人は「うわ、おいしい」と感じる国民なんです。「もちっと」は、日本人がおいしいと感じるシグナルといえるでしょう。その発見が、大きなイノベーションでした。おいしい麺について日本人は「コシがある」とも表現します。ではコシとは何かを突き詰めると、「もちっとしている」ということなんです。もちもちした麺はイタリア人やアメリカ人には好まれない、日本人特有の嗜好です。本格的なパスタといえば歯応えがあるアルデンテが想起されますが、その実、日本人が求めているのは「もちっと」なのです。
興味深いことに、同じ麺であっても、うどん、そば、パスタでは、突き動かされる本能が違います。うどんは母親の愛などに通じる「慈しみ」が与える精神的安定性、そばは食通的な「こだわり」がもたらす社会的優越感を刺激します。
これに対してパスタは「華やぎ」です。輸入された食文化であるパスタは、日本ではまだハレの日に気持ちを上げる食品なんです。外食のイタリア料理店はオシャレなイメージがあって顕著ですが、家で食べるパスタにも「華やぎ」が求められているはずです。そして最大の華やぎは何かといえば、「おいしさ」に決まっています。
そこで私たちが思い描いたのが、「いつも」を「すごい!」にする、「もちっとおいしい」パスタでした。最終的に「もちっと」をコンセプトワードとして提案したのは、ニップンのチームです。技術力にマーケティングが加わったことの証しですから、私としてもうれしかったです。
もちろん冷凍パスタにおいても華やぎは重要です。一人で食べることが多い冷凍食品はどこか寂しい感じがつきまといますが、オーマイプレミアムを選べば、具材も大きくて心が華やぐ。「いつも」が「すごい!」になるのです。
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