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BLOGOS-ポップソングが「閉塞感」ではなく「楽しさ」を共有する時代へ(柴那典) は間違っている 〜アベノミクス、時代と音楽、そしてミスチルのこと〜
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BLOGOS-ポップソングが「閉塞感」ではなく「楽しさ」を共有する時代へ(柴那典) は間違っている 〜アベノミクス、時代と音楽、そしてミスチルのこと〜
http://blogos.com/article/88464/ 「ポップソングが「閉塞感」ではなく「楽しさ」を共有する時代へ」と... http://blogos.com/article/88464/ 「ポップソングが「閉塞感」ではなく「楽しさ」を共有する時代へ」という文章を読みました。 強い違和感を覚えたので備忘録代わりに書き残しておきたいと思います。BLOGOSのコメント欄だと字数が足りないので。 柴那典氏(@shiba710)の文章は間違っていると思います。 理由は以下の三点になります。 まず第一にアベノミクスが将来への希望を本当にもたらしているのかという疑問があります。 消費税増税や過去の景気状況から国民が景気に対し、継続した右肩上がりの希望的観測を持てるとは思わないからです。 加えて失業や高齢化、原発等、解決しない社会問題も山積する上、庶民の不安はむしろ拍車がかかるのではないかと思います。 つまり人々は楽しさや楽観という価値観のもとに生きていないのではないでしょうか。 第二に日本のミュージシャン(特にメインストリ