長編映画からの引退を発表した宮崎駿監督(72)。日本が誇る名クリエイターの引退は、世界でも珍しい長編アニメスタジオ「スタジオジブリ」の今後にも大きな影響を与える。 「紅の豚」や「風立ちぬ」でも飛行機マニアぶりがうかがえる宮崎監督。スタジオジブリの名称もまた、飛行機と関わっている。 1984年、「風の谷のナウシカ」がヒットした宮崎監督は、盟友・高畑勲監督(77)と2人で長編アニメ映画を製作する拠点作りにとりかかる。翌85年に設立されたのがスタジオジブリだった。同社の公式ホームページには名前の由来として、「ジブリ」はサハラ砂漠に吹く熱風と紹介されている。第2次大戦中に使われたイタリアの軍用偵察機の愛称でもあり、飛行機マニアの宮崎監督がスタジオ名にした。「日本のアニメーション界に旋風を巻き起こそう」という意図があったという。 宮崎・高畑両巨匠と、ジブリの顔といわれ一時は社長も務めた鈴木敏夫プロデ